第29話 第五号S級ダンジョン
「あ~、スッキリした」
玲奈が満足そうな表情を浮かべながら、黒龍たちのところへ戻ってくる。
白い頬には、先ほど倒したキングボアの血がまだ一滴だけ残っていた。
「血、頬についてるぞ」
黒龍が荷物から取り出したタオルを放り投げる。
玲奈はそれを片手で受け取ると、頬についた血を拭った。
「ありがと。けど、ほんと不思議よね。身体は消えるのに、返り血は残るなんて」
「今さらだろ」
「まあ、そうなんだけど」
玲奈はそう言って、使ったタオルを首に掛ける。
その間にも、記録担当の小野と測定担当の白石はキングボアが消えた場所を確認していた。
「魔石を確認。素材は……ありません」
「またか」
高瀬が呟く。
A級のキングボアを倒しても、残ったのは魔石だけ。
ここまで来ると、単なる偏りとは考えにくくなってくる。
白石が端末へ記録を残していく。
「これで素材の確認はゼロのままですね」
「記録だけ続けてくれ。まだ決めつけるには早い」
黒龍の言葉に二人が頷く。
その後も調査を続け、十八階の探索を終えたところで、この日の調査を切り上げることになった。
比較的広く、魔物の気配がない場所を選び、そこで野営の準備を始める。
ダンジョン内で夜を明かすこと自体は、彼らにとって珍しいことではない。
簡単な食事を済ませ、交代で見張りを立てる。
そして翌朝。
八人は再び深部へ向けて歩き始めた。
◇◇◇
「宝箱です」
二日目。
十九階の探索を始めてしばらくしたところで、藤堂が通路の奥を指差した。
壁際に置かれているのは、これまでにも何度か見つけたものと同じ宝箱。
周囲に魔物や罠がないことを確認し、小野が蓋を開ける。
中に入っていたのは一本の小瓶だった。
「……赤」
透明な瓶の中で、鮮やかな赤色の液体が揺れている。
それを見た黒龍には心当たりがあった。
「傷を治す方か」
「これが?」
玲奈がすぐに反応する。
「裏山が配信で話してただろ。昔、門番と初めて戦ったときに殺されかけて、それを使ったって」
「ああ、これなのね」
玲奈が興味深そうに小瓶を覗き込む。
前日に発見した青いポーションとは違い、赤いポーションは協会にも現物がない。
湊の話が正しければ、傷を瞬時に治すことのできるポーション。
ただ、どの程度の傷までが対象なのかは分かっていない。
「使ってみたいわね」
「誰に使うんだよ」
「誰か怪我したら?」
「怪我する前提で話すな」
「冗談よ」
玲奈が笑う。
当然、効果を確かめるためだけに誰かを負傷させるわけにもいかない。
赤いポーションは未使用のまま回収されることになった。
「これも持ち帰って詳しく調べるぞ」
「はい」
小野が慎重にケースへ収納する。
再び探索を始める。
十九階もこれまでと同じように、湊が配信で通っていた道だけを辿っているわけではない。
いくつかの脇道へ入り、一定範囲を調べてから元のルートへ戻る。
そんな調査を繰り返していたときだった。
「この先、広くなってます」
先頭を進んでいた藤堂が立ち止まる。
その先には、それまでよりも明らかに広い空間があった。
八人が入っても十分な余裕がある。
そして、その中央。
何かが立っていた。
「……骸骨?」
宮原が呟く。
人間の骨格によく似た姿。
だが、一般的に知られているスケルトン系の魔物よりも明らかに大きい。
全身には黒い鎧。
両手には一本ずつ剣が握られている。
兜の奥。
本来なら何もないはずの眼窩には、青い光が灯っていた。
「見たことある人いる?」
藤堂の問いに誰も答えない。
小野がすぐに端末を操作する。
「少なくとも、登録されている魔物の中に該当するものはありません」
「未発見種か」
高瀬が大盾を構える。
黒龍は広間の中央に立つ骸骨を見つめた。
黒い鎧に二本の剣。そして青く光る目。
「……こいつか」
「何か知ってるんですか?」
「ああ。裏山が配信で話してた。あいつの剣をドロップしたっていう魔物だ」
黒龍が剣へ手を掛ける。
「俺がやる。こいつは俺が確かめたい」
