第26話 探索者っぽい
車は住宅街を抜け、大きな通りへ出た。
助手席に座った俺は、改めて自分の服を見る。
パーカーに動きやすいパンツ。
七年間ずっと、こんな格好で裏山へ入ってきた。
特に困ったことはない。
「そんなに駄目ですか?」
「ああ」
黒龍さんは前を向いたまま即答した。
「動きやすいですよ?」
「そういう問題じゃない。探索者用に作られた装備とは耐久性も違うし、動きやすさも違う」
「でも、服で魔物の攻撃を防げるわけじゃないですよね?」
「まあ、それはそうだ」
意外にも、そこは否定されなかった。
「ある程度以上の探索者になれば、身体を覆う魔力だけでもかなりの防御力になる。だから装備だけで攻撃を防ごうとする必要はない」
「じゃあ、これでもいいんじゃ?」
「よくない」
また即答された。
「最低限の耐久性は必要だ。それに普通の服じゃ、激しく動けばすぐ傷む」
「ああ……」
言われてみれば、確かにそうだった。
裏山ダンジョンへ行けば、数回着ただけで服がボロボロになることも珍しくなかった。
最近はそうでもないけど、中学や高校の頃は、小遣いの大半を服に使っていた気がする。
当時はそんなものだと思っていたけど、単純に着ている服がダンジョンに向いていなかったらしい。
「そういうものなんですね」
「着れば分かる」
今まで他の探索者と一緒にダンジョンへ入ることなんてほとんどなかったから、装備について考えたこともない。
そこで、ふと思い出した。
「そういえば黒龍さん。この前協会に持っていった魔石、買取額が出たんですよ」
「いくらだった?」
聞かれると思っていた。
少しだけ身体を黒龍さんの方へ向ける。
「なんと、八千万です!」
自分で言っていてもすごい。
八千万。
大学生が簡単に手にするような金額じゃない。
黒龍さんもさすがに驚くだろう。
「意外と少ないな」
「ええ!?」
思わず大きな声が出た。
「八千万ですよ?」
「聞こえてる」
「少ないんですか?」
「七年間潜ってたことを考えればな」
「ああ……まあ、最近はあんまり拾ってなかったですし。配信のときは記念に拾ったりしましたけど」
「それならそんなもんか」
黒龍さんはあっさり納得した。
八千万をそんなもん扱いするのはやめてほしい。
「S級の魔物から取れる魔石が、意外と安いと思わなかったか?」
「そんなことないですよ! 前のアイアンタイタンだって四百二十万だったんですよ?」
魔石一つで四百二十万円。
十分すぎるほど高い。
「それはお前が一人で倒したからだ」
「どういうことですか?」
「お前や俺なら一人でも倒せる。だが、普通はそうじゃない」
黒龍さんが信号に合わせて車を止める。
「A級探索者だけでアイアンタイタンを倒すなら、四、五人はいないと話にならない」
「そんなに?」
「ああ。四百二十万を五人で分ければ、一人八十四万だ」
それでも一回の探索で八十四万円なら、かなり多い気がする。
「もちろん、それだけで済むなら悪くない。だがS級と戦えば装備も傷む。ポーションを使うこともある。怪我でしばらく潜れなくなる可能性もあるし、最悪死ぬ」
「……なるほど」
「だから金を稼ぐことだけ考えるなら、S級はあまりおいしくない」
「でも、A級の魔石より高いんですよね?」
「高い。純度にもよるが、A級なら五十万から二百万くらいが相場だ。S級なら三百万を超える」
やっぱりS級の方が高い。
「だったらS級を倒した方が――」
「一体の値段だけならな」
信号が変わり、車が再び走り出す。
「S級一体と命懸けで戦うくらいなら、A級を二、三体安定して狩った方がいい。稼ぎも安定するし、何より危険が少ない」
「ああ」
それなら分かる。
A級を三体倒せば、魔石だけでもかなりの金額になる。
「だから俺も含めて、ほとんどの探索者が金を稼ぐために狙うのはA級以下だ。S級を好き好んで狩りに行くのは、よっぽどの戦闘狂くらいだな」
「へえ……」
そんな人もいるのか。
黒龍さんが一度、俺の方を見る。
それから小さく呟いた。
「……まあ、俺も人のことは言えないか」
「?」
何か言ったような気がした。
「何か言いました?」
「いや、何でもない」
何だったんだ?
