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俺の裏山、世界最高難度らしい ~中古ドローンでいつものダンジョンを配信したら世界中が騒ぎ始めた~  作者: 山ノ上商会


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第28話 裏山調査隊

「コラボ見たぞ」


講義が始まる少し前。


隣の席に座った健太が、鞄を机の横へ置きながらそう言った。


「どうだった?」


「どうだったって……お前、黒龍に身体強化教えてもらってたじゃん」


「うん。俺より全然身体強化が上手くて、かなり勉強になったよ」


「そうじゃなくてさ」


健太が呆れたように俺を見る。


「黒龍に直接教えてもらえる時点ですげえんだって」


「そうなの?」


「そうなの」


強く言い切られた。


黒龍さんが有名な探索者なのはもちろん知っている。


登録者数も多いし、なによりS級探索者だ。


ただ、実際に会って何度も話しているせいか、健太が言うような特別な人という感じはしなくなっていた。


「それより、次の配信いつやるんだ?」


「次?」


「昨日ので登録者もまた増えてるだろ。次の予定くらい決めてないのか?」


「ああ。それなら週末にしようと思ってる」


「土曜?」


「たぶん。次は40階に挑戦してみようかなって」


「40階!?」


健太の声が大きくなり、近くにいた学生がこちらを振り返る。


「声大きいって」


「あ、悪い」


健太が少し声を落とす。


「でも、とうとう40階行くのか」


「うん」


「なら、ちゃんと告知した方がいいぞ」


「告知?」


「そう。今までは予告なしで突然配信を始めてただろ?」


「まあ」


「見る側からしたら、いつ始まるか分かってた方が予定も立てやすいんだよ。SNSのアカウントでも作れば?」


「SNSか……」


そういえば、この間のコラボでは黒龍さんがSNSを使って配信の告知をしてくれていた。


確かに、ああやって事前に知らせておいた方が見る側も予定を立てやすいのかもしれない。


相変わらずドローンの同接表示は壊れたままだが、流れていくコメントの速さを見る限り、この間のコラボ配信もかなりの人が見てくれていたようだ。


もっとも、黒龍さんの方はそれ以上だったみたいだけど。


それだけ多くの人が、俺の配信を見るために時間を割いてくれている。


そう考えると、事前に予定を知らせるくらいの配慮はあってもいいのかもしれない。


「じゃあ今から作ればいいじゃん。どうせ世界史だし」


そう言って、健太が教室の前へ目を向ける。


ちょうど久世教授が入ってきたところだった。


久世教授の世界史は、比較的楽に単位が取れることで学生から人気がある。


きちんと出席して、レポートさえ提出すれば単位がもらえる。


大学に一つはある、いわゆる〝当たり〟の授業ってやつだ。


「今から?」


「アカウント作るくらいすぐ終わるって」


「まあ、気が向いたらな」


そんなことを話しているうちに講義が始まった。


しばらく話を聞いてみるが、内容には全くと言っていいほど興味が湧かない。


思えば、昔から世界史はそれほど得意な方でもなかった。


テスト前に暗記して、テストが終われば忘れる。


健太や他の学生と同じく、この授業も単位の取りやすさに釣られて受講しているだけだ。


「――以上が、現在世界最古とされている文明の特徴です。ただ、近年ではそれと同年代、あるいはさらに古い時代に、当時としては考えられないほど高度な文化を持った文明が存在した可能性を示す遺跡も発見されていて――」