「分かった。私の能力も効くか分からないし、任せるわ」
玲奈も骸骨を見ながら一歩後ろへ下がった。
その瞬間、骸骨の青い目が強く光り、両手に持った二本の剣を構えた。
「来るぞ」
黒龍が剣を抜くと、それを見た骸骨が地面を蹴った。
その巨体からは想像できない速度で一気に距離を詰め、右手の剣を振り下ろす。
黒龍が剣で受け止めると、甲高い金属音が広間に響いた。
だが、それで攻撃は終わらない。
黒龍が右の剣を受け止めた直後、今度は左手に握られた剣が横から迫る。
黒龍は身体を引いて躱し、そのまま横薙ぎに剣を振るった。
骸骨が後ろへ跳ぶ。
「……へえ」
黒龍の口元が僅かに上がった。
ただ武器を振り回しているわけではない。
右の剣を防がれた直後に左を振るう。
攻撃を避けられれば距離を取る。
明らかに相手の動きを見て戦っている。
骸骨が再び踏み込む。
二本の剣が次々と黒龍へ襲い掛かり、黒龍もそれに合わせて剣を振るう。
何度も甲高い金属音が広間に響いた。
「……あれ、本当にスケルトン系?」
宮原が呟く。
「少なくとも俺が知ってるやつとは別物だな」
榊が答える。
二刀流の骸骨は黒龍と何度も剣を打ち合わせている。
動きも速い。
力も強い。
何より、その剣の扱いが異様に上手い。
少なくとも、ここまでの調査で遭遇した魔物とは明らかに強さが違う。
だが、相手が悪い。
黒龍が一歩踏み込み、剣を振り下ろす。
骸骨は右手の剣でそれを受けたが、黒龍がさらに力を込めると、その腕が徐々に押し下げられていく。
「戦闘技術はかなり高いな。ただ、膂力はそこまででもない。スピードも……まあまあか」
「いや、それは黒龍さんだからそう感じるだけですよ」
後ろで見ていた榊が思わず口を挟む。
少なくとも榊には、あの速度で二本の剣を操る魔物を相手にして、余裕を持って戦えるとは思えなかった。
「そうか?」
黒龍が骸骨の剣を受け流しながら首を傾げる。
その瞬間、骸骨の両目が強く輝いた。
「ん?」
黒龍が僅かに眉を動かす。
二本の剣に、黒い何かがまとわりついていた。
揺らめくその姿は炎に似ている。
だが、その色は黒。
「……黒い炎?」
宮原が目を細める。
「知ってるか?」
高瀬が尋ねる。
「いえ。少なくとも私は見たことがありません」
黒龍もすぐに距離を取った。
正体が分からない以上、わざわざ受ける必要はない。
骸骨が追い、黒い炎を纏った二本の剣を次々と振るう。
黒龍はその攻撃を躱しながら、一気に懐へ潜り込んだ。
骸骨が反応するよりも早く、剣を振り抜く。
黒い鎧が大きく裂ける。
それでも骸骨は止まらない。
身体を捻り、右手の剣を黒龍へ振るう。
黒龍は半歩下がって躱した。
「総合的に見れば、A級最上位ってところか」
そう呟きながら、黒龍が再び踏み込む。
先ほどまでとは速さのギアが違った。
骸骨の剣が動くよりも先に黒龍の剣が走り、右腕、続いて左腕を斬り飛ばす。
二本の剣が地面へ落ちる。
そのまま黒龍が剣を返した。
一閃。
骸骨の頭部が宙を舞い、青く光っていた目が消える。
直後、黒い鎧も骨も光に包まれ、その姿が消えていった。
「討伐確認」
小野が前へ出ようとする。
そのとき、骸骨が消えた場所に新たな光が集まり始めた。
「……なんだ?」
光が形を作っていく。
やがて現れたのは一本の剣だった。
黒龍が足元へ視線を落とす。
先ほど骸骨が握っていた二本の剣も、すでに消えている。
代わりに残っているのは、一本だけ。
「武器……?」
白石が近づいてくる。
黒龍は剣を拾い上げ、重さを確かめる。
先ほど骸骨が使っていた二本の剣よりも小さく、形も違う。
だが。
「……似てるな」
「何がです?」
小野が尋ねる。
「さっきあいつが使ってた剣とだよ」
「材質が同じってことですか?」
「そこまでは分からん。見た目が似てるってだけだ」
黒龍が手にした剣へ魔力を流す。
「……ただ、こいつはかなり魔力が通りやすいな」
黒龍が剣を眺める。
そこで、もう一つ思い出した。
