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第27話 飯が足りないなら、仕事を減らせ

「所長、今日の小麦が来ません」


 朝の執務室へ入ってきたグラッドが、開口一番そう告げた。


 ベルガ商会から届く予定だった小麦は八十袋。


「単なる遅配ではないんだな」


「はい。マルセルが外門まで来ています。直接説明したいそうです」


「通してくれ」


 ほどなく入ってきたマルセルは、挨拶を済ませるとすぐ本題に入った。


「西街道が荷車では通れなくなりました。石橋そのものではなく、橋の手前の盛土が昨夜崩れています」


「原因は?」


「昨日の雨です。人と駄馬なら脇の旧道を通れますが、満載の荷車は無理です。商人組合と街道役人が今朝から応急工事に入っています」


「荷車が通れるまで、どの程度を見ていますか」


「順調なら二日、長くても三日です」


 その程度なら橋脚が壊れたわけではない。


 ただし黒塔には、昨日受け入れた十八人を含めて八百四十二人の囚人がいる。


 看守や職員まで合わせれば、毎日消える食料はかなりの量になる。


「迂回輸送はできますか」


「荷車なら南回りで四日以上掛かります。代わりに小麦二十袋までなら、駄馬へ分けて旧道を通せます。今日中に積み替えれば、明日の夕方には届けられます」


「それでお願いします。残りは街道の復旧後に」


「承知しました」


「豆と芋はどうです?」


「東側の仕入れ先が使えます。乾燥豆十二袋と芋二十四籠なら、今日中に手配できます」


 ベルガ商会だけに食料全部を握らせる形をやめておいたことは覚えている。


 小麦が止まっても、豆と芋までは止まらない。


「そちらもお願いします」


 マルセルが頷いた。


「すぐ動かします」


     ◇


「帳簿ではなく、現物を数えるぞ」


 グラッドへそう告げる。


「通常倉庫と、非常用の保管庫も全部だ」


 以前、閉鎖された東側区画ではなく、元武器修理場を食料の非常保管へ回した。


 まだ備蓄を十分積み上げたとは言えないが、こういう時のための場所だ。


「ガイラスも呼んでくれ」


「兵站計算ですか」


「ああ。ただし、数字を見る前に答えを出させないようにな」


 元王国軍兵站総監、ガイラス・ヴォルン。


 便所掃除をさせ続けるよりは使い道がある男だが、何でも一目で分かる魔法使いではない。


     ◇


「三日程度、小麦の搬入が止まる可能性がある、と」


 事情を聞いたガイラスは、すぐには何も提案しなかった。


「通常倉庫と非常保管分を合わせた現在庫、厨房の一日使用量、豆と芋の在庫、それから重労働者への加配量をください」


「計算にどれくらい掛かる?」


「数字が揃ってからなら、それほど掛かりません」


 ガイラスはそこで俺を見る。


「ただし、『三日は持つことにしたい』という結論が先にあるなら、別の人間へ頼んでください」


「持たないなら持たないで構わない。必要な手を考える」


「では、倉庫を見ます」


 食料庫の担当看守、厨房責任者、グラッドが同行する。


 俺はその間にマルセルと代替食材の受領手順を詰めた。


 乾燥豆は袋ごとの規格重量が小麦と同じではない。


 芋は籠によって多少の差もある。


 だから袋数だけを並べても、何日分かは出ない。


 三十分ほどして戻ってきたガイラスの紙には、重量と厨房側の使用量が書かれていた。


「小麦は通常倉庫に三十七袋、非常保管庫に二十八袋。開封済みを含めて六十五袋です」


「帳簿との差は?」


 グラッドが答える。


「ありません。非常保管庫も封印番号まで一致しています」


 そこは素直に安心した。


 昔なら帳簿に百と書いてあって、倉庫には八十しかないような場所だった。


「厨房では、現在の人数なら一日平均二十一袋と少し使っています」


 ガイラスが続ける。


「小麦袋は契約上すべて同じ重量ですから、これはそのまま比較できます。ただし、重労働日の加配まで小麦で賄うと、さらに二袋前後増えます」


「現状のままなら三日ぎりぎりか」


「小麦だけで考えれば、です」


 紙の次の欄を指す。


「乾燥豆は現在庫が二十三袋。芋も厨房換算で二日分以上あります。今日入る追加分まで含めれば、献立を変えることで総食事量は維持できます」


 厨房責任者も口を開いた。


「パンを少し小さくして、豆の煮込みと芋を増やせます。三日程度なら問題ありません。ただし、採石場まで普段どおり動かして全員へ重労働加配を出すと余裕は減ります」


「止められない作業と、落とせる作業を分けてくれ」


 今度はガイラスが、作業表へ目を落とした。


「北壁は途中で切る方が危険です。水回り、厨房、清掃、医務も削れません。一方、採石場の切り出しは二日ほど落としても、現在庫で黒塔内の需要には対応できます」


「石材運搬も?」


「急ぎで北壁へ回す分だけ残せば足ります。残りは後ろへずらせます」


 なら決めやすい。


「採石場は二日間、切り出しを半分にする。作業時間も短縮して、残りは道具の整備と軽作業へ回してくれ」


 グラッドが書き留める。


「北壁の二十四名は現状維持で?」


「ああ。実際に重労働へ出る者への加配も変えない」


 食料不足だからと、働かせる量はそのままで飯だけ削る。


 そのやり方だけはしない。


     ◇


 昼食から献立が変わった。


 パンは普段より少し小さい。


 代わりに豆と芋を使った煮込みが増えている。


