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俺の裏山、世界最高難度らしい ~中古ドローンでいつものダンジョンを配信したら世界中が騒ぎ始めた~  作者: 山ノ上商会


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14/27

第14話 かつての壁



休憩を終えた俺は、再び二十階を目指して歩き始めた。


十六階から先は、それまでの森とは景色が大きく変わる。


木々はすっかり姿を消し、代わりに剥き出しの岩肌が左右に続いていた。道幅も狭くなり、場所によっては大人二人が並んで歩くのも難しい。


足元には細かな石が転がり、一歩踏み出すたびに靴の裏で小さく音を立てる。


「この辺から寒くなるんですよね」


『ほんとに?』


『映像じゃ分からん』


『今何度くらい?』


「分からないです。温度計持ってないんで」


『探索者なんだから持てよw』


『F級に求めすぎるな』


『38階まで行ってるF級だぞ』


『その肩書き便利すぎる』


スマホを見ながら歩いていると、少し先で石の転がる音がした。


顔を上げると、右側の岩壁に人間の頭ほどの大きさの何かが張り付いている。


灰色の甲殻に八本の脚。


岩とほとんど同じ色をしているので、注意して見なければ気付かずに通り過ぎてしまう。


「あれ、踏むと面倒なんですよ」


『何?』


『どれ?』


『見えん』


俺の視線に気付いたのか、中古ドローンがゆっくりと向きを変える。


カメラが岩壁へ向けられると、ようやく視聴者にも見えたらしい。


『いた』


『蜘蛛?』


『ロッククロウラーじゃない?』


『C級』


『擬態するやつか』


ロッククロウラーというらしい。


俺の中では、ずっと「岩みたいな蜘蛛」だった。


「踏むと上から落ちてきます」


『経験者は語る』


『踏んだことあるんだな』


「ありますよ」


初めて遭遇したとき、一匹だけだと思って何も気にせず近付いた。


その瞬間、頭上から十匹以上が一斉に落ちてきた。


倒すこと自体にも苦労したが、それ以上に全身を這い回られた感触の方が記憶に残っている。


できれば二度と経験したくない。


『どうしたの?』


『急に黙った』


「昔、いっぱい落ちてきたなと思って」


『何匹?』


「十匹くらい」


『地獄で草』


『想像したくない』


『よく生きてたな』


今なら同じ数が落ちてきても、それほど苦戦しないと思う。


でも、倒せるからといってわざわざ戦う必要はない。


少し距離を取りながら横を通り過ぎると、ロッククロウラーは俺を追いかけることもなく、岩壁に張り付いたまま動かなかった。


戦わなくていい相手とは戦わない。


それも七年間の探索で覚えたことの一つだ。


***


十八階を抜け、十九階へ入る。


階層を下りるにつれて道幅は少しずつ広くなり、代わりに空気の冷たさが増していった。


十九階も終盤に差し掛かる頃には、吐いた息が僅かに白くなっている。


休憩を終えてから、まだ一時間も経っていない。


見覚えのある大きな岩を通り過ぎたところで、前方に下へ続く階段が見えてきた。


「もうすぐです」


『20階?』


「はい」


『門番くるぞ』


『一年のやつ』


『ここまで来たら怖くなってきた』


『A級より強い?』


「どうなんでしょう」


俺には魔物のランクなんて分からない。


昔の俺にとっては、とにかく強かった。


それだけだ。


階段の前まで来たところで足を止める。


「この下が二十階です」


その一言で、コメントの速度が目に見えて上がった。


『きた』


『待ってた』


『一年足止めしたやつ』


『黒龍いる?』


『専門家求む』


どうしてみんな黒龍さんを呼びたがるんだろう。


有名な探索者らしいので、俺より魔物について詳しいのは間違いないと思うけど。


「一応、先に言っておきますけど、そんなに期待しないでくださいね」


