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俺の裏山、世界最高難度らしい ~中古ドローンでいつものダンジョンを配信したら世界中が騒ぎ始めた~  作者: 山ノ上商会


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第7話 初配信終了


六階を抜け、七階へ続く階段を下りる。


今日の目的地は十階。


ここまで来れば、残りはそれほど遠くない。


七階から九階までは何度も通っているし、出てくる魔物も大体分かっている。


十階より下へ行くと少し面倒な奴も増えてくるが、今日はそこまで行くつもりはない。


初めての配信だ。


ドローンのバッテリーもどのくらい持つか分からないし、無理をする必要もないだろう。


七階へ到着すると、これまで続いていた石造りの通路から景色が一変した。


足元には薄く水が張り、歩く度にパシャパシャと小さな音が響く。


壁からは細い水が何本も流れ落ちていて、その周囲には青白い苔のようなものが生えていた。


昔は地下にこんな場所があることが不思議で仕方なかった。


今となっては見慣れた景色だ。


「七階です。ここはちょっと歩きにくいんですよね」


久しぶりに配信していることを思い出して、ドローンへ向かって話しかける。


スマホはポケットに入れたままだ。


どうせコメントを見ても流れるのが速すぎて、全部は読めない。


何より、歩きながらスマホを見る方が危ない。


少し進んだところで、水面が揺れた。


俺は足を止める。


正面ではない。


右。


壁際に溜まった水の中。


水面から、細長い何かがゆっくりと浮かび上がった。


「いるな」


姿を現したのは、大きな蛇だった。


長さは四メートルくらい。


身体は水色の鱗に覆われ、頭には短い角が二本生えている。


こいつは水の中に隠れて待ち伏せする。


初めて七階へ来た頃は何度も驚かされたけど、水面を見ていれば近付いてくるのは分かる。


蛇が口を開いた。


次の瞬間、細い水の塊が一直線に飛んでくる。


俺は身体を横へずらした。


水の塊が背後の壁にぶつかり、石の表面を僅かに削る。


「相変わらず結構威力あるな」


ただの水に見えるけど、まともに食らえばかなり痛い。


昔、一度だけ肩に直撃を受けたことがある。


骨は折れなかったものの、数日は青痣が消えなかった。


蛇が二発目を吐く前に距離を詰める。


水の中では足を取られるので、大きく踏み込むことはできない。


代わりに、蛇の方がこちらへ頭を伸ばしてきた。


噛み付こうと大きく開いた口を避け、その横を通り抜ける。


身体の中央付近へ剣を振った。


ザシュッ。


鱗を切り裂き、刃が肉まで入る。


蛇が激しく身体をくねらせ、水しぶきが辺りへ飛び散った。


そのまま二撃目。


今度は首を狙う。


一度目は浅い。


もう一度。


三撃目でようやく首が落ちた。


「よし」


蛇の身体が光に包まれて消えていく。


後には青い魔石が一つ残った。


大きさは親指の爪より少し大きいくらい。


「普通かな」


ポケットへ入れる。


今日はいくつか魔石も拾えている。


別に売る予定があるわけではないけど、家に置いておけば何かに使えるかもしれない。


俺は剣の水気を振り払い、そのまま七階の奥へ進んだ。


***


『普通かな』


その言葉を聞いた黒田龍一は、思わず眉間を押さえた。


配信者が今倒した魔物。


黒田には見覚えがある。


「アクアサーペントだよな……」


危険度C級。


水場を好む魔物で、口から放つ高圧水流は厚い木板程度なら簡単に貫通する。


それ自体は、黒田からすれば特別珍しい魔物ではない。


問題はやはり、このダンジョンだ。


一階からB級。


二階には正体不明のオーク型魔物。


三階ではブラックハウンド。


さらに七階まで進んでアクアサーペント。


危険度だけを見れば、階層が深くなるにつれて順当に強くなっているわけでもない。


ダンジョンの生態として、明らかに異質だった。


そして、もう一つ。


「魔石を普通って……」


画面の青年が今拾った魔石は、それほど大きくはない。


ただしサイズだけで魔石の価値が決まるわけではない。


