第27話 コラボ配信
投稿ミスがありました。
修正済みです。
ダンジョンの中へ入り、黒龍さんと並んで奥へ進む。
俺たちの後ろからは、それぞれの配信用ドローンがついてきていた。
黒龍さんの配信は相変わらず凄い。
表示されるコメントは、ほとんど文字の塊にしか見えないほどの速さで流れている。
それに比べれば俺の方はまだ緩やかで、なんとか目で追えるくらいだ。
『きた!』
『A級ダンジョン攻略!』
『黒龍×裏山とか豪華すぎる』
『今日はどこまで行くんだ?』
『二人とも頑張れ!』
流れていくコメントへ目を向けていた黒龍さんが口を開いた。
「先に言っておくが、今日は攻略が目的じゃない」
『え?』
『そうなの?』
『じゃあ何するんだ?』
「今日は裏山の身体強化の特訓をする。俺が教えた魔力の循環を、実戦でどこまで使えるかを見る」
『黒龍が教えた!?』
『マジで?』
『裏山に身体強化教えたのかよ』
『まだ強くなるの?』
『もう十分だろwww』
コメントをちらっと確認する。
皆が言うほど十分ではないことは、自分でも分かっている。
せっかく黒龍さんがこうして付き合ってくれているんだ。
何としてでも今日で身体強化をものにしてみせる。
そう思いながら奥へ進んでいると、ふと違和感を覚えた。
何だろう。
さっきから妙な感じがする。
息苦しいわけでもない。
むしろ、その逆だ。
「なんだか空気が軽いですね」
「空気?」
「うまく言えないですけど、裏山と全然違うというか」
黒龍さんが呆れたように俺を見る。
「裏山ダンジョンが異常なだけだ。あんな魔素量のダンジョンと比べるな」
「そうなんですか?」
「ここだってA級ダンジョンとしては十分高い方だ」
そう言われても、俺にはかなり違って感じる。
それにしても、裏山を基準にして話すといつも妙な反応をされる。
やっぱり、あそこは他のダンジョンとはかなり違うみたいだ。
『A級で空気軽いは草』
『裏山基準にすんなwww』
『ここ普通にA級だぞ?』
『裏山に慣れすぎなんよ』
『黒龍に即ツッコまれてて草』
流れていくコメントを眺めながら、俺は身体の中へ意識を向ける。
全身へ魔力を巡らせる。
どこか一か所に偏らせるのではなく、均等に。
そして、淀ませない。
「……お」
思っていたよりスムーズだ。
《深淵の四眼》と戦ったとき。
あのときは戦いながら必死に魔力の流れを意識して、どうにか今と同じような状態まで持っていくことができた。
けれど、あの戦いが終わってから何度試しても上手く再現できなかった。
それが今は違う。
黒龍さんに教えてもらい、その後も練習したおかげか、少なくともあのときくらいにはスムーズに魔力を巡らせることができている。
「できてるな」
隣を歩く黒龍さんが言った。
「分かるんですか?」
「それくらいはな。ただ、今は歩いてるだけだ。問題は戦いながらできるかだぞ」
「やってみます」
そう答えてから、さらに奥へ進む。
それから数分ほど経った頃だった。
前方から、何かが地面を蹴る音が聞こえた。
黒龍さんとほぼ同時に足を止める。
薄暗い通路の向こうから、一頭の魔物が姿を現した。
見た目はトラに近い。
黄褐色の体毛には黒い縞模様が走り、四本の脚は太い。
肩の高さだけでも俺の胸元近くまであり、普通のトラより明らかに大きかった。
何より目を引くのが口元だ。
上顎から伸びた二本の牙が、口を閉じていても顎の下まで突き出している。
魔物はこちらを見つけると、身体を低く沈めた。
尻尾がゆっくりと左右へ揺れる。
『ファングタイガーだ』
『C級きた』
『浅い階層だとこいつか』
『裏山、どうせ名前知らないだろwww』
「ちょうどいい。やってみろ」
「はい」
俺は背負っていたバッグを通路の端へ置き、剣を抜く。
全身を流れる魔力へ意識を向けた。