『なんで?』


「今は多分、普通に倒せるんで」


『その普通が信用できねえんだよ』


『一年苦戦したんだろ?』


『フラグ立てるな』


一年近く苦戦したのは事実だ。


でも、それは何年も前の話。


今でも同じように苦戦するとは思えない。


俺は剣の柄に手を置き、二十階へ続く階段を下り始めた。


***


階段を下り切ると、巨大な空間が広がっていた。


十一階の森林ほどではないが、それでも体育館がいくつも入りそうな広さがある。


床も壁も黒っぽい岩でできており、天井からは青白い光を放つ細長い鉱石が何本も伸びている。その淡い光のおかげで、照明がなくても広間の奥まで何とか見渡すことができた。


そして、広間の一番奥。


今日もそいつはいた。


「ああ、いた」


『どこ?』


『暗くて見えん』


『奥になんかいる』


初めて見る人なら、大きな岩と勘違いするかもしれない。


高さは三メートルほど。


横幅はそれ以上。


全身が黒い岩のような外殻で覆われ、異様に太い両腕に比べると脚は短い。頭部は胴体にめり込むようについていて、その中央に一つだけ赤い目がある。


微動だにせず座り込んでいる姿は、巨大な石像そのものだった。


『ゴーレム?』


『違う』


『待って』


『これ……アイアンタイタンじゃない?』


『マジ?』


『いや、似てるけどデカくない?』


アイアンタイタン。


初めて聞く名前だ。


「そういう名前なんですね」


『また知らない』


『知らずに一年戦ってたのかよ』


『これS級指定種だぞ』


『は?』


『マジで?』


『アイアンタイタンならS級』


『協会職員見てるなら確認してくれ』


S級。


それは少し意外だった。


以前聞いた話では、魔物の危険度でS級は最高位だったはずだ。


「そんなに強いんですか?」


『お前が言うな』


『その質問が一番怖い』


『一般探索者が単独で戦う相手じゃない』


『普通はパーティー前提だぞ』


コメントを読みながら広間へ一歩踏み込む。


ゴゴゴ、と低い音が響いた。


奥で石像のように座っていたアイアンタイタンが、ゆっくりと身体を起こしていく。


三メートルを超える巨体が完全に立ち上がると、昔感じていた圧迫感を少しだけ思い出した。


赤い目が俺を捉える。


「これです。高校生の頃、こいつを倒せなくて一年くらいここで止まってました」


剣を抜く。


初めてここへ来たときのことは、今でも覚えている。


当時の俺は何も考えずに正面から斬りかかった。


でも、剣は簡単に弾かれた。


場所を変えて何度斬っても、ほとんど傷を付けられない。


そのうちアイアンタイタンの拳が飛んできて、咄嗟に剣で受け止めたものの、そのまま身体ごと吹き飛ばされた。


壁に叩きつけられ、しばらく息もできなかった。


その日は逃げた。


次に来たときは、もっと重い武器なら通用するかもしれないと思い、大きなハンマーを持ってきた。


それでも駄目だった。


ならばと関節を狙った。


そこには少しだけ攻撃が通った。


だから何度も試した。


脚や腕、首、脇、背中。


攻撃する場所を変え、武器も変え、少しずつ戦い方を変えていった。


そうやって何度も挑戦するうちに分かった。


こいつは確かに硬い。


でも、全身が同じ硬さではない。


「行きます」


俺が地面を蹴るのと、アイアンタイタンの右腕が振り上げられたのはほぼ同時だった。


昔は、あの拳が持ち上がるだけで身体が固まった。


一度でもまともに食らえば終わる。


そう思うと、どうしても早く避けようとしてしまい、そのせいで次の攻撃に追い込まれることも多かった。


でも、今は落ちてくる軌道まではっきり見える。


巨大な拳が振り下ろされる直前、俺は左へ身体を滑らせた。


直後、轟音とともにさっきまで立っていた場所が砕け、小石が頬を掠める。


振り下ろされた腕の横を抜けながら懐へ入り、狙うのは右脚の膝裏。


剣を振り抜く。


ガキンッ!