純度。


含有魔力量。


魔物の種類。


様々な要素で価値が変わる。


映像だけでは正確には分からないが、アクアサーペントから落ちた魔石なら一般市場でも十分な値が付くはずだ。


それを青年は、何の躊躇もなくポケットへ放り込んだ。


おそらく。


価値を知らない。


「今まで拾った魔石、どうしてたんだ……?」


嫌な予感がする。


家の物置に適当に積んでいる。


そんな答えが返ってきても、もう驚かない気がしてきた。


スマートフォンを見る。


視聴者数は二千人を超えていた。


数時間前まで誰も知らなかった新人配信者としては、異常な伸び方だ。


そして数字は今も、少しずつ増え続けている。


協会に連絡した知人からは、まだ返信がない。


恐らく向こうも配信を見ているのだろう。


黒田は再び画面へ目を向けた。


青年は七階を抜け、八階へ向かっていた。


***


八階と九階では、それほど大きな問題は起きなかった。


八階で三匹ほど魔物に遭遇したけど、どれも何度も戦ったことがある相手だった。


俺が勝手にトゲネズミと呼んでいる、背中から長い針を飛ばしてくる大きな鼠。


最初の頃は針を避けるのに苦労したけど、撃つ直前に必ず背中を丸める。


動きを知っていれば、それほど怖くはない。


三匹を倒しても魔石は一つだけ。


しかも小さかったので、今日はハズレの日なのかもしれない。


九階へ下りる。


この辺りまで来ると、入口から随分離れたような感覚になる。


実際には地下へ進んでいるだけだから、家からどれくらいの距離にいるのかは分からない。


昔、一度だけ地図を作ろうと思ったことがあった。


紙と鉛筆を持って、歩数を数えながら道を書いていく。


三階くらいで面倒になってやめた。


今では大体の道を身体で覚えているので、必要もない。


九階を半分ほど進んだところで、ドローンが俺の正面へ回り込んできた。


「ん?」


今まで勝手にそんな動きをすることはなかった。


ドローンを見る。


上部に付いている小さなランプが赤く点滅している。


「ああ、バッテリーか」


スマホを確認すると、残量は二十三パーセント。


新品の頃なら四時間飛べたらしいけど、やっぱりかなり弱っている。


ここまで来たなら十階までは持つだろう。


「もう少し頑張ってくれ」


ドローンへ言っても仕方ないけど。


そのまま進む。


コメント欄では何か色々流れている。


『もう帰れ』


『配信よりドローンの命が危ない』


『充電切れたら俺ら置いてかれるの?』


『遭難した気分になってきた』


『配信者本人は普通に帰れるからな』


『黒龍:無理に続けなくていいですよ』


黒龍も何か書いている。


「十階まで行ったら帰りますよ」


『本当に十階で帰れよ』


『その言葉信じるぞ』


『絶対十一階行くなよ』


『フリじゃないからな』


そこまで心配しなくてもいいと思う。


十一階くらいなら別に行ける。


でも、今日は行くつもりはない。


ドローンもそろそろ限界だし、昼飯もまだ食べていない。


何より、午後から大学の課題も少しやらないといけない。


俺は普通の大学生だ。


休日を全部ダンジョンで使うわけにもいかない。


九階を抜け、十階へ続く階段を下りる。


階段の先に広がっているのは、大きな石造りの空間だった。


五階の遺跡にも似ているけど、こちらの方が広い。


天井は十メートル以上。


何本もの巨大な柱が立ち並び、その奥には複数の通路が伸びている。


「着いた」


十階。


ここまで来るのは久しぶりでも何でもない。


むしろ最近は、この辺りからが探索のスタートみたいな感覚になっている。


昔は初めて十階へ辿り着いたとき、嬉しくて一人で叫んだ覚えがある。


中学三年生の頃だった。


一階を攻略するだけで半年以上かかったのに、そこからさらに一年以上。


あの頃は本当に遠かった。


今では一時間ちょっと。


随分変わったものだ。


「今日はここまでにします」


ドローンへ向かって話す。


スマホを取り出すと、コメントが一気に流れた。


『よかった』


『帰る判断できるんだ』


『安心した』


『十階まで来て安心するのおかしいだろ』


『次いつ配信する?』