均等に。
淀みなく。
さっきまでの流れを崩さない。
目の前の魔物が低く唸る。
後ろ脚に力が入り――一気に飛び出した。
地面すれすれを滑るように駆け、その勢いのまま俺へ飛びかかってくる。
速い。
だけど――。
俺も地面を蹴った。
「――っ」
景色が一気に後ろへ流れた。
一瞬前まで離れていたはずの魔物が、もう目の前にいる。
いや。
俺が一気に距離を詰めたんだ。
相手も予想していなかったのか、空中でこちらへ顔を向ける。
その横をすれ違いざまに剣を振り抜いた。
ほとんど手応えはなかった。
数歩進んだところで足を止め、振り返る。
魔物の身体に斜めの線が走り、そのまま崩れて魔石だけを残した。
「おぉ……」
思わず自分の脚を見る。
速い。
今までより明らかに身体が軽かった。
『はっや!?』
『消えたwww』
『ファングタイガー何もできてないじゃん』
『C級とはいえ一瞬だぞ』
『裏山また速くなってね?』
『黒龍先生すげえ!』
戦闘が終わってから、ようやくコメントへ目を向ける。
「ファングタイガー……あれ、そういう名前なんですね」
『やっぱ知らなかったwww』
『知ってた』
『こいつコメント欄で魔物の名前覚えてるだろ』
『裏山にもいるんじゃね?』
『居ても名前知らないだろwww』
「……確かに」
同じような魔物を見た記憶がないわけでもない。
でも、いたとしても名前なんて知らない。
「どうです?」
少し自信を持って黒龍さんを見る。
「まだ駄目だな」
「え?」
即答された。
けっこう上手くいったと思ったんだけど。
「それだと、ただ循環させてるだけだ。攻撃するときは、前に教えた通りだ。もっと細部まで意識しろ」
「あ……」
そうだった。
循環ができたことが嬉しくて、そこまで意識が回っていなかった。
「もう一回やってみます」
「ああ」
地面に落ちた魔石を拾い、バッグへ入れる。
それから先も、俺の練習は続いた。
魔物を見つけるたびに戦い、黒龍さんから指摘を受ける。
歩いているだけなら、全身に魔力を巡らせ続けることもだいぶ楽になってきた。
けれど戦闘となると話は違う。
相手の動きを追い、攻撃を避け、こちらも剣を振る。
少し戦闘に集中すれば、全身を巡る魔力の流れが乱れる。
逆に魔力へ意識を向けすぎれば、今度は身体の反応が遅れる。
何度か上手くいったと思っても、次の瞬間には一部の流れが乱れていた。
「今、乱れたぞ」
「はい」
「一度整えろ」
言われた通り、乱れた魔力をもう一度全身へ巡らせる。
「……よし」
「今度は意識しすぎだ。魔物から目を離すな」
「はい」
「返事してる間にまた乱れてるぞ」
「……はい」
何だか部活の練習みたいになってきた。
『黒龍塾厳しくて草』
『完全に先生と生徒www』
『裏山めっちゃ素直』
『でも最初より良くなってね?』
『黒龍がちゃんと先生してるのジワる』
それでも、繰り返しているうちに少しずつ感覚は分かってきた。
そうやって何度か戦闘を繰り返し、数階層進んだ頃。
前方の曲がり角から、荒い鼻息が聞こえてきた。
ドン。
ドン。
今までの魔物とは明らかに違う、重い足音が通路に響く。
姿を現したのは、巨大な猪のような魔物だった。
大きさは牛ほどもある。
全身は黒褐色の剛毛に覆われているが、肩から頭にかけてだけは岩のような灰色の皮膚が露出していた。
そして額の中央から、太く短い一本角が突き出している。
『クラッシュボア』
『B級きた』
『こいつ突進まともに食らうとヤバいやつ』
『裏山気をつけろよ』
『今までより一段上がったな』
「B級だ。気を抜くなよ」
「はい」
俺はバッグを置いて剣を構える。
クラッシュボアが前脚で地面を掻く。
次の瞬間。
その巨体からは想像できない勢いで、一気に加速した。
速い。