金属同士をぶつけたような音が広間に響いた。


手に強い衝撃が返ってきたものの、刃は僅かに外殻へ食い込んでいる。


「まだ硬いな」


『今斬った?』


『すごい音したぞ』


『硬すぎだろ』


『てか速い』


『ドローン追えてないじゃん』


アイアンタイタンがこちらへ振り返る。


昔はあの動きにさえ焦っていた。


でも、今見るとかなり遅い。


いや、こいつが遅くなったわけじゃない。


俺が昔より速くなったんだ。


太い腕が横薙ぎに振られる。


しゃがんで避けると、頭上を通過した腕の風圧だけで髪が大きく揺れた。


そのままさらに懐へ潜り込み、右脇へ剣を突き込む。


ここも外殻が薄い。


「ふっ!」


最初は硬い感触があったものの、力を込めると少しずつ刃が沈んでいった。


いける。


そう思った瞬間、アイアンタイタンの赤い目が強く光った。


見覚えがある。


「まずっ――」


すぐに剣を引き抜き、身体を捻る。


直後、巨体そのものが勢いよく回転した。


完全には避け切れず、巨大な肩が左腕を掠める。


強い衝撃を受け、足が地面から離れた。


数メートル飛ばされたものの、どうにか着地する。勢いを殺し切れずに二歩、三歩と後ろへ下がり、靴底を滑らせながら何とか止まった。


「……やっぱり重いな」


左腕が少し痺れている。


まともに食らったわけでもないのにこの威力。


やっぱり昔の俺が苦戦しただけはある。


『当たった!?』


『大丈夫?』


『今ので掠っただけ?』


『普通の人なら吹っ飛んで終わりだろ』


『今の受けて立ってるのおかしくない?』


昔なら、今の一撃だけで立ち上がれなくなっていたかもしれない。


でも今は、左腕が少し痺れている程度だった。


それどころか、戦いが続くにつれて身体の奥が少しずつ熱くなっている。


前回、サーベルパンサーと戦ったときにも感じた感覚。


協会で言われたことを思い出す。


身体強化。


戦闘中、俺は無意識に身体強化を強めている可能性があるらしい。


意識を身体の内側へ向けてみる。


今まで考えたこともなかったが、確かに何かが全身を巡っているような感覚があった。


「これが魔力なのかな……」


『何が?』


『急にどうした』


『戦闘中に考え事するなw』


確かに、考えるなら終わってからでいい。


アイアンタイタンが再びこちらへ向かってくる。


三メートルを超える巨体が突進するたびに、床から振動が伝わってきた。


昔なら、とにかく距離を取って逃げていた。


でも今は違う。


真正面から動きを見る。


巨体の割にはかなり速い。


それでも避けられる。


ギリギリまで引きつけてから横へ一歩。


アイアンタイタンの巨体がすぐ横を通り過ぎた。


その瞬間、右脚の膝裏にある、さっき傷を付けた場所へ剣を振り抜く。


ガキンッ!


今度はさっきより深い。


刃が外殻の隙間へ食い込み、アイアンタイタンの巨体が大きく傾いた。


そのまま片膝をつく。


『効いた!』


『膝!』


『さっきと同じ場所狙ってる』


『弱点知ってるんだ』


『動き完全に覚えてるだろこれ』


当たり前だ。


こいつを倒すために、何度ここへ来たと思っている。


次の動きだって知っている。


片膝をついたあと、アイアンタイタンは必ず右腕を地面すれすれに振り回す。


赤い目が光る。


腕が動き始めるより一瞬早く地面を蹴った。


身体が浮き上がり、その下を巨大な腕が通り過ぎる。


そして俺は、振り抜かれた腕の上へそのまま着地した。


止まらずに一歩、二歩と踏み込み、アイアンタイタンの腕を駆け上がる。


『は!?』


『何してんの』


『腕走ってる!』


『それアリなの!?』


『完全に動き読んでる』


肩まで到達する。


ここまで来れば、狙う場所は一つしかない。


首の後ろ。


頭部と背中を覆う外殻の間に、ほんの僅かな隙間がある。


何度目かの挑戦で、偶然見つけた場所だ。


剣を逆手に持ち替える。


「ここ」


刃を突き立てた。


ズッ、と今までとは明らかに違う感触が手に伝わる。


深い。


アイアンタイタンの身体が大きく震えた。


両手で柄を握り、さらに剣を押し込む。


昔は、ここまで辿り着いても力が足りなかった。


両手で押しても、全体重を掛けても、どうしてもあと少しが届かなかった。


だから最初に倒したときは、一度で仕留めることなどできず、何度も同じ場所を狙い続けた。


でも今は違う。


身体に力を込めた瞬間、全身を巡っていた熱が一気に濃くなった。


何かを意識したわけじゃない。


ただ、もっと力が必要だと思った。


それだけだった。


次の瞬間、剣が一気に沈んだ。


根元まで深く突き刺さる。


アイアンタイタンの赤い目が一度、二度と点滅し、その光が消えた。


巨体がゆっくりと前へ傾き始める。


「うおっ」


巻き込まれる前に剣を引き抜き、肩から飛び降りる。


直後。


ズゥゥン!


