第15話 2回目の配信終了と魔石の価値
二十一階を後にして、来た道を戻る。
二十階の広間には、先ほどの戦闘で砕けた床や壁の跡が残っていた。
ついさっきまでアイアンタイタンと戦っていた場所を横切り、そのまま十九階へ続く階段へ向かう。
行きに比べれば帰りは気楽だった。
遭遇した魔物とも、戦う必要がなければ距離を取ってやり過ごす。七年間も通っている道だ。どこに何が出やすいのかも大体分かっている。
ただ一つ。
いつもと大きく違うものがある。
スマホの画面だ。
『まだ増えてる』
『12万いったぞ』
『おめでとう』
『今日だけでどんだけ増えたんだ』
『本人絶対気付いてない』
流れてきたコメントを見て、足を止める。
「十二万?」
『やっと気付いた』
『登録者』
『自分のチャンネル確認しろw』
言われるままチャンネルの画面を開く。
そこには確かに、見慣れない数字が表示されていた。
「……十二万人」
思わず声に出す。
昨日見たときは、こんな数字じゃなかった。
十二万人。
数字だけではいまいち実感が湧かなかったが、大学の学生を全員集めても到底届かない人数だと思うと、急に現実味が出てくる。
その全員が俺の配信を見るために登録している。
「なんでこんな増えたんですか?」
『なんでだと思う?』
『S級単独で倒したからだよ』
『38階までソロで行ってるF級だからだよ』
『7年間誰にも知られず潜ってた大学生だからだよ』
『全部だよ』
「そんなもんですか」
『そんなもんで済ますな』
『本人だけ温度差おかしい』
『今日の切り抜きもう回ってるぞ』
切り抜き。
そういえば健太もそんなことを言っていた。
俺は自分の配信すら見返していないので、誰がどんな動画を作っているのかも知らない。
『収益化どうなった?』
『この数字なら余裕だろ』
『広告ついたら結構いきそう』
『スパチャ解禁しようぜ』
「収益化は申請しましたよ。まだ結果は来てないです」
『この伸びならすぐ通りそう』
『収益入ったら機材新しくしよう』
『スマホ買い替えようぜ』
『まずドローンだろ』
『中古ドローン卒業か……』
そのコメントを見て、少し前を飛んでいるドローンへ目を向ける。
確かに収益が入るなら、もっと性能のいいものを買うこともできるだろう。
このドローンは五年前のモデルだ。
しかも新品で買ったわけでもない。数日前にもらった中古品で、使うのは今日でまだ二回目だった。
「買い替える必要あります?」
『あるだろ』
『もっと画質いいのあるぞ』
『バッテリーも長持ちする』
『最新の自動追尾すごいぞ』
『金入るなら買おうぜ』
言われてみれば、性能のいいものに替えた方が配信にはいいのかもしれない。
でも、今のところ特に困っていない。
今日だって問題なく俺についてきているし、映像も普通に配信できている。
「まだ使えるし、これでいいかな」
『早くも愛着湧いてて草』
『まだ2回目だろw』
『中古ドローン続投』
『タイトル守られた』
愛着。
そこまで大袈裟なものではないと思う。
ただ、壊れてもいないものをわざわざ買い替える必要はない。
それだけだ。
「壊れたら考えますよ」
『フラグ立てるな』
『頑張れ中古ドローン』
『38階まで耐えてくれ』
三十八階。
その数字を見て、四つの目を持つ黒い狼の姿が頭に浮かぶ。
今の俺なら、あいつとどこまで戦えるんだろう。
アイアンタイタンとの戦いで、昔より強くなっていることは分かった。
ただ、あいつは別だ。
三十八階に初めて辿り着いたとき、俺はほとんど何もできなかった。
戦うどころか、逃げるだけで精一杯だった。
もう一度行ってみたい気持ちはある。
でも、焦る必要もない。
「まあ、次はもう少し先まで行ってみます」
『きた!』
『何階?』
『30?』
『38行こう』
『黒狼再戦!』
「そこまでは決めてないです」
『慎重すぎる』
『S級倒した直後とは思えん』
『その慎重さで7年生き残ったんだろ』
それはそうかもしれない。
無理をして先へ進んでも意味はない。
俺は今までだって、そうやってこのダンジョンを進んできた。
***
階層を上がっていくにつれ、空気の冷たさが薄れていった。
十階を越えた頃には、二十階付近で感じていた寒さはほとんどない。
あとは慣れた道を戻るだけだ。
七年間。
このダンジョンを何度往復したのかは覚えていない。
でも、その間に他の人間と出会ったことは一度もなかった。
