第6話 その剣、どこで手に入れた?
五階から六階へ続く階段を下りる。
六階は、五階と同じような石造りの遺跡が続いている。
ただし、五階に比べて通路は狭く、天井も低い。壁には青白く光る石が埋め込まれているので視界には困らないが、場所によっては俺が両腕を広げれば左右の壁に手が届きそうなくらい狭い。
昔はこの狭さが嫌いだった。
魔物と遭遇しても横へ逃げる場所がなく、真正面から戦わなければならないからだ。
今では出てくる魔物の種類も大体分かっているので、それほど気にならない。
俺はドローンを引き連れながら、見慣れた通路を進んでいく。
「六階はあんまり広くないんで、すぐ抜けられると思います」
『もう六階か』
『ここまで何分くらい?』
『一階からずっと見てるけど感覚おかしくなってきた』
『六階まで来て本人が一番元気なの草』
『黒龍さんまだいる?』
『黒龍:います』
どうやら黒龍という人も、まだ配信を見ているらしい。
登録者二百万人もいるような人が、こんな始めたばかりの配信をずっと見ていて楽しいのだろうか。
もしかしたら、単純にダンジョンが好きなのかもしれない。
健太も昨日楽しそうに配信の話をしていたし、他人がダンジョンに潜っているところを見るのも好きな人には面白いんだろう。
俺にはよく分からない。
自分で潜った方が絶対楽しいと思う。
しばらく歩いていると、前方の曲がり角から何かを引きずるような音が聞こえてきた。
ズルッ。
ズルッ。
俺は足を止める。
「いるな」
剣を鞘から抜く。
この音なら、多分あいつだ。
ドローンも俺が止まったのに合わせて、その場で静止する。
相変わらず優秀だ。
ボロいけど。
俺が動けばついてくるし、戦闘が始まれば勝手に距離を取ってくれる。
これで視聴者数の表示まで壊れていなければ、健太の兄貴も捨てようとは思わなかったのかもしれない。
そんなことを考えている間にも、音は近付いてくる。
そして曲がり角から、大きな影が姿を現した。
人型。
身長は俺より少し高いくらい。
全身を錆びた鎧で覆い、右手には地面に届きそうなほど長い剣を持っている。
ただし、中身は人間ではない。
兜の隙間から見えるのは白い頭蓋骨。
六階ではよく見かける、鎧を着た骸骨だ。
「一体だけか」
それなら楽だ。
『アーマースケルトン?』
『六階で?』
『ここの魔物配置マジでどうなってんだ』
『装備で個体差あるから気を付けろ』
『さっきからBとかCが普通に出てくるな』
骸骨がこちらを認識したらしい。
カタカタと歯を鳴らしながら、長い剣を持ち上げる。
こいつは見た目の割に速い。
最初に戦ったとき、それが分からなくて思い切り胸を斬られたことがある。
幸い浅い傷で済んだけど、血だらけの服で家に帰るわけにもいかず、山の中で服を洗って乾くまで二時間くらい待った。
母さんには転んで服を破いたと説明した。
今考えると、かなり苦しい言い訳だったと思う。
よく信じてくれたものだ。
「さて」
骸骨が地面を蹴る。
やっぱり速い。
一気に距離を詰めてきて、そのまま長剣を横へ振る。
俺は一歩後ろへ下がった。
鼻先を刃が通過する。
振り切った直後を狙って踏み込み、胴体へ剣を振った。
ガキンッ!
