第24話 希望した仕事に、全員は回せない
「北壁へ、四人だけ追加してほしいそうです」
朝食が終わる頃、グラッドがノエラからの作業報告を持ってきた。
基礎を組み直した最初の区画は、朝の確認でも新たな沈下なし。
仮支えは残したまま、作業は次の区画へ進んでいる。
そこで問題が出た。
「前の場所ほど大きな空洞はない。ただ、水を含んだ土が広く残っている。掘り出した土を安全区域まで運ぶ人間が四人ほしい、と」
「壁際の人数も増やすのか?」
「いいえ。追加の四人は内側へ入れません。土籠と荷車を使った運搬だけです」
今の北壁作業は二十四人。
ノエラが壁際へ入れている人数は、その中でも制限されている。
そこへ専門知識のない人間を増やす気はないらしい。
「北壁へ移りたいと言っていた者は十一人いたな」
「はい」
「その中から四人でいい」
グラッドは、すぐには頷かなかった。
「十一人全員を候補にしますか?」
「問題があるのか」
「二人は医務制限中です」
一覧を差し出される。
一人は腰を痛めており、ラッセルから重量物を避けるよう指示されている。
もう一人は足首を捻り、数日間の軽作業中。
「この二人は外す」
「さらに二人が燃料運搬です。薪の到着が遅れているため、今日は人数を減らしたくありません」
「残り七人か」
「洗濯場から一人。石材運搬から二人。中庭清掃一人。空樽と木箱の整理が二人。倉庫の荷運びが一人です」
俺は一覧を見直した。
「洗濯場は昨日、ロッドを屋根へ出した分が残っていたな」
「今日で遅れを取り戻す予定です」
「なら動かさない。倉庫も午後に食料搬入がある」
「はい」
これで五人。
「空樽と木箱の二人。中庭清掃から一人。石材運搬から一人なら、元の仕事は回るか?」
「石材運搬は別班から一人寄せれば最低人数を維持できます。他の三人は、一日抜けても大きな支障はありません」
「なら、その四人へ声を掛けてくれ」
「二日間の応援予定だと伝えます」
「それで頼む」
北壁へ行きたいと言った順番でもない。
石工経験がある順でもない。
今、必要なのは石を積む職人ではなく、湿った土を運ぶ四人だ。
◇
選ばれなかった者から、不満が出たのは昼前だった。
「監獄長に聞きたい」
看守からそう伝えられたので、中庭脇で話を聞くことにした。
来たのは三人。
先頭の男は、四十歳前後。燃料運搬に入っている。
「俺は石工を九年やっていた」
「記録には残してある」
「だったら、どうして俺じゃない。北壁の仕事だろう」
「今回は石工を求めていない」
男が眉を寄せた。
「壁を直してるのに?」
「壁際で石を扱う人間は足りている。追加で必要になったのは、掘り出した土を運ぶ四人だ」
「俺にも土くらい運べる」
「それも分かっている」
「なら――」
「お前を抜けば、今日の燃料運搬が足りなくなる」
男の言葉が止まった。
「薪の到着が遅れている。夕方までに各棟へ配れなければ、炊事と夜間の暖房に影響が出る」
「俺一人だぞ」
「同じ仕事からもう一人、北壁を希望している」
グラッドが補足する。
「希望順だけで決めれば、燃料運搬から二人抜けることになります」
「二人とも外されたのか」
「そうだ」
今度は別の男が口を開いた。
「じゃあ、選ばれた奴らは何が特別なんだ」
「特別ではない」
空樽整理から二人。
中庭清掃から一人。
石材運搬から一人。
「今日、元の仕事から外しても黒塔全体への影響が少ない四人を選んだ」
「腕は関係ないのか」
「石工が必要なら関係する。今日は必要ない」
三人目の男が首を傾げる。
「職歴を書かせたのは、仕事を替えるためじゃないのか」
「必要な仕事が出た時に、経験者を探せるようにするためだ」
「希望した仕事へ行けるわけじゃない?」
「そういう約束はしていない」
はっきり言っておく方がいい。
「屋根が壊れたから屋根葺き経験者を呼んだ。石工が必要になれば、石工経験者を候補にする。だが、今いる仕事を放り出してまで希望通りに動かすことはできない」
燃料運搬の男が不満そうに息を吐いた。
「結局、監獄側の都合じゃないか」
「監獄だからな」
怒鳴る必要はない。
「ただし、誰をどこへ動かすかを俺の気分で決めるつもりもない。今の仕事から抜けられるか、医務上問題がないか、必要な技能を持っているか。少なくとも、その程度は確認する」
男はまだ納得しきっていない顔だった。
「北壁で本当に石工が必要になったら?」
「その時は候補に入れる」
「必ず?」