◇◇◇
それからしばらく車を走らせ、到着したのは大きな店舗だった。
駐車場には何台もの車が停まっている。
入口の上には、見覚えのないメーカーのロゴが掲げられていた。
店内へ入ると、最初に目に入ったのは壁一面に並んだ服だった。
「おお……」
思っていたより普通だ。
もっと鎧や盾、武器なんかがずらりと並んでいるような場所を想像していた。
けれど置かれているのは、スポーツ用品店にありそうな服や靴が中心だった。
もちろん、よく見ると普通のものとは違う。
胸や肩の部分だけ素材が厚くなっている服や、膝や脛を部分的に覆う防具。
棚にはライトやポーチ、バッグ、ゴーグルなども並んでいる。
奥の方に目を向けると、ようやく武器らしきものも見えた。
「探索者用の店って、こんな感じなんですね」
「お前、こういう店に来るの初めてか?」
「はい」
「まあ、あの格好で潜ってたくらいだからな」
黒龍さんはそう言うと、迷うことなく店の奥へ歩いていく。
どうやら何度も来ているらしい。
「まずインナーだな」
「インナー?」
「汗を吸って乾きやすいやつがいい。お前は動くから、伸縮性も重要だな」
黒龍さんが迷いなく商品を選んでいく。
上下のインナー。
その上から履く探索者用のパンツ。
胸と脇腹、それから肩の一部を守る軽量のアーマー。
手袋も渡された。
どれも思っていたより薄くて軽い。
「もっと頑丈そうなのもありますけど」
俺は少し離れた場所に並んでいる防具を見る。
黒龍さんが首を振った。
「お前にはこっちの方がいい」
「そうなんですか?」
「探索者の装備は、頑丈ならいいってもんじゃない。自分の戦い方に合ってるかが一番重要だ」
黒龍さんが俺の持っている軽量アーマーを指す。
「ある程度以上の探索者になれば、身体を覆う魔力だけでもかなりの防御力になる。そこからどこまで装備で補うかは人によって違う」
「なるほど」
「お前は特に動きが速い。だったら防御を厚くするより、その速度を殺さない方がいい」
そこで、ふと思い出した。
「あれ? けど確か黒龍さんって、動画だと結構がっしりした防具を着てましたよね?」
初めて健太に見せられた動画。
あのときの黒龍さんは、今俺が持っているものよりずっとしっかりした鎧を身につけていた。
「この間、裏山に来たときは軽装でしたけど」
「あのときは浅い階層までしか行く予定がなかったからな」
黒龍さんが答える。
「普段はもう少し防御を厚くしてる。俺はお前ほどスピードが出せるタイプじゃないから、その分を装備で補ってる」
「そうなんですか?」
前に一緒に裏山へ潜ったときも、十分速そうに見えたけど。
「だから言っただろ。大事なのは自分の戦い方に合ってるかだ」
「なるほど」
黒龍さんは今度は靴の並んだ棚へ向かう。
何足か確認したあと、一つを俺に渡した。
「履いてみろ」
言われるまま試着する。
立ち上がって軽く足を動かしてみた。
「軽い」
「だろ?」
それだけじゃない。
足にしっかり密着しているのに、動きを邪魔する感じがない。
「これ、いいですね」
何となく値札を見る。
「…………」
十二万円。
そっと靴を脱ごうとする。
「何で脱ぐ」
「十二万って書いてあります」
「だから?」
「靴ですよ?」
「知ってる」
黒龍さんの金銭感覚はどうなっているんだ。
結局、その靴も選ばれた。
さらに小型のライトやポーチ、探索用のバッグまで追加される。
バッグは身体に密着させられるタイプで、走っても揺れにくいらしい。
一式が揃ったところで、俺は値札をざっと確認した。
正確に計算する気にもならない。
ただ一つだけ分かる。
「俺、こんなに持ってきてないですよ」
今日はダンジョンへ行くつもりで家を出ただけだ。
こんな買い物をするなんて聞いていない。
「気にするな」
黒龍さんが平然と答える。
「ここは俺持ちだ」
「いいんですか?」
「ああ」
「ありがとうございます!」
思わず頭を下げる。
こんなに色々選んでもらったうえに、支払いまでしてくれるらしい。
黒龍さんはそれ以上何も言わず、店員のところへ向かった。
◇◇◇
装備店を出たあとは、近くのチェーン店で少し早めの昼食を取った。
黒龍さんのことだから、もっと高そうな店にでも行くのかと思っていたけど、入ったのは俺でも何度か利用したことのある店だった。
「こういうところにも来るんですね」
「どういう意味だ?」
「いや、もっと高いものばっかり食べてるのかと」