地響きとともにアイアンタイタンが倒れ、広間全体が大きく揺れた。


舞い上がった砂埃が少しずつ晴れていく。


アイアンタイタンはもう動かなかった。


「……倒した」


久しぶりに戦ったけど、思っていたより早く終わった。


小さく息を吐いてからスマホを見ると、さっきまで途切れることなく流れていたコメントが、なぜか一瞬だけ止まっている。


『…………』


『え?』


『倒した?』


『マジで?』


『S級だぞ!?』


『アイアンタイタン単独撃破!?』


『しかも何分だよ今の』


『5分も経ってないだろ』


『いやいやいやいや』


『F級だよな???』


『昨日登録したばっかだぞ』


『意味分からん』


『協会見てる!?』


『黒龍呼んでこい!!!』


『これ生配信だよな?』


『普通に歴史的な映像じゃね?』


一気に流れ始めたコメントは、戦う前とは比べ物にならないほど速かった。


一つ読んでいる間にも、次々と新しいコメントが現れては画面の上へ消えていく。


「そんなに凄いんですか?」


『お前が倒したんだろ!!』


『なんで本人が一番冷静なんだよ』


『S級指定種だぞ!』


『普通は単独で戦う相手じゃない』


『しかもほぼ無傷じゃん』


『F級とは』


『ランク制度泣いてるぞ』


強い魔物だとは思っていた。


ただ、俺にとっては昔から二十階にいる「硬いやつ」という印象の方が強い。


「昔はもっと苦戦したんですよ」


『そういう問題じゃない』


『むしろ高校生で倒してた方もヤバい』


『ていうか剣大丈夫?』


『あれだけ硬いの何回も斬ってたぞ』


『途中すごい音してたよな』


『刃こぼれしてない?』


そのコメントを見て、手にした剣へ目を落とす。


「ああ、これですか?」


念のため刃を確認する。


あれだけ硬い外殻を何度も斬りつけたというのに、刃には傷一つ付いていない。


昔から使っているので俺にとっては見慣れたことだが、こういう相手と戦った後だけは、この剣の頑丈さをありがたく感じる。


「大丈夫ですよ。傷もないです」


『マジかよ』


『やっぱりその剣頑丈すぎる』


『そういやダンジョンで拾ったやつだったな』


『持ち主も剣もおかしい』


『どっちも耐久値どうなってんだ』


「便利ですよ、これ」


『便利で片付けるな』


『前も聞いたぞそれ』


思わず笑って、剣を鞘へ戻した。


コメント欄の勢いはまだ収まる気配がない。


『でも本当にS級倒したんだよな……』


『未だに信じられん』


『戦い方が完全に経験者だった』


『弱点全部知ってたじゃん』


『何回戦ったんだよ』


何回戦っただろう。


正確には覚えていない。


「二十回くらい?」


『多すぎ』


『一年掛かったってそういう意味か』


『毎回生きて帰ってきたのがすげえ』


『高校生だよな?』


二十回で済んでいただろうか。


もっと来た気もする。


最初は攻撃がほとんど通らなかったし、まともに戦うことすらできなかった。


それでも何度か挑むうちに関節が弱いと分かり、さらに別の弱点も見つけた。一回の挑戦で少しずつ何かを持ち帰って、それを次の戦いで試す。


そうやって一年近く掛けて、ようやく倒した。


「最初に倒したときは、一時間以上戦ってたと思います」


『は?』


『一時間これと?』


『高校生が?』


『そりゃ戦い方覚えるわ』


『よく途中で諦めなかったな』


正確な時間は覚えていない。


ただ、朝からダンジョンへ入ったのに、家へ帰った頃にはすっかり暗くなっていた。


そして母さんに滅茶苦茶怒られた。


そのことだけは、よく覚えている。


「これを倒したら、二十一階に行けるんですよ」


広間の奥へ視線を向ける。


アイアンタイタンが立っていた場所のさらに向こう側に、巨大な岩の扉がある。


今までは固く閉ざされていた扉だ。


やがて広間に低い音が響き、扉がゆっくりと左右へ開いていく。


『扉開いた』


『完全にボスじゃん』


『門番確定』


『21階行く?』


『行こうぜ!』


時計を見る。


まだ昼を少し過ぎたところ。


今日の予定は二十階までだった。


ただ、帰りの時間を考えてもまだ余裕はある。


二十一階を少し見せるくらいなら問題ないだろう。


「二十一階、ちょっとだけ見ます?」


『行け!』