気が付けば、あの教授お得意の脱線話がまた始まっていた。


ふと周りを見れば、ほとんどの学生が授業とは無関係なことをしている。


スマホを触っているやつ。


ノートパソコンで別の課題を進めているやつ。


机に突っ伏して寝ているやつまでいる。


心の中で久世教授に謝りながら、俺はスマホを取り出した。


SNSのアプリを開く。


別に作るだけならすぐだ。


アカウント名は……配信と同じでいいか。


『裏山探索』


すでに使われていないか少し心配だったが、問題なく登録できた。


プロフィールはどうしよう。


大学生。


ダンジョン探索。


……いや、大学生はいらないか。


ただでさえ大学まで知られているんだから、これ以上自分から情報を増やす必要もない。


結局、


『裏山ダンジョンを探索しています』


とだけ書いた。


アイコンはひとまず初期設定のままでいい。


あとは告知。


『今週土曜日、裏山ダンジョン40階に挑戦します。配信予定です』


……これだけだと時間がないか。


何時にしよう。


いつも朝から入っているし、九時くらいでいいかな。


『今週土曜日、午前9時から裏山ダンジョン40階に挑戦します。配信予定です』


何度か読み返す。


変ではないと思う。


スマホで漫画を読んでいる健太に、念のため作ったばかりの投稿画面を見せる。


「こんな感じ?」


「いいんじゃね? って、もう作ったのか」


「作れって言ったの健太じゃん」


「そうだけど」


そのまま投稿ボタンを押す。


これで終わり。


そう思ってスマホを伏せようとしたところで、通知が一つ表示された。


フォロー。


その直後に、もう一つ。


さらにもう一つ。


「……早くない?」


「何が?」


「もうフォローされた」


「そりゃ昨日あれだけ人いたんだから、見つけたやつが拡散するだろ」


健太が俺の画面を覗き込む。


投稿したばかりの告知にも、すでに反応が付き始めていた。


『40階!?』


『きたああああ』


『土曜9時了解』


『ついに39階の先行くのか』


『仕事休みで助かった』


『黒龍との修行の成果見れる?』


増えていく反応を眺める。


まだ投稿して一分も経っていない。


「……すごいな」


「お前、もうそういう規模になってんだよ」


「実感ないんだけど」


「さすがにもう自覚してくれ」


健太に言われても、やっぱり実感は湧かなかった。


SNSの通知を切って、スマホを机に置く。


そこでようやく大事なことを思い出した。


そういえば、今日だっけ。


黒龍さんが、裏山に正式な調査で入るの。


今頃、もう中にいるのだろうか。


◇◇◇


「全員、事前に指定された裏山の配信と、協会からの資料には目を通したな?」


薄暗い通路を進みながら、黒龍が後ろへ声を掛ける。


今回、裏山ダンジョンの正式調査に参加している探索者は八人。


一人は黒龍。


そして、全員がA級探索者で構成された四人パーティー。


リーダー兼タンクを務める高瀬。


前衛の榊。


魔法を担当する宮原。


遊撃を担当する藤堂。


記録や測定などを担当するサポート役として、さらに小野と白石の二人。


この二人もA級探索者だ。


もちろん、戦闘能力も申し分ない。


サポート役としては明らかにランクが高すぎるが、それだけでも協会が今回の調査をどれだけ重要視しているのかが窺える。


そして、最後の一人。


「玲奈」


黒龍が隣を歩く女へ視線を向ける。


「ん?」


腰まで届く長い黒髪。


妖艶という言葉がよく似合う、ダンジョンの薄暗い光の中でも目を引く整った顔立ち。


御影玲奈、三十歳。


探索者であると同時に現役の医師でもあり、治癒に関して彼女の右に出る者はいないとも言われているS級探索者だ。


「お前も見たんだろうな?」


「あー、見たわよ」


玲奈が少し考えるように視線を上へ向ける。


「切り抜きだけど」


「お前なぁ……」


「何よ。資料はちゃんと全部読んだわよ」


「配信も確認しろって言われてただろ」


「長いのよ」


まるで悪びれる様子がない。


黒龍は小さく息を吐いた。


「普通のダンジョンじゃないんだぞ」


「分かってるわよ」


「本当か?」


「もちろん」


玲奈がにっこりと笑う。


「最近、治してばっかりだったから楽しみにしてたの」


「……遊びじゃないぞ」


黒龍はそれ以上追及するのをやめた。


彼女がこういう性格なのは、よく知っている。


「しかし……本当に濃いな」


高瀬が周囲を見回しながら呟いた。


「魔素か?」


「ああ。まだ一階だろ、ここ」


他のメンバーも似たような感覚なのか、何人かが頷く。


資料で事前に知っていたことと、実際にその場で感じることは別なのだろう。


黒龍も前回入った時に同じことを感じた。


だからこそ、一昨日の裏山の言葉にも納得がいく。


別のA級ダンジョンへ入って早々、空気が軽いと言った。


七年間もここへ通っているのなら、それも当然なのかもしれない。


「止まって」


遊撃の藤堂が小さく手を上げた。


空気が変わる。


それまで会話をしていた四人が、一瞬で戦闘態勢に入った。


「前方。二体」


その声に、タンクの高瀬が大盾を構えて前へ出る。


程なくして、通路の奥から二体の魔物が姿を現した。


獣のような四足歩行の魔物。


黒い毛に覆われた身体は大型犬より二回りほど大きく、背中には硬質な突起が何本も並んでいる。


低い唸り声が通路に響く。


こちらを見つけた瞬間、二体が同時に地面を蹴った。


「右を止める!」


高瀬が前へ出る。


一体が勢いそのままに飛び掛かった。


ガンッ!