「時間がかかる飯は好かん」
そう言って、黒龍さんはさっさと注文を済ませてしまった。
稼いでいるからといって、何でも高いものを選ぶわけではないらしい。
食事を済ませると、再び車に乗り込む。
到着したのは昼過ぎだった。
「あれが今日入るダンジョンだ」
黒龍さんの言葉に窓の外を見る。
最初に目に入ったのは、高い壁だった。
かなり広い範囲を囲っているらしく、車からでは端が見えない。
裏山とは全然違う。
「あんな壁で囲ってるんですね」
「当たり前だろ」
「裏山には何にもないですよ」
「まだ見つかったばかりのダンジョンと一緒にするな」
壁の近くには大きな建物もある。
入口には探索者協会のマークが掲げられていた。
駐車場へ車を停め、荷物を持って中へ入る。
施設内には何人もの探索者がいた。
受付で手続きをしている人や、仲間と装備を確認している人。これからダンジョンへ向かうのか、大きなバッグを背負った集団もいる。
俺にとっては初めて見る光景ばかりで、つい周囲へ目が向いた。
けれど、どうやら見ていたのは俺だけではなかったらしい。
「……黒龍じゃないか?」
どこかから声が聞こえた。
その名前をきっかけにするように、周囲から視線が集まり始める。
黒龍さんは有名だから、こういう場所でもやっぱり目立つらしい。
「隣にいるの……」
「裏山?」
今度は俺の方にも視線が向いた。
「…………」
ここでも裏山なのか。
中には俺たちを見ながら何か話している探索者もいる。
けれど、声を掛けてくる人はいなかった。
「こっちだ」
黒龍さんは慣れているのか、周囲を気にする様子もなく受付へ向かっていく。
俺もその後を追った。
「本日、A級ダンジョンへ入られるお二人ですね」
受付の女性が黒龍さんの探索者証を確認する。
続いて俺のものを渡すと、探索者証へ目を落とした女性が意外そうに呟いた。
「……C級なんですね」
「何か問題あります?」
「いえ。同行される黒田様がS級ですので、規定上問題ありません」
「S級?」
思わず黒龍さんを見る。
「やっぱり黒龍さんってSだったんですね」
「……お前、知らなかったのか?」
「多分そうなんだろうなとは思ってました」
配信でも強いとは聞いていた。
でも、ランクを確認したことはなかった。
黒龍さんが呆れたように俺を見る。
「というか」
「はい?」
「お前は何でCなんだ?」
「この前登録したばっかりなので」
「…………」
受付の女性までこちらを見ている。
「何ですか?」
「いや……もういい」
何なんだ。
手続きを進めてもらいながら、気になったことを聞いてみる。
「C級でもA級ダンジョンに入れるんですね」
「通常、C級探索者の方だけでは入場できません」
受付の女性が説明してくれた。
「ダンジョンと同ランクの探索者がパーティー内の最高ランクの場合、同行できるのは一つ下のランクまでです。ただし、今回のようにダンジョンより上位ランクの探索者が同行する場合は、二つ下のランクの探索者の同行まで認められています」
なるほど。
今回ならA級ダンジョンに、S級の黒龍さんがいる。
だからC級の俺も入れるということらしい。
裏山では、こんな手続きをしたことなんて一度もない。
「普通のダンジョンって色々あるんですね」
俺が何気なく言うと、受付の女性が僅かに首を傾げた。
黒龍さんは何も言わなかった。
手続きを終えると、更衣室へ案内された。
◇◇◇
さっき買ったばかりの装備へ着替える。
インナーの上から探索者用のパンツを履き、軽量アーマーを身につける。
靴も履き替え、最後にバッグを背負った。
鏡を見る。
「おお……」
思わず声が漏れた。
今までとは全然違う。
ちゃんと探索者っぽい。
軽く腕を回してみても、アーマーが動きを邪魔する感じはほとんどない。
パンツも動きやすいし、靴もさっきまで履いていたものより明らかに足に馴染む。
「もっと早く買えばよかったかも」
そう思ったけど、さっき見た値札を思い出す。
「……いや、でも高すぎて無理か」
一式揃えるだけで、俺のバイト代何か月分になるんだろう。
そんなことを考えながら更衣室を出る。
少しして、黒龍さんも姿を現した。
店で話していた通り、俺よりずっとがっしりとした鎧を身につけている。
胸や肩、腕までしっかりと防具で覆われていた。
そして、その顔には黒い仮面。
以前、健太に見せられた動画でつけていたものだ。
「おぉ……」
思わず声が漏れる。