「裏山の剣にも似てるな」
「裏山さんの?」
「ああ」
黒龍自身、何度も湊の剣を間近で見ている。
全く同じではない。
形も大きさも違う。
だが、どこか似た雰囲気がある。
「魔物が持っていた武器がそのまま残ったわけではないんですね」
白石が地面を確認しながら言う。
「ああ。二本とも消えた。その後にこれが出てきた」
「なら、討伐時のドロップ品と考えるのが自然でしょうか」
「だろうな」
武器のドロップ。
無いこともないが、かなり珍しい現象だ。
これだけ魔物を倒しても素材は一度もドロップしていない。それなのに、より珍しいはずの武器が現れた。
その事実が、かえって裏山ダンジョンの異常性を示しているようだった。
剣は調査品として回収される。
そして一行は、本来のルートへ戻った。
しばらく進み、階段を下りる。
二十階。
広い空間へ足を踏み入れる。
その奥で待っていたものを見て、先行していた藤堂が足を止めた。
高さ三メートルほどの巨体。
全身を覆う黒い岩とも鉄ともつかない外殻。
異様に太い両腕。
そして頭部に光る、一つの赤い目。
「アイアンタイタン」
高瀬がその名を口にする。
S級指定種。
湊の配信にも映っていた、二十階の番人だ。
先ほどまで戦いたそうにしていた玲奈は、その姿を見るなり一歩後ろへ下がった。
「これは任せるわ」
「珍しく素直だな」
「硬いのは嫌いなのよ」
「知ってる」
黒龍が剣を抜く。
アイアンタイタンの赤い目が黒龍を捉え、戦闘が始まった。
だが、戦いは長くは続かなかった。
数分後、アイアンタイタンの巨体が光となって消えていった。
「……やっぱりS級っておかしいな」
榊が小さく呟く。
榊たち四人でも戦えない相手ではない。
しかし、相応の消耗と危険を覚悟する必要がある。
それを黒龍はたった一人、しかも短時間で片付けてしまった。
魔石を回収し、調査を続ける。
そして二十一階。
階段を下りた八人の前に、それまでとはまるで違う景色が広がった。
「……すごい」
宮原が思わず声を漏らす。
青い水面。
白い砂浜。
地下深くにいるとは思えないほど広大な水辺が、視界いっぱいに広がっている。
見上げれば、遥か頭上には岩の天井が広がっていた。
その岩肌全体が淡く光を放ち、広大な空間を昼間のように明るく照らしている。
僅かな波が砂浜へ寄せては戻っていく。
「配信で見てはいたけど……実際に見ると全然違うな」
藤堂が周囲を見回す。
黒龍も同感だった。
映像で見るのと、実際にその場所へ立つのとではまるで違う。
それに。
「白石」
「はい」
呼ばれる前から、白石は測定器を確認していた。
表示された数値を見て、表情が僅かに曇る。
「上がっています」
「やっぱりか」
「はい。二十階までより明らかに高いです」
魔素の濃度。
ただ階段を一つ下りただけ。
それなのに、空気そのものが変わったように感じる。
黒龍たちは水辺に沿って探索を開始した。
そして、変化は魔素だけではなかった。
「来ます!」
藤堂の声。
水の中から魔物が飛び出し、高瀬が大盾で受け止める。
榊が側面へ回り、藤堂も反対側から動きを制限する。
これまでと同じ連携で魔物を仕留めると、一行はさらに先へ進んだ。
二十一階以降、現れる魔物はB級が中心で、時折C級が混ざる程度。
さらに階層を下りると、その中にA級の魔物まで姿を見せ始めた。
最初は数えるほどだった。
だが、深く潜るにつれてA級との遭遇は明らかに増えていく。
二十八階を越える頃には、A級の魔物と遭遇することも珍しくなくなっていた。
黒龍や玲奈への今後の負担を考えて、A級の魔物の相手もA級パーティーの4人が請け負った。
高瀬たち四人の戦い方そのものは変わらない。
高瀬が受ける。
榊と藤堂が動きを制限する。
宮原が魔法で仕留める。
時折、サポート役の二人も戦闘に加わる。
だが、一戦に掛かる時間は確実に伸びていた。
休憩の回数も増えていく。
「大丈夫か?」
黒龍が尋ねる。
「問題ありません」
高瀬が答える。