昨日、協会の人たちが調査に入るまでは。
『そういや誰とも会わないな』
『他の探索者いないの?』
『昨日協会来たんだよな?』
「いないですよ」
『マジで?』
「少なくとも俺は、七年間で一度も会ったことないです。昨日初めて協会の人が入ってるのを見ました」
『じゃあ38階まで完全ソロ?』
『改めて聞くとやばいな』
『救助とかどうしてたんだよ』
「されたことないですよ」
『でしょうね』
『されてたら7年前にバレてる』
『一人で入るなって教わらなかったの?』
「教わる前から入ってたので」
『あっ』
『そうだった』
『中学生からだっけ』
『そりゃ常識知らんわ』
知らなかったものは仕方がない。
それに今まで生きて帰ってきているので、結果としては問題なかった。
そんなことを話しながら歩いていると、やがて前方に外から差し込む光が見えてきた。
ダンジョンの入口だ。
「着きましたね」
『もう終わり?』
『今日濃すぎた』
『S級単独撃破は予想してなかった』
『次いつ?』
『次は30階まで行こう』
『38階再戦待ってる』
「次はまだ決めてません。大学もバイトもありますから」
『そういや大学生だった』
『完全に忘れてた』
『明日普通に大学?』
「行きますよ。学生なんで」
当たり前のことを言ったつもりなのに、コメント欄に笑っているような文字が大量に流れた。
「じゃあ、今日はここまでにします。ありがとうございました」
『おつ!』
『面白かった』
『次も絶対見る』
『アイアンタイタン討伐おめ』
『中古ドローンもお疲れ』
『次回待ってる』
「それじゃ、お疲れ様でした」
配信終了のボタンを押す。
画面から大量のコメントが消えた。
さっきまで何万人もの人と話しながら歩いていたせいか、急に周囲が静かになったように感じる。
「……変な感じだな」
中古ドローンを手元へ戻す。
今日も特に不具合はなかった。
五年前のモデルとはいえ、まだ十分使えそうだ。
電源を切ってリュックへしまい、残りの道を歩く。
そしてダンジョンの外へ出た。
眩しさに目を細める。
いつもなら、そのまま家へ帰るだけだ。
でも今日は違った。
「……あれ?」
入口の少し先に三人の人影がある。
そのうち一人には見覚えがあった。
昨日、俺のバイト先まで来た探索者協会の職員だ。
残りの二人は知らない。一人はスーツ姿の男性で、もう一人は動きやすそうな服装をしている。
俺に気付いた職員が、こちらへ歩いてきた。
「お疲れ様です」
「……待ってたんですか?」
「はい。今日の配信を拝見していました」
「ああ、アイアンタイタンですか?」
「……ええ。それも含めて、少しお話をさせてください」
職員はそう言って、後ろにいる二人へ目を向けた。
「できれば、このまま協会までご同行いただけますか?」
「いいですよ」
どうせ今日はもう帰るだけだ。
ただ、昨日に続いて今日も協会の人に呼び止められるとは思わなかった。
何か問題でもあったんだろうか。
***
探索者協会へ向かう道中、俺は昨日会った職員の隣を歩いていた。
残りの二人は少し後ろを歩いている。
しばらく無言で歩いていた職員が、不意に口を開いた。
「本当に倒してしまいましたね」
「アイアンタイタンですか?」
「はい」
「前にも倒したことありますよ」
「それは配信でも聞きました」
職員が少し疲れた顔をする。
「ただ、聞くのと実際に映像で見るのとでは違います」
「そういうものですか?」
「そういうものです」
後ろから小さな笑い声が聞こえた。
職員が振り返る。
「何ですか?」
動きやすそうな服装をした男性が、笑いを堪えながら答える。
「いや、あなたがそこまで混乱してるのも珍しいなと思って」
「S級指定種をF級探索者が数分で倒すところを見せられたんですよ。混乱もします」
そう言って、職員が俺を見る。
「……?」
「いえ。何でもありません」
なんで俺を見るんだろう。
***
協会へ到着すると、小さな会議室へ案内された。
長い机を挟んで、俺と三人が向かい合う。
最初に口を開いたのは、スーツ姿の男性だった。
「改めまして。探索者協会でダンジョン調査を担当している佐伯です」
「湊です。よろしくお願いします」
軽く頭を下げる。
佐伯さんは手元のタブレットを操作した。
画面に映し出されたのは、今日の配信。
俺がアイアンタイタンの首へ剣を突き刺している場面だった。
「まず確認したいことがあります」
「はい」