「何だ?」
「いや、動画で見た人だなって」
今まで何度か会っているけど、この姿を見るのは初めてだ。
初めて健太に動画を見せられたときは、まさか一緒にダンジョンへ潜ることになるなんて思ってもいなかった。
黒龍さんが仮面越しに俺を見る。
「間違っても百万円の人なんて呼ぶなよ?」
「…………」
「何で黙る」
「いや……覚えてたんだなって」
「自分のコメントへの返事くらい覚えてる。あんな返し方されたのは初めてだったからな」
「ハハ……」
俺は笑って誤魔化した。
◇◇◇
施設の奥から外へ出る。
高い壁に設けられたゲートを抜けると、その先にダンジョンの入口があった。
周囲には協会の職員が立っている。
探索者証をもう一度確認され、俺たちはその先へ進んだ。
ダンジョンへ入る。
裏山とは違う、初めてのダンジョン。
今日の目的は攻略だけじゃない。
黒龍さんに身体強化を教えてもらうこと。
それに、俺にとっては初めてのコラボ配信でもある。
少し進んだところで、黒龍さんが立ち止まった。
「この辺でいいだろ」
俺もバッグを下ろし、配信用ドローンを取り出す。
すると黒龍さんも自分の荷物からドローンを取り出した。
二機のドローンが、それぞれ俺たちの周囲へ浮かび上がる。
「じゃあ、始めるか」
「はい」
ほぼ同時に配信を開始する。
俺の画面にも、待っていたかのようにコメントが流れ始めた。
『きたああああ!!』
『始まった!』
『裏山!』
『黒龍いるぞ!』
『本当にコラボしてるwww』
『待ってた!!』
『黒龍×裏山きたあああ!』
『二人並んでるのすげえ』
『今日は何人集まるんだこれ』
すごい勢いだ。
俺の配信も、最初の頃とは比べものにならないくらい人が増えた。
それでも隣を見ると、黒龍さんの画面はさらに酷いことになっていた。
次から次へと文字が流れ、何が書いてあるのかほとんど分からない。
「……それ、読めるんですか?」
「無理だ」
即答だった。
さすが登録者二百万人。
俺の方もかなり速いけど、まだいくつかは目で追える。
『ていうか裏山』
『ん?』
『なんか違くね?』
『あ』
『服だ』
『裏山が普段着じゃないwww』
『ちゃんと探索者みたいな格好してる!』
『どうした裏山』
やっぱり気付くか。
俺は少し嬉しくなって、自分の格好が映るようにドローンへ身体を向けた。
「分かりますか? 何と黒龍さんが選んでくれて、支払いまでしてくれました!」
『おおお』
『黒龍優しいじゃん』
『装備買ってもらったのかwww』
『……ん?』
『待て』
『そのロゴ見たことあるぞ』
『あれ?』
『いやそれ黒龍のメインスポンサーの装備だろwww』
「え?」
コメントを見る。
『やっぱりそうだよなwww』
『上から下までスポンサー製品じゃねえか』
『靴もそうだぞ』
『黒龍、一円も出してないだろwww』
『スポンサーから提供されたんじゃね?』
「…………」
ゆっくり黒龍さんを見る。
「黒龍さん」
「なんだ?」
「これ、黒龍さんのスポンサーの商品なんですか?」
「ああ」
あっさり認めた。
「……支払いしてくれたんですよね?」
「してない」
「え?」
「ここでの買い物は俺持ちだとは言った」
黒龍さんが平然と続ける。
「金を払ったとは言ってない」
「…………」
コメントが一気に加速した。
『wwwwww』
『言い方www』
『裏山めちゃくちゃ喜んでたのにwww』
『完全に騙されてて草』
『スポンサー大勝利』
『そりゃ今一番話題の探索者に着せられるなら喜んで出すわwww』
何だか急に恥ずかしくなってきた。
「まあ、このメーカーが国内トップクラスなのは本当だ」
黒龍さんが俺の装備を見る。
「お前に合うものを選んだのも嘘じゃない」
「そこは疑ってないですけど……」
さっき、あんなに感謝したのは何だったんだろう。
『裏山かわいそうwww』
『でも装備もらえてるから普通に得してる』
『黒龍も得してる』
『スポンサーも得してる』
『全員得してて草』
確かに。
そう考えると、俺も別に損はしていない。
むしろ数十万円分の装備を貰っている。
「……まあ、いいか」
『納得するの早いwww』
『裏山らしい』
黒龍さんが笑いながら、ダンジョンの奥へ視線を向けた。
「そろそろ行くぞ」
「はい」
俺も剣を手に取る。
初めてのA級ダンジョン。
そして、黒龍さんとの初めてのコラボ配信。
俺たちは並んで、ダンジョンの奥へ歩き始めた。




