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第26話 その鎖は、罪状じゃない

「南部管区から、収容者十八名です」


 昼前、外門から連絡が入った。


 定期的な移送そのものは珍しくない。


 罪状と刑期を確認し、医務を通して収容先を決める。いつもの受入れで終わるはずだった。


 ところが、門を通ってきた列を見て足が止まった。


 十八人のうち三人だけ、拘束の仕方が違う。


 両手と両足だけではない。鉄の首輪からも鎖が伸び、腰の鎖へ繋がれている。


 三人とも歩幅をまともに取れず、前の男が止まれば後ろまで鎖が鳴った。


「随分と厳重ですね」


 護送隊の責任者らしい男へ声を掛ける。


 四十代ほどの兵だった。日に焼けた顔に長旅の疲れがにじんでいる。


「その三人は、しばらく今のままにしておいた方がいい」


「理由を確認させてください」


「面倒な連中だ」


「それだけでは黒塔での扱いを決められません」


 男は少し眉を寄せたが、グラッドが受入書類を開くと、それ以上は言わなかった。


     ◇


 一人目はブラム・ケイド、三十五歳。


 街道強盗で十二年。


 二度の逃走未遂があり、二度目には護送兵へ頭突きをして鼻骨を折っている。


「ブラムについては、高い警戒が必要な理由が分かります」


「だから、その鎖は外さない方がいい」


「収容後の拘束方法はこちらで決めます。次を」


 二人目はノル・ハイド、三十一歳。


 傷害と器物損壊。


 酒場で三人を殴り、そのうち一人に骨折を負わせた。逮捕後、留置中に看守と口論し、《殺してやる》と発言した記録もある。


 ただし、逃走歴はない。


 護送中に暴れた記録もない。


「暴力歴と威迫は確認しました。それでも、この首輪まで必要と判断した根拠は?」


「荒っぽい男だ。いつ暴れるか分からん」


「実際に拘束中の暴力や逃走があったわけではない、と」


「今のところはな」


 最後の一人はエドガー・ミルン、四十一歳。


 罪状は横領。


 刑期五年。


 書類を読んでも、暴力、逃走未遂、凶器所持の記録は一つもない。


 あるのは、


《反抗的》


《規律意識に欠ける》


 という評価だけだった。


「こちらも同じ拘束にした理由は、この二項目ですか」


「役人に逆らう。判決を受けた後も自分は悪くないと騒ぎ、留置所でも命令へ文句を付けた」


「命令を拒否して暴れた記録はありませんね」


「口が減らん奴は、最初に締めておいた方が扱いやすい」


 護送責任者は悪びれず続けた。


「三人とも南部では要注意として扱っていた。最初の一週間は飯も半分にした方がいい。腹いっぱい食わせれば力が余る」


 懐かしい考え方だった。


 この身体で目覚めたばかりの頃の黒塔なら、たぶんそのまま引き継いでいた。


「拘束継続や減食について、南部管区から正式な命令書はありますか」


「そこまではない。現場でそう扱っていただけだ」


「分かりました」


 なら、なおさら黒塔までその慣行を持ち込む必要はない。


     ◇


「十八名全員、先に医務確認へ回します」


 俺が言うと、護送責任者が怪訝な顔をした。


「三人もか。見たところ元気だぞ」


「見た目では決めません」


 ラッセルたちには受入れ人数を事前に伝えてある。


 護送中の傷。


 発熱。


 感染症の兆候。


 持病。


 入所時点の状態を残しておかなければ、後から黒塔内で負った怪我と混ざる。


「三人の拘束は、医務確認が終わるまではそのままにします」


「それがいい」


「その後も同じ扱いを続けるとは言っていません」


 護送責任者の表情が変わった。


「外すつもりなのか」


「黒塔で必要な警備は、こちらで判断します」


     ◇


 受入れは一人ずつ進めた。


 氏名。


 年齢。


 罪状と刑期。


 収容前の仕事。


 医務上の問題。


 所持品。


 護送中の出来事。


 三人だけ特別に扱うのではなく、十八人全員へ同じ確認をする。


 エドガーの番になる。


 元は商会の帳場係。


 横領について本人は金額も経緯も争っているらしいが、その話をここで審理する権限はない。


「判決について訴えたいなら、外部への申立て方法は確認する。ただし、黒塔で有罪か無罪かを決め直すことはできない」


 エドガーが首の鎖を持ち上げた。


「では、監獄長殿は何を決められるんです?」


「黒塔の中で、どう収容するかだ」


「この鎖も?」


「そのために記録を確認している」


 後ろにいた護送責任者が鼻を鳴らした。


「そいつは放っておけば看守を舐めるぞ」


「物言いが気に入らないことと、逃走や暴力の危険は分けて考えます」


「随分と親切な監獄だな」


 今度はエドガーが言った。


「勘違いするな。お前の刑期を短くする気も、規則違反を見逃す気もない」


 視線を合わせる。


「必要のない拘束を、前の留置所で付けていたという理由だけで続けない。それだけだ」


 エドガーは、それ以上笑わなかった。


     ◇


 医務確認が終わったのは昼を過ぎてからだった。


 十八人に重い怪我や感染症の兆候はない。


 ただし、ブラムの両足首には鉄輪による擦過傷があった。


「今すぐ歩けないほどではありません」


 ラッセルが傷を見せる。


「ですが、同じ足枷を使い続ければ悪化します。化膿すれば、しばらく歩かせること自体が難しくなります」


「分かった」


 ブラムの記録を改めて開く。


 二度の逃走未遂。


 護送兵への暴力。


 これは無視できない。


「ブラムは高警戒の一人房へ入れる。房内では拘束を外す」