刃が鎧にぶつかり、甲高い音が響く。
「相変わらず硬いな」
少しだけ刃が食い込んでいる。
でも、このまま鎧の上から斬るのは効率が悪い。
骸骨が剣を振り戻す。
今度は受けない。
身体を横へずらして避け、そのまま相手の右側へ回り込む。
狙うのは鎧と鎧の隙間。
脇。
首。
膝。
鎧を着ている相手と何度も戦っていれば、自然と狙う場所は決まってくる。
骸骨がこちらを追って身体を回す。
その瞬間、首元の隙間が見えた。
「そこ」
剣を横へ振り抜く。
ザンッ。
ほとんど抵抗を感じなかった。
白い頭蓋骨が兜ごと宙を舞い、数メートル先の床へ転がる。
頭を失った身体は二歩ほど進んだところで動きを止め、そのまま膝から崩れ落ちた。
「よし」
これなら魔石が出るかもしれない。
そう思って待っていると、骸骨の身体と鎧が淡い光に包まれ始めた。
やがて全てが消える。
後に残ったのは、小さな白い魔石。
「小さいな」
ハズレか。
拾ってポケットへ入れる。
『いやいやいや』
『今の斬撃なんだよ』
『鎧ごといってなかった?』
『首の隙間狙ってたぞ』
『動き慣れすぎだろ』
『それより剣だろ』
『俺も思った』
『あの剣なんかおかしくない?』
俺はコメントを見ていない。
そのまま剣を軽く振ってから、鞘へ戻そうとした。
しかし、その直前。
『黒龍:その剣、少し見せてもらえませんか?』
当然、そのコメントにも気付かなかった。
***
黒田龍一は、スマートフォンに映る剣を凝視していた。
最初に違和感を覚えたのは、一階でフレイムリザードと戦ったときだった。
青年の戦闘技術ばかりに目を奪われていたが、考えてみればおかしい。
フレイムリザードの鱗は非常に硬い。
並の武器で斬りつけたところで、刃の方が欠けることも珍しくない。
青年の剣も最初の一撃は弾かれていた。
しかし刃には目立った損傷がなかった。
それだけなら、高価なダンジョン産の武器を使っている可能性もある。
青年の実力を考えれば、良い武器を持っていても不思議ではない。
だが、先ほどの戦闘を見て疑問が確信に変わった。
「やっぱり、あの剣……」
アーマースケルトンの鎧。
画面越しなので正確な材質までは分からない。
それでもダンジョン内に出現する武装型のスケルトンが身につけている鎧は、魔力を含んだ金属で構成されていることが多い。
市販の剣で簡単に傷を付けられるものではない。
青年は一撃目で、その鎧へ刃を食い込ませていた。
さらに最後の一撃。
首の隙間を狙ったのは青年自身の技術だ。
だが、骨を断ち切った剣にはほとんど抵抗を受けた様子がなかった。
黒田自身も剣を使う。
だからこそ分かる。
あれは、青年が強いだけでは説明できない。
「市販品じゃないよな」
黒田は改めて画面を見る。
青年が使っている剣は、見た目だけならそれほど珍しいものではない。
片手でも両手でも扱えそうな長さ。
装飾も少ない。
少なくとも外見から、何千万円もする高級武器には見えない。
黒田はもう一度コメントを送った。
『黒龍:その剣について聞きたいです』
反応はない。
青年はスマートフォンをポケットに入れたまま歩いている。
「コメント見ろよ……」
思わず呟く。
視聴者たちも同じことを思っているらしい。
『気付いてないw』
『またコメント見てない』
『誰か大声で教えろ』
『配信なのに配信者がコメント見ないの新しいな』
『黒龍さん完全に視聴者になってるじゃん』
黒田は苦笑する。
確かにそうだ。
自分がこれほど他人の配信に張り付いたことは、ほとんどない。
ましてや始めたばかりの新人配信者だ。
だが、仕方がない。
気になることが多すぎる。
そして黒田には、もう一つ気になっていることがあった。
先ほど青年は、骸骨を見ても全く驚かなかった。
それどころか、戦い方まで熟知していた。
つまり。
「前にも何度も戦ってるってことだよな」
このダンジョンには、アーマースケルトンが継続的に出現する。
そして青年は、七年間ここに潜り続けている。
もしあの剣もダンジョン産だとすれば――。
そんな考えが頭をよぎった。
***
六階を半分ほど進んだところで、少し喉が渇いてきた。
ちょうど開けた場所に出たので、俺は壁際に腰を下ろす。
「ちょっと休憩します」
リュックを下ろし、中から水筒を取り出す。
水を飲みながらスマホを見る。
コメントは相変わらず流れているが、少し前から同じような内容が何度も書き込まれていた。
『剣見せて』
『黒龍さんが剣気になってるって』
『その剣どこで買った?』
『剣について教えて』
「剣?」
隣に置いていた剣を見る。
これの何が気になるんだろう。
俺は水筒を置いて剣を持ち上げる。
「これですか?」
鞘に入ったまま、ドローンのカメラへ近付ける。
黒い革が巻かれた柄。
銀色の鍔。
鞘も黒。
長年使っているせいで細かな傷は増えたが、それ以外は手に入れた頃とほとんど変わっていない。
「別に普通の剣ですけど」
『たぶん普通じゃない』
『どこのメーカー?』
『探索者用の武器?』
『黒龍:購入した物ですか?』
「いや」
購入した物ではない。
そもそも探索者向けの武器を売っている店なんて行ったこともない。
「これもここで拾ったやつですよ」