ただ、その呼吸は昨日より少し荒い。
戦闘による疲労だけではない。
階層を下りるたびに、魔素は少しずつ濃くなっている。
二十五階。
二十七階。
二十八階。
進むにつれ、六人のA級探索者から会話が減っていった。
そして三十階。
「止まれ!」
藤堂の鋭い声が響き、全員が足を止める。
前方から強い魔物の気配。
黒龍が剣へ手を掛けた。
やがて姿を現した魔物を見て、高瀬が息を呑む。
「……グランドベア」
高さ四メートルを超える熊型の魔物。
全身を灰色の体毛に覆われ、その下には岩のように盛り上がった筋肉が浮かんでいる。
既知のS級指定種。
「下がってろ。俺がやる」
「私、今日まだ一回も戦ってないんだけど?」
玲奈が不満そうに言う。
「お前は回復役だろ」
「昨日は戦わせてくれたじゃない」
「あれはお前が勝手に行ったんだろ」
「じゃあ今回は?」
「駄目だ」
「ケチ」
そんな会話をしている間にも、グランドベアが地面を蹴った。
黒龍も剣を抜いて迎え撃つ。
激しい衝突音が響く。
高瀬たち六人は距離を取り、その戦いを見守る。
戦闘は彼らの予想を裏切り、すぐに終わった。
黒龍の魔法剣がグランドベアを捉える。
巨体が崩れ落ち、その身体が光となって消えていった。
「討伐確認します」
小野が前へ出ようとする。
だが、その足が僅かにふらついた。
「小野?」
白石が声を掛ける。
「大丈夫です。ちょっと……」
小野が額へ手を当てる。
「少し気持ち悪くて」
その言葉を聞いた玲奈の表情が変わった。
すぐに小野へ近づく。
「座って」
「いや、これくらいなら」
「いいから」
有無を言わせない口調だった。
小野がその場に腰を下ろす。
玲奈が状態を確認していると、少し離れた場所で宮原も壁へ手をついた。
「宮原?」
「……すみません。ちょっと眩暈が」
二人目。
黒龍が周囲を見る。
「他は?」
高瀬が一度黙った。
そして正直に答える。
「体が重いです」
「俺も」
榊が続く。
藤堂と白石も同じだった。
明確な体調不良が出ているのは二人。
だが、残る四人も普段とは違う感覚を覚えている。
「原因は?」
「魔素酔いね」
玲奈はそう言い切ると、宮原の状態も確認する。
「この二人は症状が強く出てる。残りの四人も身体が重いなら、軽い魔素酔いを起こしてるはずよ」
「白石。魔素は?」
壁に手をつきながら、白石が測定器を見る。
表示された数値を見て、その表情が強張った。
「……4862。測定限界の少し手前です」
現在、協会で使用されている測定器が計測できるのは5000まで。
三十階の時点で、すでにその限界に迫っていた。
黒龍が周囲を見回す。
今回の調査で定められていた最低到達階層は二十一階。
三日間の日程で、余裕があれば可能な限り深部まで調査を進めることになっていた。
すでに三十階。
当初の目標は十分に達成している。
これ以上、体調を崩した仲間を連れて先へ進む理由はなかった。
「撤退する」
誰も反対しなかった。
体調を崩した二人を連れて、来た道を戻り始める。
階層を上がるにつれて、小野と宮原の症状も少しずつ軽くなっていった。
やはり原因は、このダンジョンの異常な魔素濃度である可能性が高い。
黒龍は歩きながら、後ろを振り返る。
三十階。
A級探索者六人のうち二人に明確な魔素酔いの症状が出て、残る四人にも影響が出た。
それなのに、湊はたった一人で、このダンジョンを七年間探索し続け、さらに奥まで進んでいる。
「……こんなところに七年も……」
小さな呟きは、誰に拾われることもなかった。
三日間を予定していた裏山ダンジョンの正式調査は、二日目で打ち切られた。
◇◇◇
翌日。
探索者協会では臨時の会議が開かれていた。
会議室の大型モニターには、二日間の調査で得られた情報が表示されている。
黒龍もその席にいた。
入り口を含む浅い階から高い魔素濃度。
そしてそれは深部へ進むにつれて、さらに上昇する。
一度も確認できなかった素材のドロップ。
魔石すら残さない魔物。
未知のポーション。