でも、避けられないほどじゃない。
全身の循環を維持する。
その上で、身体の細かな部分にも意識を向ける。
脚。
腰。
肩。
腕。
剣を握る指先。
全部を意識しながら、相手の動きも――。
「っ!」
クラッシュボアが直前で頭を大きく振った。
突進だけじゃない。
横から振り抜かれた頭部と角が迫る。
気づいたときには遅かった。
「ぐっ!」
太い頭部が脇腹を捉える。
強烈な衝撃に思わず声が漏れた。
身体が地面から浮き、そのまま数メートル吹き飛ばされる。
背中から地面へ落ち、何度か転がった。
『え!?』
『食らった!?』
『裏山!!』
『今まともに入ったぞ!』
『クラッシュボアの一撃はヤバい』
『大丈夫か!?』
地面へ手をついて身体を起こす。
「っ……」
衝撃でまだ身体が少し痛む。
けれど、予想していたよりも痛みは大したことがない。
「……あれ?」
攻撃を受けた場所を確かめてみる。
痛みは残っている。
けれど、それだけだ。
怪我の一つもしていなさそうだった。
確かにまともに食らったはずなのに。
「これが、循環で安定した魔力の膜……」
思っていた以上にすごい。
「いや」
黒龍さんの声が飛んできた。
「循環ができていたのは確かだ。けど、B級の攻撃をまともに受けて痛いだけで済むかは別の話だ」
「え?」
黒龍さんがクラッシュボアへ視線を向ける。
「俺でも、今のをまともに食らって無傷でいられる自信はない」
『え?』
『黒龍でも?』
『じゃあなんで裏山ほぼ無傷なんだよwww』
『クラッシュボアの一撃だぞ?』
『こいつやっぱおかしいだろ』
『魔力の膜が硬すぎる?』
『循環覚えさせちゃ駄目な奴だった説』
俺はもう一度、自分の脇腹を見る。
そんなにおかしいんだろうか。
「勘違いするなよ」
黒龍さんの声で顔を上げる。
「循環ができるからって、攻撃を食らっていいわけじゃない。細かい操作に意識を取られて、相手を見るのが疎かになってる」
「……はい」
「今のも突進だけ見て、その後の動きを見てなかっただろ」
その通りだった。
魔力のことを考えるのに精一杯で、クラッシュボアが頭を振った瞬間への反応が遅れた。
「最終的には考えなくてもできるようにしろ」
「分かりました」
もう一度剣を構える。
クラッシュボアは既に次の突進へ入ろうとしていた。
今度は魔力だけに意識を向けない。
まず相手を見る。
前脚。
頭。
角。
その動きを見ながら、全身を流れる魔力を感じる。
クラッシュボアが地面を蹴った。
真正面から迫ってくる。
俺はぎりぎりまで引きつけて横へ跳ぶ。
また頭が振られる。
今度は見えていた。
身体を沈めて角をかわし、そのまま懐へ踏み込む。
一瞬、魔力の流れが乱れる。
でも、止まってはいない。
そのまま剣を振り抜く。
刃が硬い肩口を避け、その下へ深く食い込んだ。
クラッシュボアの巨体が大きく傾く。
完全には倒しきれない。
すぐに距離を取る。
もう一度。
相手を見る。
魔力の流れを整える。
クラッシュボアがこちらへ向き直った。
荒い鼻息とともに前脚で地面を掻き、再び突進してくる。
さっきと同じだ。
ぎりぎりまで引きつける。
頭が動く。
今度は、その先まで見えている。
振り回された角をかわし、すれ違いざまに首元へ剣を振り抜いた。
巨体が数歩進んだところで崩れ落ち、そのまま魔石を残して消えていく。
「ふぅ……」
C級のときとは違う。
考えることが多すぎる。
「さっきよりはマシだ」
黒龍さんが言った。
「本当ですか?」
「ああ。まだ全然だけどな」
やっぱり少し厳しいんじゃないだろうか。
◇◇◇
それからさらに奥へ進んだ。
途中で何度かC級の魔物と遭遇し、そのたびに俺が戦った。
まだ魔力の流れが乱れることはある。
ただ、最初の頃に比べれば、自分でそれに気づけることが増えてきた。