最後のコメントを見る。


次。


そこまでは考えていなかった。


今回だって、貰ったドローンを試してみたかっただけだ。


でも。


思っていたより楽しかった。


普段一人で潜っているダンジョンを、他の人が見ている。


魔物の名前を教えてもらえた。


青い薬が珍しいらしいということも知った。


「んー……」


考える。


どうせ来週もダンジョンには来る。


だったら、そのときにまた配信してもいい。


「また来るときにやるかもしれません」


『チャンネル登録した』


『絶対やれ』


『次も見る』


『通知オンにした』


『十階から先行く?』


『何階まで行ったことあるの?』


最後のコメントに指が止まった。


何階まで。


そういえば、まだ言っていなかった。


別に隠すようなことでもない。


「今のところ三十八階ですね」


コメント欄が止まった。


綺麗に。


本当に一瞬。


流れていた文字が消えたかと思うほど静かになった。


「……?」


何かおかしなことを言っただろうか。


数秒後。


『は?』


一つ。


そして。


『三十八????』


『聞き間違い?』


『10じゃなくて38?』


『今までの全部序盤だったの??』


『待って待って待って』


『このダンジョン何階まであるんだよ』


『黒龍さん!?』


『黒龍:三十八階ですか?』


黒龍からも確認が来る。


「はい」


普通に答える。


「三十八階の途中までは行けます」


『途中?』


『何で止まってる?』


『何がいる?』


今度は質問が一気に流れてきた。


俺は少し考える。


あいつの説明をすればいいのだろうか。


「三十九階へ行くところに、デカい狼がいるんですよ」


『狼?』


「黒くて、目が四つあるやつです」


今度はさっきより長くコメントが止まった。


「五メートルくらいかな」


『…………』


『知らない』


『そんな魔物いる?』


『四つ目の黒い狼?』


『検索しても出ない』


『未確認種?』


『三十八階のボス?』


『黒龍:その魔物と戦ったことは?』


「ありますよ」


一度だけ。


戦ったというより、殺されかけただけかもしれない。


「普通に負けました」


『負けた!?』


『お前が!?』


『急に怖くなってきた』


『どれだけ強いんだよ』


『生きてるじゃん』


当然だ。


死んでいたら今ここにいない。


「手前で拾ったポーションがあったんで何とか逃げました」


『また変なポーション出てきた』


『手前で拾った??』


『それ青いやつ?』


『黒龍:同じ薬ですか?』


「いや、赤いやつでした」


コメント欄が、また騒がしくなった。


俺としては普通の話をしているつもりなのに、今日は本当によく驚かれる。


ドローンを見る。


赤いランプの点滅が速くなっていた。


バッテリー残量十二パーセント。


そろそろ本当に帰らないと、途中で落ちそうだ。


「じゃあ、今日は終わります」


『待って』


『赤い薬について!』


『三十八階について聞きたい』


『狼の話もっと詳しく』


『次回いつ!?』


『黒龍:少し待ってください』


「え?」


少し待てと言われても、バッテリーがない。


それに腹も減った。


「ドローンの充電切れそうなんで。また今度」


配信終了のボタンを探す。


思ったより分かりにくい。


画面を二、三度操作して、ようやく赤いボタンを見つけた。


「じゃあ、見てくれてありがとうございました」


タップする。


『配信を終了しますか?』


はい。


画面から『LIVE』の文字が消えた。


洞窟が急に静かになったような気がする。


ドローンのプロペラ音は変わらない。


さっきまで誰かに見られていたから、そう感じるだけなのかもしれない。


「意外と面白かったな」


俺はドローンの電源を切り、リュックへ入れた。


さて。


帰るか。


***


配信が終了した。


黒田龍一は、暗くなったスマートフォンの画面をしばらく見つめていた。


最後に聞かされた情報が多すぎた。


あの青年は、三十八階まで到達している。


三十九階へ続く場所には、黒い体毛と四つの目を持つ、体長五メートルほどの未確認魔物がいる。


