第20話 王を殺すなら、なぜ「伏せろ」と叫ぶ
アルヴァンを独房から聴取室へ移す警備は、これまでと変えなかった。
両手と両足を拘束し、看守は六名。聴取室へ入った後は二名を扉脇へ置き、残る四名を廊下側で待機させる。
死刑執行が止まっただけで、アルヴァンが危険度の高い死刑囚であることまで変わったわけではない。
机の向こうでは、監察官セヴェルが厚い書類束と王城内部の見取り図を広げていた。
「本日は、あなた自身が死刑判決を受けた事件について確認します」
アルヴァンが拘束された両手を机へ置く。
「国王殺害未遂か」
「はい。先に確認しておきますが、三名の護送任務が実在したことと、あなたに下された死刑判決が正しいかどうかは別の問題です」
「分かっている」
「逆も同じです。仮に国王殺害未遂について有罪であっても、バルト、ヘルム、ルースの三名が黒塔で受けた処遇についての確認は続けます」
「それで構わん」
護送任務の記録が見つかったからといって、アルヴァンの態度が急に変わったわけではない。
二年間否定され続けた話が一つ裏付けられただけだ。
セヴェルが見取り図を中央へ寄せる。
「では、事件当日のことを、ご自身の記憶にある範囲で説明してください」
◇
「北方国境についての軍議だった」
アルヴァンが見取り図を見ながら話し始めた。
三人の部下の件で指揮停止六ヶ月、俸給半減の処分を受けたものの、北方情勢が悪化したため四ヶ月で職務へ戻されている。
事件が起きたのは、その復帰後だった。
「出席していたのは?」
「北方に関係する部隊の指揮官が中心だ。俺もその一人だった」
「国王陛下は軍議の開始時から同席されていましたか」
「いや。途中から来られた」
セヴェルが王城側の記録を確認する。
「そこは記録と一致しています。陛下は軍議開始後に入室されています」
さらに確認が続く。
「あなたは当日、剣を帯びていましたね」
「俺だけではない。指揮官のうち何人かは帯剣を許可されていた」
「その点も確認済みです。許可のない武器を持ち込んだ形跡はありません」
つまり、暗殺のため密かに剣を持ち込んだわけではない。
だが、許可された剣で国王を襲うことはできる。
一つ事実が確認できても、それだけで結論は出ない。
セヴェルが見取り図の奥を指した。
「騒ぎが起きた時の状況をお願いします」
「軍議が終わりかけ、陛下が席を立たれた」
アルヴァンの指が国王の席へ移る。
「その時、上で何かが動いた」
軍議室の上部には、灯りや幕を扱う者が使う細い作業通路がある。
国王の位置より高く、室内から見上げれば人が通れる程度の幅しかない。
「人物の顔は確認できましたか」
「できていない」
「服装は?」
「分からん」
「性別も?」
「断定できん」
セヴェルが記録する書記官を確認してから続ける。
「では、何を見たことで危険を感じたのですか」
「人影が動いた直後、何かが光った」
「何か、というのは?」
「金属だと思った。ただし、形までは見ていない」
「短剣や弓だったと断言はできない?」
「できん」
アルヴァンは余計な情報を足さない。
見えなかったものは見えなかったと言う。
「そこで剣を抜いたのですね」
「ああ」
「国王へ向かって?」
「違う」
声が少し強くなった。
「上部通路へ上がる扉へ向かった」
見取り図では、国王の左後方に扉がある。
アルヴァンが立っていた位置から見れば、国王へ近づく場合と途中まで方向が重なる。
「近衛兵には、陛下へ向かっているように見えた可能性がある?」
「そうだろうな。王の御前で突然剣を抜いて、そちらへ走ったんだ。止めるのが当然だ」
自分に不利な部分まで否定はしない。
「その際、あなたは何か叫んでいますね」
「『上だ。陛下を伏せさせろ』と叫んだ」
「近衛兵は止まりましたか」
「いや」
「そして一名を負傷させた」
「ああ」
アルヴァンの表情が硬くなる。
「槍で進路を塞がれた。上に人がいると叫んだが退かなかったから、槍を払った。その時、近衛の前腕を斬った」
「殺害しようとしたわけではない?」
「そのつもりはなかった。ただ、俺の剣で傷を負わせたことは事実だ」
セヴェルが当時の医務記録へ目を落とす。
「近衛兵一名、前腕部切創。命に関わる負傷ではありませんでした。この点も記録と一致します」
その直後、アルヴァンは複数の近衛兵に取り押さえられた。
上部通路もすぐに調べられている。
「捜索結果について、あなたは当時説明を受けていますね」
「ああ。不審な者はいなかったと聞いた」
「武器も、不自然な荷物も発見されていません」