『行こう』


『お願いします』


『ここで終わるな』


『絶対行け』


コメントが凄い勢いで流れていく。


「じゃあ、少しだけ」


倒れたアイアンタイタンの横を通ろうとしたところで、その巨体が淡い光に包まれ始めた。


やがて巨体が消え、残っていたのは大人の拳ほどもある大きな魔石だった。


「お」


拾い上げる。


今まで手に入れたものと比べてもかなり大きい。


『でか』


『それいくらするんだ』


『S級魔石!?』


『絶対持って帰れ』


『協会が欲しがりそう』


「これは持って帰ります」


さすがに価値がありそうだ。


魔石をリュックへ入れ、開いた扉の向こうへ進む。


短い通路の先にあったのは、下へ続く階段だった。


二十一階。


一段ずつ下りていくにつれて、さっきまで感じていた寒さが少しずつ薄れていく。


それと同時に、別の匂いが鼻に届いた。


水の匂い。


いや、もっと特徴的な匂い。


「……そうだった」


懐かしい。


『何?』


『何がある?』


『早く見せて』


階段を下り切る。


その瞬間、中古ドローンが俺の横を抜け、カメラを前方へ向けた。


視界が一気に開ける。


青い水面と、白い砂浜。


巨大な地下空間いっぱいに、海のような湖が広がっている。


向こう岸は霞んで見えない。


遥か上には青白く光る鉱石が無数にあり、その光が水面へ反射していた。


小さな波が白い砂浜へ打ち寄せ、そのたびに微かな水音が響いている。


『…………』


『は?』


『海?』


『地下だよな?』


『どうなってんだこのダンジョン』


『広すぎる』


『向こう岸見えないんだけど』


『さっきまで岩山みたいな場所だったよな?』


俺は階段を下り、砂浜へ足を踏み入れた。


靴の下で白い砂が小さく鳴る。


「二十一階です」


『おかしいだろ』


『11階は森』


『21階は海』


『じゃあ31階は何なんだよ』


そのコメントを見て、俺は少し考える。


三十一階。


もちろん知っている。


何度も行った場所だ。


「三十一階ですか?」


『知ってるの?』


『教えて』


『何がある?』


答えようとして、少しだけ考え直した。


今ここで全部話してしまうのは、何となく勿体ない気がする。


「それは、行ったときのお楽しみで」


『おい!』


『気になる!』


『今から行け』


『38階まで行こう』


『予定変えろ』


「今日は行きません」


そこは譲らない。


俺は慎重派だ。


予定も準備もしていないのに、視聴者に言われたからという理由だけで奥まで行くつもりはない。


それに、今までは俺一人の都合だけでよかったが、今日は協会にも二十階まで行くと伝えてある。


その約束を無視するのも違う気がする。


俺はしばらく水面を眺めた。


二十一階より先も、俺にとってはよく知っている場所だ。


何度も歩き、何度も魔物と戦い、ときには大怪我をしながら、それでも少しずつ先へ進んできた。


そうして辿り着いたのが三十八階。


そして、その先だけは俺も知らない。


「……三十一階か」


久しぶりに行ってみるのも悪くない。


もちろん今日ではなく、次か、その次。


焦る必要はない。


俺は七年間、そうやって少しずつこのダンジョンを進んできたのだから。


「じゃあ、今日は帰ります」


『えええええ』


『ここで!?』


『海もっと見せて!』


『せめて探索して』


『頼む!』


「二十階までって言ったんで」


『真面目か』


『そこで律儀なの何なんだよ』


『38階まで行ってるくせに慎重すぎる』


それは褒め言葉として受け取っておこう。


俺は砂浜に背を向け、二十階へ戻る階段へ向かう。


中古ドローンも旋回し、いつものように俺の後ろをついてきた。


次にどこまで行くかは、まだ決めていない。


ただ、二十階のアイアンタイタンと久しぶりに戦ったことで、昔とは違う自分の動きを少しだけ実感できた。


身体強化のことも、まだよく分かっていない。


確かめたいことは増えている。


そして、その先には三十八階。


四つの目を持つ黒い狼がいる。


あいつのところへ戻る日は、俺が思っていたより近いのかもしれない。

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