乱れたら整える。
相手から意識を外さない。
それを何度も繰り返す。
そんな中、俺はまた足を止めた。
何かいる。
けれど、さっきのクラッシュボアとは違う。
音がほとんどしない。
通路の先に目を凝らす。
黒灰色の影が、一瞬だけ岩陰を横切った。
「速いぞ」
黒龍さんが短く言った。
次の瞬間。
岩壁を蹴る音がした。
右。
振り向く。
大型の猫科に似た魔物が壁を蹴り、こちらへ飛びかかってきていた。
ファングタイガーより一回り小さい。
代わりに四肢は細く長く、黒灰色の体毛が薄暗いダンジョンの中へ溶け込んでいる。
着地したと思った次の瞬間には、再び岩壁を蹴って別方向へ飛ぶ。
一か所に留まろうとしない。
『シャドウリンクス!』
『またB級』
『こいつ速いぞ』
『クラッシュボアとは真逆だな』
『今度はちゃんと見ろよ裏山』
俺は剣を構える。
シャドウリンクスは正面から来ない。
壁を蹴る。
着地する。
また別の岩へ飛ぶ。
動くたびに方向が変わる。
速さだけなら、追えないほどじゃない。
でも、次にどこから来るのか分かりづらい。
全身へ魔力を巡らせる。
シャドウリンクスが壁を蹴った。
左から来る。
そう思った直後、途中の岩へ前脚をつき、強引に方向を変えた。
右。
今度は見失わない。
鋭い爪をかわし、そのまま剣を振る。
浅い。
刃が黒灰色の毛を掠めただけだった。
シャドウリンクスは着地すると、すぐに距離を取る。
俺も追わない。
焦るな。
まずは相手を見る。
黒龍さんからの声は飛んでこない。
今度は自分でやれということだろう。
シャドウリンクスが再び走り出す。
正面。
壁。
右。
違う。
上だ。
頭上の岩を蹴り、真上から飛びかかってくる。
一歩後ろへ下がる。
鋭い爪が目の前を通り過ぎた。
シャドウリンクスが地面へ着地する。
その瞬間、俺も地面を蹴った。
全身を巡る魔力の流れは崩さない。
その上で、右脚へ意識を向ける。
太腿。
膝。
ふくらはぎ。
そこから足首の関節へ。
さらに足の裏を通り、最後は地面を蹴る指先まで。
今までより細かく。
身体の動きに合わせて、一つ一つへ魔力を巡らせていく。
「っ!」
足先が地面を蹴った瞬間、身体が弾かれたように前へ出た。
速い。
全身に魔力を巡らせているだけのときより、明らかに速い。
距離を取ろうとしていたシャドウリンクスへ一気に追いつく。
魔物がこちらを振り返る。
まだだ。
今度は剣を振る。
肩。
上腕。
肘。
前腕。
手首。
そして、剣を握る一本一本の指先まで。
全身を巡る魔力を止めない。
剣を振る動きに合わせて、さらに細かな部分へ魔力を巡らせていく。
今まで別々に考えていたものが、一瞬だけ繋がった。
「――っ!」
剣を振り抜く。
手に伝わった感触は、今までとは明らかに違った。
ほとんど抵抗を感じない。
シャドウリンクスの身体を、剣が一気に通り抜けた。
そのまま数歩駆け抜け、足を止める。
後ろでシャドウリンクスの身体が崩れ、魔石を残して消えていった。
「……できた?」
自分の剣を見る。
さっきまでとは違った。
脚の細かな部分まで意識した瞬間、明らかに速度が上がった。
最後の一撃もそうだ。
ただ腕に力を込めるより、ずっと軽く剣を振り抜けた。
『今の速っ!?』
『また加速したぞ』
『シャドウリンクスに追いついたwww』
『さっきより明らかに速かった』
『最後の一撃もヤバくね?』
『黒龍が言ってたのこれか?』
『成長早すぎるだろwww』
俺は黒龍さんを見る。
「今のはどうです?」
「ああ。今のは良かった」
「おぉ」
初めてまともに褒められた気がする。
「最後だけだけどな」
やっぱり厳しい。
「今の感覚を忘れるな。全身の循環を維持したまま、必要な場所へ必要なだけ魔力を回す」
「はい」