牙と盾が激突する。


衝撃で高瀬の身体が僅かに後ろへ押された。


それでも倒れない。


両脚に巡らせる魔力を増やし、地面を踏み締める。


もう一体が高瀬の横を抜けようとした。


そこへ前衛の榊が回り込む。


横薙ぎに振るわれた剣が前脚を捉えた。


魔物が体勢を崩す。


しかし、榊は深追いしない。


一撃を入れるとすぐに距離を取り、相手の注意を引きつける。


その間に藤堂が側面へ回り込んだ。


高瀬へ噛みつこうとしていた一体の横腹へ斬撃を入れる。


魔物の意識が一瞬だけ藤堂へ向いた。


「榊!」


「分かってる!」


榊が再び踏み込む。


二人が交互に攻撃を加え、二体の動きを制限していく。


後方では、魔法使いの宮原がすでに魔力を集め始めていた。


全身を巡っていた魔力が一箇所へ集まっていく。


魔力を溜める。


頭の中で起こす現象を明確に描き、その性質を変えていく。


魔法を使うためには、身体強化に使っていた循環を解かなければならない。


その間、宮原自身の身体能力は大きく落ちる。


だからこそ、前の三人が魔物を近づけさせない。


「左、来るぞ!」


藤堂の声。


高瀬が大盾を傾ける。


直後、魔物の牙が盾へ激突した。


その横を榊が駆け抜け、無防備になった後脚へ剣を振るう。


魔物の身体が大きく傾く。


「準備できた!」


宮原の声が響いた。


それだけで三人が同時に動いた。


高瀬が盾を押し返す。


榊と藤堂が左右へ飛ぶ。


三人が射線から消えた直後。


宮原の前方から、圧縮された炎が放たれた。


炎が通路を走る。


二体の魔物をまとめて飲み込み、爆ぜるような音が響いた。


熱風が周囲へ広がる。


炎が消えたときには、二体とも地面へ倒れていた。


少しして、その身体が淡い光となって消えていく。


後に残ったのは二つの魔石だけだった。


「討伐確認」


記録担当の小野が前へ出る。


落ちている魔石を一つずつ拾い、確認する。


その隣では白石が端末へ情報を入力していた。


階層。


魔物の種類。


推定ランク。


魔石の色。


その他にも必要な情報を一つずつ記録していく。


「素材は?」


白石が尋ねる。


「ありません」


「了解」


小野が魔石を回収し、探索が再開される。


その様子を見ながら、黒龍は一昨日のことを思い出していた。


アーマードオーガの牙を手にした裏山が、素材を見るのは初めてだと言っていたことを。


もっとも、まだ一戦目だ。


黒龍も何も言わず、そのまま先へ進んだ。


その後も何度か魔物と遭遇した。


浅い階層で戦闘の中心になるのは、高瀬たち四人だ。


一人で突出した動きをする者はいない。


だが、四人が揃ったときの安定感は高い。


高瀬が敵の攻撃を受け止め、前衛の榊が隙を作る。


遊撃の藤堂が状況に合わせて二人を補助し、その間に宮原が魔法を準備する。


無理に早く倒そうとはしない。


怪我をせず。


余計な魔力を使わず。


できる限り消耗を抑えて倒す。


長時間ダンジョンを探索するなら、それが何より重要だった。


黒龍と玲奈は基本的に手を出さない。


今回二人に求められているのは、高瀬たちでは対処の難しい魔物が出現した場合の対応。


そして負傷者が出た場合の治療だ。


もっとも。


「暇ねぇ」


玲奈が小さく呟く。


「怪我人が出ないのが一番なんだよ」


「分かってるわよ」


そう答える玲奈の声は、明らかに不満そうだった。


何度目かの戦闘が終わる。


すぐさま小野が近づいて確認する。


「魔石を確認。素材は……なし」


その言葉に、今度は高瀬が反応した。


「またか?」


