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第11話 死刑囚に、壁の名前を見せろ

「アルヴァンを旧東処分房へ連れていく」


「反対です」


 朝一番、グラッドへ話をすると即座に返された。


「まだ理由を説明してないぞ」


「死刑囚を通常の収容区画から出し、閉鎖された建物へ連れていく。その時点で反対する理由としては十分です」


 机の上には三枚の紙が並んでいる。


 バルト・レイン。


 ヘルム・カーン。


 ルース・バーデン。


 旧東処分房の壁に残っていた、アルヴァンの元部下三人の名前だ。


「壁を写した紙だけ見せる方法もある。でも、文字の深さや周囲の傷まで正確に写すのは無理だ。本人に現物を見せたい」


「アルヴァンが筆跡を知っている可能性があるからですか」


「ああ。三人を一番よく知っているのは、今のところあいつだ」


 グラッドは腕を組んだまま考え込んだ。


「安全面は任せる。危険すぎるなら別の方法を考える」


「……手枷と足枷。看守六名を付けます」


「六名も必要か?」


「相手は元第三騎士団長で、現在は死刑囚です」


「分かった。そこは任せる」


「移動経路から他の囚人を外します。武器庫へ近づく廊下も使いません。旧東処分房へ入るのは所長、私、記録係一名、看守二名まで。残りは入口と通路へ配置します」


「それでいこう」


 グラッドはまだ納得していない顔だった。


「くれぐれも、昔話を聞くためだけに二人で残ろうとはなさらないでください」


「そこまで無謀じゃない」


「なら結構です」


 信用があるんだか、ないんだか。


     ◇


「随分と大人数で迎えに来たな」


 独房から出されたアルヴァンが、左右の看守を見た。


 両手に手枷。


 両足にも短い鎖。


 周囲には看守が六人。


「念のためだ」


「俺一人に六人か」


「お前を軽く扱って事故が起きたら、グラッドに怒られる」


「私のせいにしないでください」


 後ろから即座に返された。


 アルヴァンは鼻で笑っただけで、抵抗はしなかった。


「どこへ行く」


「東側の閉鎖区画だ」


 アルヴァンの足が一瞬だけ止まった。


「東側?」


「何か心当たりがあるのか」


「ない」


「なら見てもらえば分かる」


 中庭には出さず、屋内の廊下を使う。


 他の囚人との接触も避け、旧東処分房まで移動した。


 入口の前でアルヴァンが建物を見上げる。


「こんな場所が残っていたのか」


「正式には十六年前に閉鎖された処分房だ。その後も一部の看守が、夜間の一時隔離に使っていたらしい」


「閉鎖後も?」


「ああ。記録に残さず使われていた例も確認してる」


 アルヴァンの表情が変わった。


「何を見つけた」


「中で見てくれ」


 グラッドが鍵を開ける。


 扉が軋み、湿った空気が流れ出した。


     ◇


 室内へ入ったアルヴァンは、壁を見たところで足を止めた。


 石壁を埋める百を超える名前。


 何本もの傷や印。


 途中までしか読めない文字もある。


 俺は三人の名前が残る場所まで案内した。


「ここだ」


 バルト・レイン。


 ヘルム・カーン。


 ルース・バーデン。


 アルヴァンは数歩手前で動かなくなった。


「……誰が見つけた」


「記録係だ」


「いつだ」


「昨日。古い倉庫を調べていて見つかった」


「壁には誰か触ったか」


「調査に必要な範囲だけだ。削ったり消したりはさせていない」


 アルヴァンが近づく。


「文字に触れてもいいか」


 俺がグラッドを見る。


「壁だけなら構いません」


 手枷の付いた両手を上げ、アルヴァンはバルトの名へ指を伸ばした。


 最後の一文字をなぞったところで止まる。


「これはバルトが書いた」


「筆跡で分かるのか」


「あいつは最後の文字を長く引く癖があった。書類でも何でもそうだった」


 次にヘルムの名を見る。


 今度は首を横へ振った。


「こっちはヘルム本人じゃない」


「理由は?」