未発見の魔物。
魔物の討伐後に出現した魔力を通しやすい特殊な武器。
二十階で確認されたS級指定種、アイアンタイタン。
そして二十一階以降、急激に上昇する魔物の平均ランク。
三十階では別のS級指定種まで確認された。
さらに、A級探索者六人全員に魔素酔いの症状が現れている。
そのうち二人は探索の継続が困難になるほどだった。
しかも、今回調べることができたのは三十階まで。
湊の配信記録を見れば、その先にさらに危険な魔物が存在することは分かっている。
そして三十八階には、第八門番《深淵の四眼》がいる。
「異論はありますか?」
会議室に声が響く。
誰も手を上げない。
「では、裏山ダンジョンを暫定的に国内第五号S級ダンジョンとして指定します」
決定だった。
これまで未登録だった、一人の大学生の実家の裏山にあるダンジョン。
そこが正式に、これまで国内に四つしか存在しなかったS級ダンジョンの一つとして、新たに加わることになった。
同時に、周辺への立ち入りも制限される。
一般人はもちろん、許可を受けていない探索者が近づくこともできない。
問題はもう一つ。
「相川湊についてはどうします?」
会議室の空気が少し変わった。
現在の彼の探索者ランクはC級。
そのC級探索者が、S級ダンジョンの深部を一人で探索している。
制度だけを見れば、到底許可できる話ではない。
「すでに今週土曜日の配信を告知しています」
別の職員が資料を確認する。
「午前九時から、四十階への挑戦を予定しています」
「しかし、S級ダンジョンにC級探索者を入れるというのは……」
「今さら止めるのか?」
黒龍が口を開いた。
視線が集まる。
「今回、俺たちが三十階まで行けたのも、あいつの配信があったからだ。ルートも、出てくる魔物も、事前にかなりの情報があった」
誰も否定しない。
「それに、現時点で三十九階まで到達してるのは裏山だけだろ」
協会にとっても、湊の配信は重要な情報源になっている。
未知の四十階。
その先を調べるために、今すぐ湊以上の適任者を用意することはできない。
しばらく意見が交わされる。
やがて結論が出た。
「相川湊については、次の配信まではこれまでと同様に特別探索許可を継続します」
少なくとも、土曜日の配信は予定どおり行われる。
ただし。
いつまでもC級探索者のままにしておくわけにはいかない。
「S級認定試験の手配を進めてください」
「S級ですか?」
「他に何級にするつもりです?」
その言葉に、質問した職員が黙る。
三十八階の門番を単独で撃破。
S級指定種であるアイアンタイタンを容易に倒す。
そして今回、A級探索者たちが活動を続けられなかった環境でも、平然としている。
今さら通常の昇級試験を一つずつ受けさせる意味はない。
「可能な限り早く実施できるよう調整してください」
こうして。
裏山ダンジョンの扱いと、相川湊の今後について、大きな方針が決まった。
◇◇◇
そして土曜日。
午前八時過ぎ。
俺はいつものように剣を持ち、配信用ドローンを入れた荷物を背負って家を出た。
もちろん、装備は前回黒龍さんに選んでもらったものを身につけている。
今日はいよいよ四十階。
初めて行く場所だ。
少し早めに準備を終わらせて、いつもの道を裏山へ向かう。
黒龍さんから、調査が無事に終わったことと、とりあえず今回の俺の配信は予定どおりやっていいことは聞いていた。
ただ、明日には裏山ダンジョンについての説明を受けるため、また協会へ行かないといけないらしい。
何の説明なんだろう。
そんなことを考えながら山に入り、いつものようにダンジョンへ続く道を歩いていると。
「……ん?」
足が止まった。
少し先に、見慣れないものがある。
柵だ。
ただ道を塞いでいるわけではない。
左右を見る。
柵はそのままずっと先まで続いている。
どうやらダンジョンを中心に、百メートルほどの範囲を丸ごと囲っているらしい。
「えぇ?」
これって、入ってはいけないやつなのでは。