端末へ入力していた白石が顔を上げる。


「はい」


「ここまで何体だ?」


「十一体です」


「素材は?」


「ゼロですね」


高瀬たちが顔を見合わせる。


黒龍も足を止めた。


一昨日のことを思い出す。


アーマードオーガを倒したあと、裏山は牙を手にして言った。


『こんな素材を落とすこともあるんですね。初めて見ました』


あのときはコメント欄も騒がしくなっていた。


「……本当に出ないのか?」


「現時点では一つも確認できていません」


小野が答える。


「ただ、十一体です。偏っているだけという可能性もあります」


通常のダンジョンでも、魔物を倒したからといって必ず素材が手に入るわけではない。


素材のドロップ率は魔物のランクによって異なり、C級なら十体に一体程度。


B級なら五体に一体。


A級以上になれば、およそ三体に一体まで上がる。


ここまでに倒した魔物のランクを考えれば、十一体倒して一つも出ていないのは少し偏っている。


とはいえ、確率である以上はあり得ないことではない。


「記録だけ続けてくれ」


「了解です」


再び探索を始める。


それからさらに階層を降りた。 


湊の配信でも見たような、通常よりも一回りは大ききな魔物と遭遇することもあったが、C級が中心。さすがにA級パーティーの敵ではなかった。


魔物を倒す。


素材はない。


また倒す。


残るのは魔石だけ。


「……本当に出ねえな」


前衛の榊が呟いた。


だが、結論を出すにはまだ早い。


黒龍たちはそのまま先へ進んだ。


そして次の魔物と遭遇した。


今度は一体。


全身を灰色の鱗に覆われた、二足歩行の魔物だった。


長い腕の先には鋭い爪が伸びている。


壁を蹴り、前衛の榊へ襲い掛かる。


「高瀬!」


「ああ!」


高瀬が間へ割り込み、その爪を大盾で受け止めた。


金属同士を打ち合わせたような音が響く。


その横から榊の剣が入る。


一撃。


二撃。


魔物が怒り狂ったように腕を振り回す。


遊撃の藤堂が死角から斬りつけ、その注意を逸らす。


その頃には、後方の宮原が魔法の準備を終えていた。


「下がって!」


三人が一斉に離れる。


放たれた風の塊が、魔物の胸部を直撃した。


鱗が砕ける。


身体が後方へ吹き飛び、壁へ激突した。


そのまま動かなくなる。


やがて身体が光へ変わった。


小野がいつものように近づく。


一歩。


二歩。


そこで足が止まった。


「……ん?」


「どうした?」


高瀬が尋ねる。


小野は答えず、周囲へ視線を走らせた。


魔物が消えた場所。


その周辺。


少し離れた場所まで確認する。


「魔石は?」


「……ありません」


「は?」


「魔石が出ていません」


一瞬、誰も口を開かなかった。


「見落としじゃないのか?」


「探しました。何も残っていません」


白石も近づいて確認する。


やはり何もない。


「おいおい……」


榊が眉をひそめた。


「魔石が出ないなんて、探索者にとって死活問題だぞ」


魔物を倒す。


魔石を持ち帰る。


それが探索者にとって最も基本的な収入源だ。


素材が出ないだけならまだいい。


だが、魔石まで出ないとなれば話は違う。


危険を冒して戦った末に、何も得られないことがある。


「配信では?」


高瀬が小野へ尋ねる。


「少なくとも協会の資料には記載されていません」


これまでの配信でも、魔石が出ないことが話題になったことはない。


魔物を倒せば魔石が残る。


探索者にとって、それは疑うことすらないほどの常識だった。