「今は脚や腕を細かく意識してやっとだが、それも考えずにできるようになれば、動きも攻撃も今とはかなり変わる」
俺は自分の手を開いて、もう一度握る。
ほんの一瞬だった。
でも、さっきの感覚はまだ残っている。
この感覚を忘れずにおこう。
そうすれば次もできるはずだ。
たぶん。
◇◇◇
それからさらに進んだところで、黒龍さんが足を止めた。
「来るぞ」
俺も前を見る。
ズシン。
重い足音。
通路の奥から姿を現したのは、人の形に近い魔物だった。
ただし、大きさは人間とは比べものにならない。
三メートル近い巨体。
太い腕と脚。
灰色の皮膚の上には、ところどころ黒い金属のようなものが浮き出している。
特に胸から肩にかけては、それ自体が鎧のように分厚い。
片手には俺の身体ほどもある棍棒が握られていた。
『アーマードオーガ!』
『A級きた!』
『硬いやつじゃん』
『裏山いけるか?』
『練習相手にするには一気にレベルが上がったぞ』
俺は背負っていたバッグへ手をかける。
今の感覚を、もう一度試してみたい。
そう思ったところで。
「こいつは俺がやる」
「黒龍さんが?」
「ああ。ここまで俺、ほとんど戦ってないだろ」
言われてみればそうだ。
今日はコラボ配信のはずなのに、ここまでほとんど俺の練習に付き合ってもらっている。
『黒龍きた!』
『やっと黒龍戦うのか』
『先生役しかしてなかったからなwww』
『後方腕組みドラゴンがとうとう動くぞ』
『誰が後方腕組みドラゴンだよwww』
『今日ほぼ裏山の保護者だからな』
『アーマードオーガ逃げて』
黒龍さんがコメントを見て、小さく息を吐く。
「好き勝手言いやがって」
「後方腕組みドラゴン……」
「拾うな」
思わず笑いそうになった。
黒龍さんが剣を抜く。
アーマードオーガが棍棒を持ち上げた。
それまでふざけていたコメント欄の流れが、一気に変わる。
「裏山」
「はい?」
「魔力の扱いに慣れれば、応用も利かせられる」
「応用?」
「よく見てろ」
黒龍さんの身体を流れていた魔力が動く。
全身を巡る流れは変わらない。
その一部が腕へ。
さらにその先。
握られた剣へと流れ込んでいく。
剣身を魔力が覆った。
俺はその流れから目を離さない。
身体の中を循環していた魔力が、そのまま剣まで伸びているように見える。
アーマードオーガが吠えた。
巨大な棍棒を振り上げ、黒龍さんへ向かって走り出す。
黒龍さんも一歩踏み込んだ。
そして、剣を振る。
ただ、それだけだった。
剣身を覆っていた魔力が、一瞬だけ大きく伸びたように見えた。
直後。
アーマードオーガの棍棒が真ん中から切れた。
その奥。
金属のような胸部にも、一本の線が走る。
アーマードオーガの巨体が止まった。
次の瞬間、その身体が左右に分かれ、崩れていく。
「……え?」
一撃だった。
あれだけ硬そうだった身体ごと。
『きたああああ!!』
『魔法剣!!』
『これだよこれ!』
『棍棒ごといったwww』
『A級ワンパン』
『後方腕組みドラゴン強すぎる』
『先生ちゃんと化け物で草』
『これがS級か』
俺は消えたアーマードオーガより、黒龍さんの剣を見ていた。
「今のって……」
「さっき教えたことの応用だ」
黒龍さんが剣を軽く振る。
「魔力は身体の中だけで使うものじゃない。扱いに慣れれば、武器に流すこともできる」
「魔法剣……」
「まあ、そう呼ばれてるな」
俺も自分の剣を見る。
ちょっとやってみたい。
「真似するのはまだ早いぞ」
先に言われた。
「まだ何も言ってないですよ」
「顔に出てる。まずは身体の中の魔力くらい、考えなくても扱えるようになれ」
「……はい」
まだ循環だって安定していない。
細かな部分まで上手く魔力を巡らせられたのも、さっきの一度だけだ。
確かに、剣にまで魔力を流すのは早そうだ。