「ヘルムは自分の名を読めても、書けなかった」


「騎士でも文字を書けない人間はいるのか」


 アルヴァンがこちらを睨んだ。


「第三騎士団は貴族だけで出来ていたわけじゃない。ヘルムは下町の出で、兵から腕一本で上がった男だ」


「なるほど。それなら、この名前を書いたのは別人か」


「おそらくルースだ」


 アルヴァンが文字の形を見る。


「遠征中も、ヘルムの荷札や受領書はルースが代わりに書いていた」


 その隣にあるルース自身の名へ視線を移す。


「こっちもルースの字に見える」


 バルト本人の筆跡。


 ヘルムの名は、おそらくルースの代筆。


 ルース自身の文字。


 偶然、無関係な誰かが三人の名を並べた可能性はかなり低くなった。


 ただし、それでも三人が同時にこの部屋へいた証拠にはならない。


「この三本線は?」


 三人の名前の近くに残る短い斜線を指す。


 アルヴァンの目が細くなった。


「第三大隊の印だ」


「部隊の紋章か?」


「そんな立派なものじゃない。遠征先じゃ同じ型の飯盒や道具が何十個も並ぶ。第三大隊の物には三本の傷を付けて区別していた」


「騎士団の外でも知られていた?」


「知る必要がない」


「なら、少なくとも第三大隊を知っている人間がここへ印を残した可能性が高いな」


「ああ」


 アルヴァンは壁から手を離した。


「三人が黒塔へ送られてきた日のことは覚えてるな」


「忘れると思うか」


「三人は同じ護送隊だった?」


「ああ」


 黒塔の記録でもそこは一致している。


 三人は二年前、同じ日に到着した。


 ただし収容後は別々の房へ入れられ、作業先も別れている。


「黒塔の記録には、その後三人が一ヶ所へ集められたとは残っていない」


「この部屋へ三人まとめて入れられた、と言いたいのか」


「まだそこまでは言わない」


 アルヴァンがこちらを見る。


「名前があるだけだからか」


「ああ。都合よく話を繋げて、後で違ったでは困る」


「……少しはまともになったらしいな」


「褒め言葉として受け取っておく」


     ◇


「三人が黒塔へ送られた理由を聞きたい」


 アルヴァンの顔から、わずかに緩んでいたものが消えた。


「関係ない」


「黒塔で受けた処遇を調べるなら、入ってくるまでの経緯も必要だ」


「記録を読め」


「罪名しか分からない」


 三人の古い台帳に残るのは、王命への重大な違反、王国役人への暴行、護送任務の妨害という記載だけ。


 何が起きたのかは書かれていない。


「無理に信用しろとは言わない。ただ、話したくない部分まで聞き出すつもりもない。話せる範囲だけでいい」


「俺が話さなければ?」


「記録だけで調べる」


「結局調べるのか」


「ああ」


 アルヴァンが舌打ちする。


 しばらく壁を見ていたが、やがて低い声で話し始めた。


「二年前、俺が三人へ王国書記官の護送を命じた」


「行き先は?」


「北の町だ」


「書記官の名前は聞いても?」


「まだ言わん」


「分かった。続けてくれ」


 アルヴァンが少し意外そうに眉を動かした。


「食い下がらないのか」


「今答えないと決めてる相手に、同じことを何度聞いても変わらないだろ」


「多少は話が通じるようになったな」


「どうも」


 アルヴァンは壁へ背を向けた。


「三人には、俺の封書を持たない人間へ書記官を引き渡すなと命じた」


「相手が王国役人を名乗っても?」


「ああ」


 途中で六人の男たちが現れた。


 王都から来た役人だと名乗り、書記官の身柄を引き渡すよう要求したという。


 だが、アルヴァンの封書を持っていなかった。


 三人は拒否した。


「向こうは強引に馬車を止めようとした。揉み合いになり、先に剣を抜いた」


「役人側が?」


「そうだ。だから三人も抜いた」


「死者は?」


「いない。向こうの三人が負傷した」


「それが王国役人への暴行として扱われたわけか」


「ああ」


「護送していた書記官は、その後どうなった?」


 アルヴァンの顔が険しくなる。