「一例だけで決めつけるな。これも記録しておけ」


「はい」


黒龍は先へ視線を向ける。


やはり、妙なダンジョンだ。


黒龍が一昨日感じた違和感が、少しずつ形になっていく。


それからも探索を続けた。


魔石が出ない個体がすぐにもう一体現れたわけではない。


だが、素材は相変わらず一つも出ない。


そんな中。


「宝箱があります」


先頭を進んでいた藤堂が、通路の脇を指差した。


岩壁の窪みに、小さな箱が置かれている。


周囲を確認してから近づく。


開けると、中には一本の小瓶が入っていた。


透明な瓶の中で、青い液体が揺れている。


「青か」


黒龍には見覚えがある。


「裏山が協会に持ち込んだものと同じだな」


「疲労が回復するっていうやつ?」


玲奈が横から覗き込む。


「ああ」


小野も小瓶を確認した。


「外見上は提出されたものと同一ですね」


「なら飲めるの?」


「提出されたサンプルについては、安全性に問題がないことは確認されています」


玲奈が高瀬たちへ視線を向ける。


「誰か飲んでみたら?」


「簡単に言うなよ」


黒龍が横から言う。


「だって、そのための調査でもあるんでしょ?」


「まあ、そうだが」


「なら俺が」


高瀬が手を上げた。


タンクとして、ここまで最も多く魔物の攻撃を受け止めている。


怪我こそしていないが、疲労は四人の中でも大きい。


青い小瓶を受け取る。


蓋を開け、少し匂いを確認したあと、一気に飲み干した。


「どう?」


玲奈が尋ねる。


「……」


高瀬は答えない。


何度か手を握る。


肩を回す。


その場で軽く屈伸した。


「おい?」


「いや……」


高瀬が自分の身体を確かめるように見下ろす。


「疲れがない」


「ない?」


「ああ」


大盾を背負い直す。


「身体が軽くなったとかじゃない。本当に、さっきまでの疲れが消えてる」


「ちょっと腕出して」


玲奈が近づいた。


「腕?」


「いいから」


言われるまま、高瀬が腕を差し出す。


玲奈は手首に指を当てた。


しばらく脈を確認する。


次に目を見て、呼吸を確認する。


「どうだ?」


黒龍が尋ねる。


「……面白いわね」


玲奈の表情から、先ほどまでの退屈そうな様子が消えていた。


「少なくとも、無理やり身体を興奮させてる感じじゃないわ。本当に回復してると考えた方が自然ね。しかも…」


玲奈が空になった小瓶を見る。


「効果が出るのが通常のポーションと比べて早すぎるわ」


まるでおもちゃを見つけたかのように、にやりと笑った。


「これ、もう少しちゃんと調べてみたいわね」


「協会に何本かあるぞ」


「なら、帰ったら見せてもらおうかしら」


空になった小瓶も回収し、探索を再開する。


その後もいくつもの通路を確認した。


今回は最短距離で深部を目指すことが目的ではない。


裏山が配信で通っていた道だけを確認するのでは、正式な調査とは言えないからだ。


ただし、今回の調査で最低限辿り着いておきたい階層もある。


分岐を見つけても、ダンジョン内を隅々まで調べるようなことはせず、ある程度まで進んだところで元のルートへ戻る。


それを繰り返しながら、少しずつ深部を目指していた。


当然、進行速度は湊より遅くなる。


それでも八人の探索者は着実に階層を下りていった。


そして十五階。


「こっちは配信で通っていないルートです」


記録担当の小野が端末を確認しながら言った。


「行くぞ」


黒龍の言葉に全員が進路を変える。


通路はそれまでより広かった。


天井も高い。


しばらく進んだところで、先頭を歩いていた藤堂が突然立ち止まった。