「この魔物を、あなたは以前にも討伐しているんですね?」
「はい」
「初めて倒したのはいつですか?」
少し考える。
一年近くあそこで苦戦していたから――。
「高校二年だったと思います」
佐伯さんの手が止まった。
隣にいる職員は小さく息を吐き、もう一人の男性は腕を組んだまま俺を見る。
「……十七歳頃ですか」
「多分、それくらいです」
「単独で?」
「一人しかいなかったので」
佐伯さんが一瞬黙った。
「……そうでしたね」
何かおかしなことを言っただろうか。
「その後も探索を続け、現在の最高到達階層は三十八階」
「はい」
「そして三十八階には、アイアンタイタンより明らかに強い魔物がいる」
「四つ目の狼ですね」
「そうです」
昨日から何度も話している内容だ。
佐伯さんはタブレットへ何かを書き込んでから、俺を見る。
「今回の映像を受けて、協会ではあなたの探索者ランクを再審査することになりました」
「昨日F級になったばかりですけど」
「だからです」
即答だった。
「あなたがF級として登録されたのは、協会側で正式に確認できる探索実績が存在しなかったためです。七年間の探索歴については聞き取りしかできず、どこまで事実なのか判断する材料がありませんでした」
「なるほど」
「しかし今日、S級指定種であるアイアンタイタンの単独討伐が映像として記録されました。しかも生配信で、協会側でも複数人が確認しています」
確かに、それなら昨日とは状況が違う。
「じゃあ、ランクが上がるんですか?」
「その可能性は高いでしょう。ただし、探索者ランクは単純な戦闘能力だけで決まるものではありません。正式な審査が必要になります」
「分かりました」
俺としては、F級でも特に困っていない。
ただ、ランクが上がれば何か変わるのだろうか。
その辺りは審査のときに聞けばいい。
話が一段落したところで、佐伯さんの視線が俺のリュックへ向いた。
「それと、もう一つ確認したいものがあります」
「ああ」
何のことか分かった。
リュックを開け、大きな魔石を取り出して机の上へ置く。
ゴトッ、と重い音がした。
三人の視線が一斉に集まる。
「これですよね?」
「はい」
佐伯さんが手袋をはめ、魔石を慎重に手に取った。
横からもう一人の男性も覗き込む。
「……間違いなさそうですね」
「やっぱりアイアンタイタンの?」
「ええ」
佐伯さんは魔石を机へ戻した。
「こちらを協会で買い取らせていただくことは可能でしょうか?」
「いいですよ」
答えると、三人とも一瞬黙った。
「……金額を聞かなくていいんですか?」
「あ」
そういえば聞いていない。
「いくらくらいですか?」
佐伯さんは僅かに苦笑して、机の上の魔石へ視線を落とした。
「もちろん最終的な査定は必要ですが、この大きさと状態なら、少なくとも三百万円は下らないと思います」
「三百万……」
「はい。詳しく分析して希少性が確認されれば、それ以上になる可能性もあります」
机の上の魔石を見る。
大人の拳ほどの石。
それが最低でも三百万円。
「……これが?」
「これが、です」
もう一度見る。
どう見ても石だ。
もちろん魔石なので、ただの石ではない。
それでも三百万円。
「売ります」
「即決ですね」
「使い道もないので」
俺が持っていても仕方がない。
それなら売った方がいいだろう。
魔石は正式な査定のため、そのまま協会に預けることになった。
手続きを済ませて協会を出る頃には、外はもう夕方になっていた。
スマホを確認すると、通知が大量に溜まっている。
メッセージ。
動画サイト。
SNS。
見たことのない数の通知が並んでいた。
「……多いな」
とりあえず一番上にあった健太からのメッセージを開く。
『お前、明日大学来るよな?』
何だそれ。
すぐに返信する。
『行くけど』
数秒で既読がついた。
『覚悟しとけ』
「……何を?」
意味が分からない。
その直後、またスマホが震えた。
動画サイトからの通知だった。
何となく開く。
そこに表示された数字を見て、思わず足が止まった。
《チャンネル登録者数 150,000人を突破しました》
「…………」
ダンジョンから出る前は十二万人だった。
まだそれほど時間は経っていない。
「増えるの早すぎない?」
S級の魔物を倒したことより、最低でも三百万円になる魔石を手に入れたことより。
明日の大学が一番面倒なことになりそうな気がした。