「その夜、泊まった町から消えた」


「宿から?」


「ああ。部屋の窓が開いていた。護衛の一人が建物の裏へ回っている間にいなくなった」


「翌朝には三人が拘束された?」


 アルヴァンがこちらを見た。


「察しがいいな」


「王国役人を傷つけて、護送対象まで消えたなら、そうなるだろ」


「王命を妨害し、役人へ暴行し、護送任務まで失敗したとして捕らえられた」


「三人は、アルヴァンの命令だったと説明した?」


「当然だ」


「お前も認めたんだな」


「認めた」


「それで三人だけが黒塔へ?」


「俺も処分を受けた」


 そこは記録だけでは分からなかった。


「どんな処分だった?」


「指揮権停止六ヶ月、俸給半減。軍法審理にもかけられた」


「役人への暴行を命じたとは認定されなかった?」


「ああ。俺が命じたのは書記官の護送と、封書を持たない者へ渡すなということだけだ」


「その命令を証明する書類は?」


 アルヴァンの口元が歪んだ。


「三人が拘束された時には消えていた」


「お前が三人へ出した命令書も?」


「それだけじゃない。俺へ届いた命令もだ」


「上からの命令があったのか」


「そこまでだ」


「分かった」


 ここで名前を迫っても答えないだろう。


 アルヴァンの独断ではなかった。


 今はそれだけ覚えておけばいい。


「指揮停止の六ヶ月は全部?」


「四ヶ月で復帰させられた。北方が荒れたからな」


「必要になったら戻されたわけか」


「そういう国だ」


 三人は実際に剣を抜き、三人の役人を負傷させている。


 その事実まで消えるわけではない。


 アルヴァンにも処分があり、完全なお咎めなしだったわけでもない。


 ただ、その命令系統を裏付ける書類が失われた。


「三人は判決を受け入れた?」


「受け入れるわけがない」


「お前を恨んだ者は?」


 少し間が空いた。


「ヘルムは最後まで俺を庇った。バルトには怒鳴られたよ。『お前が命令したと認めても何も変わらねえじゃねえか』とな」


「ルースは?」


「何も言わなかった」


「そういう男だったのか」


「ああ。怒っている時ほど静かになる」


 アルヴァンの口元が、ごくわずかに動いた。


 すぐに消える。


「三人が黒塔へ送られた後も、審理のやり直しを求めた?」


「何度もな。三人が生きている間も、死んだ後も」


「消えた書記官は?」


「見つからなかった」


 一つだけ、確認したいことがあった。


「今のお前の国王殺害未遂と、この件は関係しているのか」


 周囲の看守たちの空気が硬くなる。


 アルヴァンは俺を正面から見た。


「それには答えん」


「分かった」


「……そこで引くのか」


「今は答えないと分かったからな」


「妙な監獄長だ」


「よく言われる」


     ◇


「今度はこちらから一つ聞く」


 アルヴァンが言った。


「何を聞きたい?」


「三人の件を、どこまで調べるつもりだ」


「黒塔の中で何があったか、確認できるところまで」


「王都へ繋がっても?」


「まず黒塔の中を調べる」


 アルヴァンの目が細くなる。


「逃げる気か」


「違う。俺は黒塔の監獄長だ。証拠もないまま王都へ乗り込んで陰謀探しをする立場じゃない」


「では、この壁だけ見て終わるのか」


「終わらない」


 三人が入ってきた時の状態。


 収容後の処遇。


 バルトの肋骨骨折。


 ヘルムの減食。


 ルースが消えた夜。


 黒塔の中で確認できることは、まだ残っている。


「三人がここでどう扱われ、どう死んだのかは調べる。その先に王都側の問題が出てきたら、その時に考える」


「随分と狭い話だ」


「黒塔だけで八百二十四人いる。俺には十分広い」


 アルヴァンは黙った。


「できもしないことまで全部解決すると約束した方がいいか?」


「いや」


 短く答えた後、壁の三つの名前へ視線を戻す。


「……それでいい」


 信用されたわけではない。


 まして、俺への恨みが消えたわけでもない。


 ただ、三人について調べることだけは止めろと言われなかった。