「必ずとは言わない。その時の人数と今の配置も確認する」
「徹底して約束しないんだな」
「守れない約束をするよりはいいだろう」
男は少し黙り、
「……分かった」
と答えた。
◇
午後。
追加の四人が北壁へ入った。
といっても、仮設柵のさらに内側、基礎を開いている場所へ近づくことはない。
壁際から運ばれてきた湿った土を土籠へ移し、荷車へ載せる。
指定された場所まで運んだら戻る。
それだけだ。
俺は仮設柵の外で、ノエラから説明を受けていた。
「四人で足りるか」
「足ります」
「二日間の見込みも変わらない?」
「今のところは。ただ、明日の朝に土の状態をもう一度確認します。乾き方が違えば作業量も変わります」
「延長が必要ならグラッドへ上げてくれ」
「分かりました」
「俺が判断する必要があることだけ回してくれればいい」
ノエラが少しこちらを見る。
「中には入らないんですね」
「入る理由がない」
「それなら助かります」
以前なら一言余計だと思ったかもしれない。
今は事実なので反論しなかった。
◇
土運びは単純な仕事だったが、楽ではない。
湿った土は重い。
土籠へ入れすぎれば持ち上げられず、荷車へ積みすぎれば車輪が取られる。
追加された四人は、最初の二往復ほどでペースを掴んだ。
「一度に載せる量を減らせ!」
壁際から出てきたドニが声を飛ばす。
「速さより止まらない方がいい!」
看守が四人へ伝える。
石材運搬から来た一人は慣れているのか、荷車を押す時の力の掛け方が安定している。
だからといって、その男だけを特別扱いする必要はない。
残る三人も、指示通りに運べている。
一時間ほど経った頃、仮設柵の外に人影が増えた。
午前中に話をした石工経験者だった。
看守と一緒に薪を運ぶ途中で、北壁近くを通ったらしい。
「監獄長」
「何だ」
「少し見てもいいか」
「柵の外からなら構わない。仕事は止めるな」
男は薪を下ろさず、柵越しに中を見た。
追加された四人がしているのは、土を籠へ入れて荷車で運ぶだけ。
石を選ぶ作業も、基礎へ入る作業もしていない。
「……本当に土運びだけなんだな」
「朝からそう言っている」
「北壁って聞いたら、石を触ると思うだろ」
「必要になれば呼ぶ」
「今日は俺じゃなくてもいい仕事か」
「そう判断した」
男はしばらく作業を見ていた。
「分かった。薪を運んでくる」
それだけ言って歩き出した。
説得できたのかは分からない。
ただ、自分の目で見たことで、少なくとも話の意味は伝わったらしい。
◇
夕方までに、追加した四人は予定していた量の土を運び終えた。
負傷者なし。
工具の持ち出しなし。
荷車にも破損はない。
四人の元の作業側も確認する。
「空樽と木箱の整理は?」
「一部を明日に回しましたが、倉庫の使用には影響ありません」
「中庭清掃は?」
「予定範囲まで終えています」
「石材運搬は?」
「別班から一名回し、必要数を確保しました」
グラッドの報告を聞く。
一ヶ所を助けるために別の場所を止めることはなかった。
「明日も同じ四人でいいか」
「ノエラから変更要請はありません」
「なら明日まで継続する。明後日は元配置へ戻す予定で伝えてくれ」
「承知しました」
重労働分の食事も、北壁へ入る二日間だけ増やす。
所属が変わったから増やすのではなく、実際の作業量に合わせる。
そこもガイラスと確認済みだった。
◇
日が落ちる前。
燃料置き場を通ると、朝に文句を言いに来た石工経験者が薪を積んでいた。
こちらに気づき、手を止める。
「監獄長」
「どうした」
「一つ確認していいか」
「聞こう」
「俺が石工をやっていたって記録、本当に残ってるんだろうな」
「ああ。本人申告として残してある」
「石の仕事をやらせる前には、腕も確認する?」
「当然だ」
「それならいい」
男は再び薪へ手を伸ばした。
「今日は北壁へ行けなかったのに、随分あっさりしているな」
「土を運ぶだけなら、俺じゃなくてもできるのは見たからな」
薪を一本、荷車へ載せる。
「ただ、石を積む時に素人を使ったら文句を言うぞ」
「その時は聞く」
「ならいい」
男は仕事へ戻った。
希望した配置には移れなかった。
それでも、自分が石工だったという情報は記録に残り、必要になれば確認される。
今はそれで足りるらしい。
俺も、それ以上を約束するつもりはなかった。
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