でも。
いつかはやってみたい。
そう思っていると、アーマードオーガが消えた場所に何かが残っていることに気づいた。
魔石の隣。
白っぽい何かが転がっている。
「……何ですか、あれ」
黒龍さんがそちらへ目を向ける。
「ああ。アーマードオーガの牙だな」
「牙?」
近づいて見てみる。
三十センチほどはありそうな、太く湾曲した牙だった。
根元は俺の手首ほどの太さがあり、表面は象牙のような色をしている。
先端へいくほど灰色がかり、見るからに硬そうだ。
黒龍さんがそれを拾い上げる。
「アーマードオーガのドロップとしては普通だな」
「へぇ……」
受け取ってみる。
思ったより重い。
指で表面を撫でてみると、つるつるとしているのに石みたいな硬さがあった。
「こんな素材を落とすこともあるんですね。初めて見ました」
「初めて?」
「はい」
黒龍さんの動きが止まった。
俺を見る。
それから手の中の牙へ視線を落とし、僅かに眉を寄せた。
『初めて?』
『え?』
『そんなわけないだろwww』
『裏山何年潜ってるんだよ』
『素材ドロップ見たことないってこと?』
『いやいや、さすがに嘘だろ』
『そういや裏山の配信って……』
『魔石ばっかじゃね?』
『待って、なんかおかしくない?』
俺の一言で、コメント欄が少し荒れ始める。
けれど、俺はコメントを見ていなかった。
手の中の牙に目が釘付けになっていたからだ。
魔物を倒したら、こんなものまで出るのか。
裏山では魔石と、たまに武器くらいだったから、何だか新鮮だ。
「これって何かに使えるんですか?」
「……加工して武器の素材にしたり、装飾品にしたりだな。アーマードオーガの牙なら、それなりの値段にはなる」
「売れるんだ……」
もう一度、手の中の牙を見る。
普通のダンジョンでは、こういうものまで手に入るらしい。
◇◇◇
その後も少しだけ探索を続け、予定していたところで引き返すことになった。
帰りにも何度か魔物と遭遇した。
さっきの感覚を思い出しながら試してみたものの、毎回上手くいくわけではない。
脚の細かな部分まで意識すれば全身の流れが乱れ、全身を意識すれば今度は細かな部分まで魔力を巡らせられない。
結局、黒龍さんから合格をもらうことは最後までできなかった。
それでも、来たときとは明らかに違う。
一度だけとはいえ、確かにできた。
あとはあの感覚を何度も繰り返すしかない。
「じゃあ、今日はこの辺で終わります」
『おつ!』
『面白かった!』
『黒龍塾おつ』
『後方腕組みドラゴンおつ』
『裏山また強くなりそう』
『魔法剣習得編待ってる』
『次の配信も待ってる!』
『てか素材の話どうなった』
『裏山のドロップ気になるんだが』
最後まで好き勝手なコメントが流れている。
俺は苦笑しながら配信を終了した。
施設へ戻り、着替えを済ませる。
帰る準備をしていると、黒龍さんが口を開いた。
「そういえば、明後日から裏山ダンジョンに入ることになった」
「裏山に?」
「ああ。今度は協会からの正式な調査だ」
「正式な調査……」
「俺を含めて何人かでチームを組んで潜る」
今度は俺と一緒に入ったときとは違う。
協会が正式に人員を集めて調べるらしい。
「どのくらい潜るんですか?」
「二、三日の予定だ。どこまで行けるかは分からないけどな」
「配信はするんですか?」
「しない。今回は調査だからな」
それは少し残念だ。
黒龍さんたちが裏山をどこまで進めるのか、見てみたかった。
「じゃあ、結果だけ教えてくださいね」
「ああ」
俺にとっては七年間通い続けた、いつもの裏山。
そこへ今度は、黒龍さんたちが正式な調査として入ることになった。
「……少し気になることも増えたしな」
小さく呟いた黒龍さんの声を、俺の耳が拾うことはなかった。