「何かいる」


全員が足を止める。


低い音が聞こえた。


地面を擦るような音。


やがて、通路の奥から巨大な影が現れる。


「……でかいな」


体長は四メートル近い。


見た目はまるで巨大な猪。


黒褐色の剛毛に覆われた身体は異様なほど分厚く、肩回りの筋肉が大きく盛り上がっている。


口元から伸びる二本の牙は、人間の腕よりも太い。


鼻息を吐くたびに、地面の砂埃が舞った。


「キングボア」


前衛の榊が呟く。


「A級だ」


高瀬たち四人がすぐに動こうとする。


「待て」


黒龍が止めた。


「ここは俺がやる」


この四人なら問題なく倒せる相手だろう。


しかし、消耗は避けられない。


調査はまだ続く。


そこまで考えた上で、黒龍が一歩前へ出る。


その横を、長い黒髪が通り過ぎた。


「ちょっと」


「ん?」


玲奈が前へ出る。


「私もいること忘れないでよ」


「おい。お前は今回、回復役で――」


黒龍の言葉を最後まで聞かず、玲奈が駆け出した。


すぐにキングボアが玲奈の姿を捉える。


太い前脚が地面を掻く。


次の瞬間。


巨体が弾かれたように飛び出した。


ドドドドドッ――。


四メートル近い巨体が通路を一直線に突き進む。


一歩ごとに地面が震える。


その正面を、玲奈は避けようともせずに走っていく。


「御影さん!?」


宮原が思わず声を上げた。


距離が一気に縮まる。


巨大な牙が玲奈へ迫る。


衝突する。


A級探索者たちがそう思った瞬間。


玲奈の身体が僅かに横へずれた。


紙一重。


太い牙が玲奈の身体のすぐ横を通り過ぎ、長い黒髪が風圧で大きく舞う。


すれ違いざま、玲奈が右手を伸ばした。


その掌が、キングボアの脇腹へ触れる。


ただ、それだけだった。


殴ったわけでもない。


武器を突き立てたわけでもない。


キングボアはそのまま玲奈の横を通り過ぎる。


一歩。


二歩。


三歩。


突然、その巨体が大きく揺れた。


「……?」


キングボアの動きが止まる。


次の瞬間。


ブシュッ――。


両目から血が噴き出した。


いや、目からだけではない。


鼻、口、耳。


身体の内側から押し出されるように、あらゆる場所から鮮血が溢れ出す。


キングボアの巨体が大きく傾き、そのまま地面へ倒れ込む。


ズンッ――。


重い音が通路に響いた。


すぐにキングボアの巨体が光に包まれ、後には魔石だけが残った。


A級の六人は、残された魔石と玲奈を交互に見ている。


やがて。


「……すごい」


宮原が小さく呟いた。


玲奈がゆっくりと黒龍たちの方へ振り返る。


白い頬には、いつの間にか一滴だけ赤い血が付いていた。


だが、本人はそんなことなど気にも留めず、満足そうに微笑んだ。


それを見た黒龍が呟く。


「……相変わらずえげつないな」


世界最高峰の治癒能力と、触れるだけで相手を体内から破壊する特異な力を併せ持つ。


日本に七人しかいないS級探索者の一人。


【血濡れの聖女】御影玲奈。


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― 新着の感想 ―
北斗神拳みたいだな(治すと壊すが表裏一体)
あれ?S級はもっと居るようなイメージだった、、、なんか最初の方で1億分の数十人(十数人?)見たいな話をしてた気がするから日本だけで数十人居ると思ってた。 色々ツッコミ入れてますが楽しく読んでいます、…
負のオーバーフロー回復!
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