 護送責任者が顔をしかめた。


「一人房でも何をするか分からんぞ」


「扉は施錠します。房外へ出す際は当面、看守二名と手枷。集団作業には入れません」


 グラッドが確認する。


「足枷は?」


「使わない。ラッセルの判断を優先する。傷が治った後も、必要性を確認してからだ」


「承知しました」


 次はノル。


「通常の一人房から始める。ただし暴力歴がある。最初の作業は、看守が把握しやすい場所へ入れてくれ」


「常時拘束は?」


「不要だ。黒塔で実際に問題を起こせば、その内容を見て変える」


 最後にエドガー。


「通常収容でいい」


 護送責任者が呆れたように息を吐いた。


「後悔しても知らんぞ」


「その時は、黒塔で起きたことを根拠に対応します」


「忠告はしたからな」


「それも引継ぎ記録へ残しておきます」


 男は肩をすくめた。


     ◇


 拘束を外すのは受入れ区画で行った。


 扉を閉め、看守を配置する。


 ブラムについては最後まで両手の手枷を残し、先に首輪と足枷から外した。


「妙な動きをすれば制止する」


 グラッドが告げる。


 ブラムが鼻で笑う。


「ずいぶん丁寧じゃないか」


「丁寧に扱うことと、警戒を緩めることは別だ」


 俺が答える。


「逃げようとすれば、必要な力で止める」


「俺を押さえられるのか」


「確かめたいなら止めはしない。ただ、次の警備判断にはきっちり使わせてもらう」


 ブラムはしばらく俺を見た。


 やがて肩の力を抜く。


「やめておく」


「その方がいい」


 鉄輪が外される。


 皮膚は赤く擦れ、一部は薄く血がにじんでいた。


 ラッセルが薬を塗り、布を巻く。


 首輪も外す。


 最後の手枷だけは一人房へ入れ、格子扉を施錠してから外した。


 鍵が回る。


 ブラムは自由になった両手首を擦った。


「飯は?」


「夕食から通常量だ」


「半分じゃないのか」


「黒塔では、食事を懲罰の道具には使っていない」


 ブラムが眉を上げた。


「懲罰に入っても?」


「量は減らさない」


「何の罰になるんだ、それ」


「必要になれば分かる。わざわざ試すな」


 返事はなかった。


     ◇


 ノルの拘束を外す時、少しだけ揉めた。


 首輪の鍵へ看守が手を伸ばしたところで、ノルがわざと距離を詰めた。


「下がれ」


 看守が命じる。


「触ってねえだろ」


 ノルは笑い、さらに半歩前へ出る。


 左右にいた看守二人が、すぐ腕と肩を押さえた。


「戻れ」


「痛えな」


「指定位置へ戻れば離す」


 ノルが一度だけ身体を捻る。


 だが、二人が手を緩めないと分かると抵抗をやめた。


 そこで看守もすぐ離す。


 ノルは舌打ちしながら壁際へ戻った。


「今の件は、受入れ記録へ残してくれ」


「こんなことでか?」


 ノルがこちらを見る。


「制止命令を無視して看守へ接近した。それをそのまま記録する」


「殴ってはいない」


「殴ったとは書かない」


「それで罰を増やすのか」


「今の一件だけで懲罰房へ入れるつもりはない。ただ、今後どこへ配置するかを考える材料にはする」


 ノルは不満そうだったが、それ以上近づいてはこなかった。


 書くのは起きたことだけでいい。


     ◇


 十八人の収容が終わった時には、午後もかなり進んでいた。


「受入れ完了です」


 グラッドが最後の人数を確認する。


「これで収容者は八百四十二名になります」


「各棟の人数に偏りは?」


「今日の十八名を入れても、現状の区画で収まります。ただ、高警戒一人房は余裕が多いとは言えません」


「ブラムの様子を見て、必要以上に長く占有させないようにしよう。ただし、空けるために警戒を下げるのはなしだ」


「承知しました」


 ノルは通常一人房。


 エドガーも通常収容。


 残り十五人についても、医務制限と罪状、これまでの記録を見ながら順次配置する。


 護送責任者は帰り支度を終えていた。


「本当に普通に食わせるんだな」


「はい」


「南部じゃ、最初に締めておく方が後が楽だった」


「黒塔では、そのやり方は採りません」


「ブラムがまた逃げようとしたら?」


「警備を強めます」


「ノルが暴れたら?」


「止めます」


「エドガーが看守へ逆らい続けたら?」


「規則違反をしたなら、その内容で処分します」


 護送責任者が少し呆れたように笑う。


「面倒なやり方だ」


「全員へ同じ罰を先に乗せるよりは、誰をどこまで警戒すべきか分かります」


「まあ、もう黒塔へ渡した。後はそっちの仕事だ」


「引継ぎ、ありがとうございました」


 男は片手を上げ、そのまま外門へ向かった。


     ◇


 夕食後、新しく入った区画を確認した。


 今のところ大きな騒ぎはない。


 ブラムの一人房へ行くと、食事はきれいになくなっていた。


 空の器が格子前へ置かれている。


「監獄長」


「何だ」


「一つ聞きたい」


「聞こう」


 ブラムが両足首の布を見下ろした。


「俺が逃げようとしたら、また足枷を付けるのか」


「必要ならな」


「飯も減らす?」


「それはしない」


「なら、何が変わる」


「房外へ出せる機会が減る。看守も増える。作業へ出す判断も遠のく」


 ブラムは少し考え、格子へ背を預けた。


「そっちの方が嫌だな」


「なら、余計なことはしない方がいい」


「考えておく」


「考えるだけにしておけ」


 ブラムは鼻で笑った。


 俺もそれ以上は言わず、次の房へ向かった。




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