「そう聞いている」
「あなたが見た人物の存在を裏付ける物証はなかった」
アルヴァンは少し間を置いてから頷いた。
「それも否定しない」
◇
セヴェルが判決関係の書類を開いた。
「当時の審理で重視された事情を確認します」
国王の前で抜剣したこと。
国王のいる方向へ進んだこと。
制止した近衛兵を負傷させたこと。
そして、直後に上部通路を捜索しても、アルヴァンが主張する不審者が見つからなかったこと。
「この状況だけなら、国王に危害を加えようとしたと判断されたこと自体は不自然ではありません」
アルヴァンは黙って聞いている。
「さらに当時のあなたには、別件で信用性に疑問があると評価された事情がありました」
「三人の護送任務だな」
「はい」
アルヴァンは、バルトたち三人へ正式な護送任務を命じたと何度も主張した。
だが当時、その命令を裏付ける記録は見つからなかった。
「そのため審理側は、自分に不利な状況になると確認できない事情を持ち出す傾向がある、とあなたを評価しています」
「だから、上の人影も同じだと考えた」
「その判断も含まれています。ただし、護送任務の件だけで国王殺害未遂が認定されたわけではありません」
セヴェルはそこを曖昧にしなかった。
「抜剣、移動方向、近衛兵の負傷、不審者が発見されなかった事実。それらを合わせた上での判決です」
アルヴァンが低い声で言う。
「なら、護送任務の記録が見つかったところで、何も変わらないように聞こえるが」
「いいえ。見直す必要が生じた部分があります」
セヴェルが別の紙を取り出した。
◇
事件直後、軍議室前を担当していた警備責任者が残した簡易報告だった。
騒ぎが起きた時刻。
アルヴァンを取り押さえた近衛兵。
負傷者。
そして、騒ぎが起きた瞬間にアルヴァンが発した言葉。
《上だ。陛下を伏せさせろ》
アルヴァンが紙を見る。
「……残っていたのか」
「はい」
「それなら、なぜ俺が拘束された後で上の人間を作り上げたことになっている」
「正確には、当時の審理でもこの発言は把握されています」
俺も書面を見る。
「叫んだ事実自体は認められていた?」
「はい」
セヴェルが頷く。
「ただ、その直後に上部通路を確認しても人は見つからず、武器もありませんでした。そのため当時は、国王へ向かったあなたが、追及を免れるためその場で虚偽の説明を作った可能性が高いと判断されています」
当時の状況だけなら理解できなくもない。
王の前で剣を抜いた。
国王のいる側へ動いた。
止めようとした近衛兵を傷つけた。
本人は上に危険があったと言うが、調べても誰もいない。
しかも、別件では実在を確認できない護送任務について主張し続けていた。
「しかし、今はその人物評価を同じ形では使えない」
俺が言うと、セヴェルが頷いた。
「そうです」
当時は確認できなかった護送任務が、実際には存在した。
アルヴァンが嘘をついていたのではなく、調査側が記録を見つけられなかったことになる。
「だからといって、この叫びが国王を守る意図から出たものだと確定したわけではありません」
「分かっています」
「国王を襲撃しようとした者が周囲を混乱させる目的で叫ぶ可能性もあります。一方で、本当に上部通路の異変へ反応した可能性も否定できなくなった。今の段階では、どちらかへ決める材料が不足しています」
アルヴァンが紙から目を上げる。
「俺が王を殺すつもりだったなら、なぜ陛下を伏せろと叫ぶ必要がある」
「そこは再検討すべき点です」
「ずいぶん慎重だな」
「死刑判決を扱っていますから」
セヴェルの声は変わらなかった。
◇
「次に、あなたの移動方向を確認します」
見取り図が再び中央へ置かれた。
アルヴァンが立っていた位置。
国王。
上部通路への扉。
「現場にいた近衛兵のうち、一名は、あなたが明確に国王へ向かって進んだと証言しています」
「そう見えただろう」
「もう一名は、そこまで断定していません」
アルヴァンが目を細める。
「どういう証言だ」
「騒ぎが突然起きたため、国王へ向かっていたのか、その左後方にある扉へ向かっていたのか判断できなかった、と」
「当時も同じ証言だったのか」
「はい」
新しく出てきた都合のいい証人ではない。
二年前から残っていた証言だ。
「なぜ国王へ向かったという証言の方が重く扱われた?」
俺が尋ねる。
「他の事情と整合したためです」
セヴェルが答える。
「国王の前で抜剣し、そちらへ進んだ。不審者は発見されなかった。さらにアルヴァン本人の信用性にも疑問が置かれていた。それらを合わせれば、国王へ向かったとする証言を重視したことには合理性があります」