     ◇


 アルヴァンを独房へ戻した後、俺たちは記録室へ入った。


「三人の入所時の医務記録を」


 記録係が古い束を探す。


 最初はバルト。


「左肩に切り傷。歩行に問題なし」


「肋骨についての記載は?」


「ありません」


 後に肋骨を三本折ることになるが、少なくとも黒塔へ来た時点では記録されていない。


「ヘルムは?」


「右前腕に打撲。ほかに目立った異常なし」


「ルース」


「外傷について特記なしです」


 三人とも、黒塔へ来た時点では自力で動ける状態だった。


「到着した夜の点呼は?」


「残っています。記録上は三人とも各房におります」


「個人確認じゃなく、人数だけの時期だな」


「はい」


 その『在房』を、そのまま事実とは扱えない。


「夜番は誰だった?」


「四名です」


 名前を確認する。


 一人は退職。


 一人は六年前に病死。


 残る二人は、今も黒塔で勤務していた。


「二人とも呼ぶか?」


 グラッドが首を横へ振った。


「先に当時の配置を確認しましょう。夜番だったというだけで、東側を担当していたとは限りません」


「そうだな。勤務割りを先に見よう」


 犯人を探しているわけではない。


 あの夜、何があったかを知りたいだけだ。


 記録係が古い勤務表を探し始めたところで、別の書類へ手を止めた。


「所長。三人の入所書類に、もう一枚綴じられています」


「どんな書類だ?」


「護送隊から引き渡された注意書きです」


 薄い紙だった。


 グラッドが受け取り、内容を読む。


「《三名は互いに接触させないこと。個別に収容し、会話を禁ずる》」


「かなり厳しい指示だな」


「続きがあります」


 グラッドの声が変わった。


 紙をこちらへ差し出す。


 最後の一行。


《三名から護送任務に関する申し立てがあった場合、監獄長判断で受理せず》


 俺はもう一度読み直した。


 単に、


『危険なので三人を離しておけ』


 という指示ではない。


 三人がこれから何を訴えるか、その内容まで先に指定したうえで受け取るなと書いてある。


「署名は?」


「当時の護送責任者です」


「王都側の人間か」


「はい」


 紙の下には受領を示す印があった。


 見覚えがある。


 今も俺が使っている監獄長印と同じものだ。


「これ、俺が受け取ったことになってる?」


「受領印があります」


 逃げる言い方はできない。


 俺自身にその時の記憶がなくても、黒塔の監獄長名義で正式に受け取られている。


「原本は動かすな」


「写しを作ります」


「頼む。それと、今もいる夜番二人を最初から疑ってかかるな。当時の配置を確認して、関係があれば話を聞く。それだけだ」


「承知しました」


 俺は注意書きを机へ戻した。


 壁の名前は、まだそれだけでは証拠にならない。


 だが、この紙は違う。


 三人が黒塔へ到着した時点で互いに接触させないよう指示され、護送任務について訴えても受け取るなと、黒塔側へ正式に伝えられていた。


 誰が、なぜそこまで気にしたのかは分からない。


 ただ少なくとも、この引継書を作った人間は、三人が護送任務について申し立てる可能性を事前に知っていた。


「アルヴァンには?」


 グラッドが尋ねる。


「次に会った時に見せる」


「この原本を?」


「写しでいい。原本はここから出さない」


「分かりました」


 三人が黒塔へ送られた理由は、まだ全部分からない。


 旧東処分房へ実際に入れられたのかも、今の段階では確定していない。


 それでも、調べるべきものは一つ増えた。


 三人が何を訴えようとしていたのか。


 そして、その訴えをなぜ黒塔へ着く前から止める必要があったのか。




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YouTubeショート動画作ってみました。

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