 気づかないはずがない。


「おい、パンが小さくなってるぞ」


 配膳列から声が飛んだ。


 厨房担当の看守が答える。


「小麦の搬入が遅れている。煮込みは増やしてある。食事全体を減らしたわけじゃない」


「本当かよ」


 後ろにいた別の囚人が、配られた器を覗く。


「昨日より芋が多いぞ」


「俺はパンの話をしてるんだ」


「腹が減るかどうかの話だろ」


 列が止まりかけた。


 近くの看守が声を掛ける。


「配膳を止めるな。不満があるなら食事後に申立てを出せ」


 囚人たちは小声で何か言いながらも進み始めた。


 グラッドがこちらを見る。


「掲示を出しますか」


「三日程度、小麦の搬入が遅れる見込み。豆と芋で補うため食事の総量は減らさない。その二点だけ出してくれ」


「街道事情は?」


「不要だ。囚人が知る必要のある範囲でいい」


 説明しなければ、また横領が始まったと思う者もいる。


 逆に、余計な情報まで全部出す必要もない。


     ◇


 午後、採石場を見に行った。


 普段なら岩を割る音が絶えない時間だが、今日は明らかに静かだった。


 ハロルが作業表を持ってくる。


「切り出しは予定の半分です。北壁へ回す分を優先して、残りの者は柄の交換と足場材の整理へ回しています」


「今日の作業で怪我人は出ていないか」


「いません」


 少し離れた場所では、ドルガンが岩棚を見ている。


 今も指揮権はない。


 危険箇所を見る役だけだ。


「飯が足りねえから、仕事を減らしたんだってな」


「小麦の到着が遅れている」


「昔なら逆だった」


 ドルガンが鼻を鳴らした。


「仕事は減らさねえ。飯だけ減らす。動けなくなった奴には、怠けるなって杖が飛ぶ」


「今日はその必要はないだろ」


「半日しか割らせねえからな」


「この二日の遅れは取り戻せそうか」


「石は逃げねえよ」


 ドルガンは岩棚を顎で示した。


「北壁で急に大量に要るなら話は別だが、今の予定なら在庫で足りる。無理して今日割る理由はねえ」


「ハロルも同じ判断だな」


「俺より先に言ってやがったよ」


 ハロルを見ると、聞こえていたらしく苦笑していた。


「そこは認めるんですね」


「うるせえ」


 少なくとも、現場の判断は同じだった。


     ◇


 翌日の夕方。


 旧道を越えてきたベルガ商会の駄馬が外門へ到着した。


 積んでいるのは小麦二十袋。


 マルセル本人も一緒だった。


「規格袋二十、すべてこちらです」


「倉庫で確認しましょう」


 一袋ずつ数える。


 抜き取りで重量も量らせた。


 二十袋、問題なし。


 同じ日の午前中には、別の商人から乾燥豆十二袋と芋二十四籠も届いている。


 ガイラスが数字を書き直した。


「これで、小麦の搬入がもう一日遅れても食事量は維持できます」


「採石場を戻す必要は?」


「明日までは今のままの方がいいでしょう。街道が開いたのを確認してからで十分です」


 即座に元へ戻さない。


 その判断にも異論はなかった。


「西街道の見込みはどうなりましたか」


 マルセルへ尋ねる。


「盛土の締め固めまで終わっています。明日の朝から空荷の荷車を通して確認し、問題がなければ午後から積載車を通します」


「では、残り六十袋はその後に」


「はい。無理に一便へ積まず、三台に分けます」


「お願いします」


     ◇


 三日目の夕方。


 西街道を通った三台の荷車が黒塔へ入った。


 二十袋ずつ。


 合計六十。


 倉庫担当が現物を数え、受領書と照合する。


「六十袋、間違いありません」


 グラッドが確認済みの書類を差し出した。


「非常保管庫から使った分も含め、明日以降の食事へ問題はありません」


「採石場は戻せそうか」


「ハロルから、明日より通常量へ戻せると報告が来ています。止めた二日分を一気に取り返す必要もないとのことです」


「そのまま通常量へ戻してくれ。上乗せはなしだ」


「承知しました」


「北壁への影響は?」


「ありません。二十四名の作業も予定どおりです」


 書類へ署名する。


 横にいたガイラスが、開いた食料庫を眺めていた。


「非常保管分がなければ、もう少し慌ただしかったでしょうね」


「置いておいた意味はあったな」


「ええ。もっとも、置いただけで安心して中身を腐らせれば意味はありませんが」


「そういう嫌な話は昼食の後にしてくれ」


 ガイラスが時計代わりの鐘へ顔を向ける。


 ちょうど食事の時刻だった。


「では、先に食堂へ行っても?」


「行ってこい。続きは午後でいい」


「監獄長から仕事を後回しにしろと言われる日が来るとは」


「腹を空かせた兵站総監に食料計算をさせる方が信用できない」


「元、ですがね」


「今でも計算はできるだろ」


「そこは否定しません」


 ガイラスは少し笑い、食堂の方へ歩いていった。


 倉庫の扉が閉じられ、鍵と封印番号が確認される。


 三日前と同じ数の人間が、今日も予定どおり飯を食う。


 それを確認してから、俺も執務室へ戻った。




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https://youtube.com/shorts/_zEBpYRUMc4?si=9bu0xxStFm2Bo5Z8

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