そして、その魔物は。


今まで画面で見た限りでは危なげなくB級魔物を倒していたあの青年を、一度は完全に退けている。


「……三十八階」


黒田は呟く。


そこまでの話が全て本当なら。


今、自分が見た一階から十階までの光景ですら、あの青年にとっては浅い場所でしかない。


しかも、黒田は肝心なことに気付いていた。


自分は、あの青年についてほとんど何も知らない。


顔は分かる。


大学生だということも本人が話していた。


実家の裏山にあるダンジョンへ、中学生の頃から七年間潜っている。


しかし、それだけだ。


本名も知らない。


住んでいる地域も分からない。


通っている大学も分からない。


配信チャンネルの名前は『裏山探索』。


プロフィール欄にも、本人へ繋がるような情報は何一つ書かれていなかった。


黒田はスマートフォンを操作し、先ほど連絡した探索者協会の知人へメッセージを送ろうとした。


その瞬間。


先に相手から連絡が来た。


『今、配信終わった』


黒田は短く返す。


『見てたのか?』


数秒後。


『途中から全部』


続けて、もう一件。


『こっちで確認したが、国内の登録済みダンジョンに該当する場所はない』


黒田の表情が変わる。


やはり。


『どうする?』


送信。


今度は返信まで少し時間が掛かった。


そして。


『上が動く』


短い一文。


さらに続けて。


『まず配信者が誰なのか調べる』


黒田はスマートフォンを見つめた。


当然だろう。


協会からすれば、場所すら分からない未登録ダンジョンが突然現れたようなものだ。


しかも一階からB級魔物が出現し、その最深部がどこなのかさえ分からない。


配信者本人は三十八階まで到達していると言っていたが、それが最下層というわけでもない。


まずは青年を見つけなければ、何も始まらない。


幸い、顔は配信にはっきりと映っている。


本人が話した情報もいくつかある。


それらを辿れば、いずれ身元まで辿り着く可能性は高い。


黒田は配信が終了した画面を見ながら、小さく息を吐いた。


「大事になってきたな……」


ほんの少し。


SNSで流れてきた動画を確認するだけのつもりだった。


それがいつの間にか、探索者協会まで動き始めている。


そして。


恐らく一番何も分かっていないのは。


今頃、何事もなかったようにダンジョンから帰っているであろう本人だった。


***


家へ戻ったのは午後一時を少し過ぎた頃だった。


「ただいまー」


玄関を開ける。


今日は父さんも母さんもまだ帰っていない。


自分の部屋へ行き、剣をいつもの場所へ立て掛ける。


リュックを床へ置く。


中から今日拾った物を取り出した。


魔石がいくつか。


そして五階で拾った青い薬。


「これ、そんな珍しいのかな」


瓶を机の上へ置く。


似た物が確かどこかにあったはずだ。


引き出しを開ける。


ない。


クローゼット。


ない。


少し考えてから、ベッドの下に置いているプラスチックケースを引っ張り出した。


ダンジョンで拾った物を適当に入れている箱だ。


蓋を開ける。


「あった」


青い瓶。


一。


二。


三。


その下にもある。


「……十一本か」


思ったより少ない。


物置にも何本かあるから、全部合わせれば二十本くらいだろう。


五階に普通に落ちているのに。


黒龍という有名な探索者ですら知らないらしい。


「今度健太にも一本やるか」


疲れたときに効く。


コンビニの夜勤明けとかに良さそうだ。


そんなことを考えながらケースを閉じる。


そして。


今日一日使ったスマートフォンを充電器へ繋いだ。


画面に大量の通知が表示されている。


動画アプリ。


SNS。


知らないアカウントからの通知。


数字の横には、見たことのない桁数が並んでいた。


「……何これ」


少し気になった。


でも。


腹が減った。


「先に飯だな」


俺はスマホを机へ置き、そのまま部屋を出た。


その画面では。


今も通知の数字が増え続けていた。

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