「しかし、その信用評価の根拠が一部崩れた」
「はい。そのため、もう一方の証言も改めて同じ資料の中で評価し直す必要があります」
当時の審理が、何も考えずアルヴァンを死刑にしたわけではない。
その時点で揃っていた材料から見れば、筋の通る判断だった。
ただし、判断の土台にしていた事実が一つ変わった。
なら、その上に積んだ結論も確認し直さなければならない。
◇
セヴェルが椅子へ座り直した。
「アルヴァン。上部通路で見たものについて、確実に記憶している範囲だけ答えてください」
「分かった」
「人影は一人でしたか」
「一人に見えた。ただし、長く見てはいない」
「顔は?」
「見えなかった」
「服装」
「分からない」
「手に何を持っていた?」
「分からん。光ったものが金属だと思っただけだ」
「その人物が国王を攻撃しようとしていたと確信していましたか」
アルヴァンはすぐには答えなかった。
「その時は、そう判断した」
「現在は?」
「分からん」
セヴェルは急かさない。
「幕を固定する金具だったのかもしれん。作業員が普通の道具を持っていただけかもしれない」
「それでも、当時は剣を抜く必要があると思った」
「ああ。確認してからでは遅いと思った」
アルヴァンは見取り図へ目を落とした。
「判断が間違っていた可能性は認める。何も危険がなかったなら、王の御前で不用意に剣を抜いたことになる。近衛を傷つけた責任も俺にある」
「それでも否定する点は?」
「陛下を殺そうとしたことだ」
そこだけは迷わない。
「俺は陛下を狙って剣を抜いたんじゃない」
書記官がその言葉を記録する。
◇
セヴェルは記録を確認してから書類を閉じた。
「本日の聞き取りは、ここまでにします」
アルヴァンが監察官を見る。
「現時点で、俺の判決をどう考えている」
「結論はまだ出しません」
「死刑執行停止は?」
「継続します」
「理由を聞かせろ」
セヴェルは少しも濁さなかった。
「以前の判決を支えた事情のうち、あなたの供述に対する信用評価については再検討が必要になったからです」
護送任務は実在した。
アルヴァンが国王の前で剣を抜いた直後から、
《上だ。陛下を伏せさせろ》
と叫んでいたことも記録されていた。
一方で、上部通路に第三者がいた証拠は現在もない。
近衛兵を負傷させた事実も変わらない。
「あなたが無罪だと確認できたわけではありません。しかし、従来と同じ前提だけで死刑を執行することも適切ではない。それが現在の判断です」
アルヴァンはしばらく黙った。
「それで十分だ」
「無罪と認めさせたいんじゃないのか」
俺が尋ねると、アルヴァンはこちらを見た。
「もちろん認めさせたい。だが二年前は、俺の説明を確認し直す必要すらないと言われた」
机の上には、当時から存在していた簡易報告と、軍議室の見取り図がある。
「今は、少なくとももう一度調べている。それなら今日は十分だ」
「正式な判断が出るまで、待遇も警備も変えないぞ」
「好きにしろ。まだ死刑囚なのは分かっている」
その返答なら、こちらから付け加えることもなかった。
俺は看守へ合図した。
◇
アルヴァンを独房へ戻した後、セヴェルは見取り図を畳み始めた。
「明日は、どの点を確認する予定ですか」
「王城側の記録をもう一度照合します。特に、当日の警備配置と上部通路への出入りです」
「新しい証拠があるわけではない?」
「現時点ではありません。調べても何も出ない可能性は十分あります」
「それで構いません」
何もなければ、何もなかったと確認すればいい。
調べるたびアルヴァンに有利な証拠が都合よく出てくる方が、よほど信用できない。
「監獄長」
「はい」
「今日の内容を踏まえて、アルヴァン・ギレスを無罪だと思われますか」
少し考えた。
「以前より判断しにくくなりました」
セヴェルがわずかに口元を緩める。
「私もです」
それで十分だった。
アルヴァンが国王を殺そうとしたのか、上部通路の異変から守ろうとしたのかは、まだ決められない。
ただ、これまで確実だと思われていた判断の中に、確認し直すべきものがあることだけは見えてきた。
人一人を処刑する前なら、その違いは小さくなかった。
──────────────────
YouTubeショート動画作ってみました。
https://youtube.com/shorts/_zEBpYRUMc4?si=9bu0xxStFm2Bo5Z8