コメントの流れが少し遅くなった。
『拾った?』
『宝箱?』
『何階?』
『黒龍:詳しく覚えていますか?』
詳しくと言われても、かなり前の話だ。
確か高校一年生くらいだった。
それまで使っていたホームセンターの鉈が欠け始めて、新しい武器が欲しいと思っていた頃だったはずだ。
「何階だったかな……」
記憶を辿る。
十八。
十九。
いや。
確か二十階へ初めて行った日の少し後だ。
「二十階くらいだったと思います」
コメントが一気に流れ始める。
『二十!?』
『さらっと言うな』
『こいつ二十階まで行ってんの?』
『十階までじゃなかったのかよ』
『今日が十階なだけだろ』
『何階まで行ってるんだ?』
『ていうか二十階で何から拾った?』
最後のコメントが目に入る。
「何から?」
少し考える。
あの日のことは割と覚えている。
今の剣を手に入れた日だからだ。
「骸骨ですよ」
『スケルトン?』
「たぶん」
ただ。
さっき倒した骸骨とは少し違った。
「でも、さっきのより大きかったかな」
思い出しながら話す。
「鎧も黒くて、確か剣を二本持ってたと思います」
コメント欄がざわつく。
『二刀流?』
『そんなスケルトンいる?』
『黒い鎧?』
『黒龍さん分かる?』
『黒龍:もう少し特徴を覚えていませんか?』
特徴。
俺は天井を見ながら考える。
かなり強かった。
初めて遭遇したときは逃げた。
二回目も負けた。
三回目だったか、四回目だったか。
何度か挑んで、ようやく倒せた。
「そうだなぁ……」
一つ思い出す。
「目が青く光ってました」
『スケルトン系なら珍しくない』
『他には?』
「あと……」
確か。
「剣から黒い火みたいなの出してましたね」
コメントが止まった。
本当に。
数秒間、何も流れなくなった。
「……?」
通信が切れたのかと思った。
ドローンを見る。
普通に浮いている。
やがて、一つだけコメントが表示された。
『黒龍:黒い炎ですか?』
「はい」
確かそんな感じだった。
炎なのか何なのかは分からないが、黒いものが剣にまとわりついていた。
一度食らったこともある。
「当たるとめちゃくちゃ痛かったですよ」
『当たったの!?』
『生きてんじゃん』
『いやそこじゃない』
『誰か魔物特定できる?』
『黒い鎧、二刀流、青い眼、黒炎?』
『そんなの聞いたことない』
コメントが一気に流れ始める。
俺はその様子を眺めながら、鞘から剣を少しだけ抜いた。
刀身は薄い銀色。
これといった装飾もない。
七年間のうち、高校一年からだから四年くらい使っている。
「そんな珍しい剣には見えないけどな」
俺にとっては、使いやすくて丈夫な剣。
それだけだ。
『黒龍:もしよければ、今度専門機関で鑑定してもらった方がいいです』
「鑑定?」
そんなことができるらしい。
少し興味はある。
でも。
「お金掛かります?」
『そこ?』
『金の心配w』
『昨日から金にだけ反応いいな』
『黒龍:俺が出してもいいです』
「えっ」
それはさすがに悪い。
登録者二百万人もいる人だから金持ちなのかもしれないけど、知らない人に鑑定代を出してもらうのは気が引ける。
「いや、それは大丈夫です」
俺は剣を鞘へ戻した。
「機会があったら調べてみます」
それでこの話は終わり。
俺としては、その程度だった。
水筒をリュックへ戻して立ち上がる。
「じゃあ、そろそろ行きます」
六階の出口までは、もうそれほど遠くない。
今日の目的地は十階。
まだ半分を少し過ぎたくらいだ。
俺は再び歩き始めた。
***
一方。
黒田は配信画面を見ながら、先ほど聞いた特徴を検索していた。
黒い鎧。
二本の剣。
青く光る眼。
黒い炎。
国内で確認されているスケルトン系魔物を中心に調べてみるが、該当するものは見つからない。
海外まで範囲を広げる。
それでも出てこない。
「未知種……?」
その可能性はある。
ダンジョンから新種の魔物が発見されること自体は、今でも年に何度かある。
しかし。
黒田が気になっているのは、そこではなかった。
青年はその魔物を倒したと言った。
高校一年生の頃に。
仮に現在二十歳なら、十五か十六歳。
そんな少年が未知の魔物を単独で討伐し、その武器を四年以上も日常的に使用している。
しかも誰にも知られずに。
「……本当に何なんだ、こいつ」
黒田は呟いた。
そのとき、スマートフォンに通知が表示された。
先ほど連絡した探索者協会の知人からだった。
『今、配信見てる』
続けて、もう一件。
『上に報告した』
黒田の表情が変わる。
『早くないか?』
送信。
すぐに返信が来た。
『一階の映像を見た時点で十分だ』
そして、もう一つ。
『それより問題がある』
黒田は眉をひそめる。
『何だ?』
数秒。
返信。
『あの配信者、無資格だって本当か?』
黒田は画面を見る。
その頃、湊は七階へ続く階段を見つけ、何の警戒もなく下りようとしていた。
「……そういや、そうだったな」
黒田は完全に忘れていた。
あまりにも当たり前のように魔物を倒しているから。
しかし。
相川湊は探索者ではない。
資格もない。
協会への登録もない。
そして恐らく。
自分が今、とんでもなく面倒なことになりつつあることにも。
まだ気付いていなかった。




