第12話 F級探索者
第一次調査が行われた翌日。
大学の二限目を終えた俺は、健太と一緒に学食へ向かっていた。
昼休みに入ったばかりということもあり、食堂はかなり混んでいる。入口近くの券売機には列ができ、トレーを持った学生たちが空いている席を探して辺りを見回していた。
「今日やばいな」
「十二時過ぎたらいつもこんなもんだろ」
「そうだっけ?」
「お前、普段どこで飯食ってんだよ」
「適当。コンビニとか」
「バイト先の?」
「うん」
「よく飽きないな」
「腹に入れば何でもいいし」
「お前、食に興味なさすぎだろ」
失礼な。
美味いか不味いかくらいは俺にも分かる。
ただ、昼飯を選ぶために時間を使うくらいなら、近くて安い方がいいだけだ。
俺は日替わり定食、健太はカツ丼を買い、しばらく席を探して歩いた。
ようやく窓際に二人分の空席を見つける。向かい合って座り、箸を割ったところで、後ろの席から聞き覚えのある単語が聞こえてきた。
「この前の裏山のやつ見た?」
箸が止まった。
「裏山?」
「ほら、あのダンジョン配信。大学生がやってたやつ」
「ああ、見た見た。途中から黒龍が来たやつだろ?」
「そうそう。あれマジでヤバくね?」
どうやら俺の話らしい。
少しだけ身体を後ろへ向ける。
知らない男子学生が三人。
スマホをテーブルの真ん中へ置き、何かを見ながら話している。
「一階でフレイムリザード出るんだろ?」
「しかも本人、七年くらいあそこに潜ってるって言ってなかった?」
「三十八階まで行ってるんだっけ?」
「そう。なんか四つ目のデカい狼がいて、それより先に行けないとか」
「一階でB級なのに三十八階って、何がいるんだよ」
「それより配信者の方がおかしいだろ。素手でオーク殴ってたぞ」
「見た見た。あれ本当に大学生なの?」
「本人が言ってただけじゃね?」
俺は前へ向き直った。
健太と目が合う。
「……お前の話だぞ」
小声で言われる。
「みたいだな」
「反応それだけ?」
「何て反応すればいいんだよ」
「もうちょっとこう……恥ずかしいとかないの?」
考えてみる。
知らない人たちが自分の配信について話している。
確かに少し変な感じはする。
でも、俺の名前が出ているわけでもない。
「別に」
「図太いなあ」
健太が呆れたようにカツ丼を食べ始める。
俺も日替わり定食の唐揚げを一つ口へ運んだ。
その間にも後ろでは配信の話が続いている。
「次いつやるんだろ」
「登録したから、始まったら通知来るだろ」
「俺も登録しとこうかな」
今度は少しだけ嬉しかった。
自分が何となく始めた配信を、次も見たいと思ってくれている人がいる。
昨日までは考えたこともなかった感覚だ。
「そういえば」
健太が口を開く。
「お前、あれからチャンネル見た?」
「見てない」
「マジで?」
「うん」
「登録者とか再生数、気にならないの?」
「そういえば見てなかったな」
「お前なぁ……」
健太が呆れたように箸を置く。
「スマホ出せ」
「なんで?」
「いいから。自分のチャンネル確認してみろ」
言われるままスマホを取り出し、自分のチャンネルを開く。
最初の配信。
あの日のアーカイブが残っている。
表示された数字を見て、思わず画面へ顔を近付けた。
「……多くない?」
俺が最後に見たときより、再生数がかなり増えていた。
登録者も四桁を超えている。
「だから言ってんだよ」
健太が自分のことのように得意そうな顔をする。
「切り抜きも結構回ってる。黒龍が配信に来たのもデカい」
「へえ」
スクロールすると、コメントも大量に付いていた。
全部読むのは無理そうだ。
そこで、ふと最初に配信を始めた理由を思い出す。
「これってさ」
「ん?」
「金になる?」
健太が俺を見る。
「お前、本当にそこだけは食いつくよな」
「だってバイト代より稼げるなら気になるだろ」
「まあ、それは分かるけど」
健太は苦笑しながら、自分のスマホを取り出した。
「条件を満たしたら収益化の申請ができる。審査もあるから、すぐ金が入ってくるわけじゃないけどな」
「面倒?」
「そこまでじゃない。分からなかったら手伝うよ」
「頼む」
即答した。
「そういうときだけ素直だな」
失礼な。
俺は基本的にいつも素直だ。
多分。
「収益入るようになったら、まず機材だな」
「機材?」
「ドローンだよ」
健太が当然のように言う。
「あれ五年前の中古だぞ。バッテリーもへたってるし、視聴者数の表示も壊れてる。配信続けるなら、そのうち新しいの買った方がいいって」
「ああ……」
確かに。
前回も途中でバッテリーが減っていた。
深い階まで行くなら予備バッテリーも必要になるだろうし、新しい物に替えればもっと長く配信できるかもしれない。
「考えとく」
「今のやつも、まだ動くなら予備にすればいいしな」
「ああ、それならいいかも」
何となく、その言葉には納得できた。
買い替えるとしても、今のドローンを捨てたり売ったりする必要はない。
たった一回使っただけの中古品なのに、初めての配信でずっと俺の後ろをついてきたせいか、少しだけ愛着が湧いている。
フレイムリザードと戦ったときも、オークと殴り合ったときも、気付けば近くを飛んでいた。
「まあ、まだ普通に飛ぶしな」
「なら壊れるまでは使えば?」
「そうする」
話がまとまったところで、俺は残っていた唐揚げを口へ放り込んだ。
***
午後三時。
講義を終えた俺は、そのまま探索者協会へ向かった。
昨日の第一次調査について話があると、水瀬さんから連絡をもらっていたからだ。
受付で名前を伝えると、前回と同じように奥の部屋へ案内された。
中には水瀬さんと山岸さんが待っている。
「こんにちは」
「こんにちは。わざわざ来ていただいてありがとうございます」
「いえ」
勧められた椅子へ座ると、水瀬さんがテーブルの上に置かれていた資料をこちらへ向けた。
簡単な地図。
見覚えのある一階の構造が描かれている。
「昨日お伝えした通り、第一次調査は予定通り終了しました。二階へ続く階段まで確認しています。内部で確認された魔物についても、相川さんから事前に聞いていた情報と大きな違いはありませんでした」
「フレイムリザードもいました?」
「いました」
「倒したんですか?」
「同行したA級探索者三名が討伐しています」
A級。
以前、健太からランクについて簡単に教えてもらった。
B級より上。
フレイムリザードがB級らしいので、三人もいれば問題なかったのだろう。
「それと、魔力濃度についてです」
水瀬さんが別の資料を出す。
「入口付近で八百十二。一階内部では場所によって変動がありましたが、二階へ続く階段付近で千百九十八を記録しました」
昨日メッセージでも聞いた数字だ。
「やっぱり高いんですよね?」
「高いです」
即答だった。
「以前説明した通り、国内のS級ダンジョンでも入口付近なら三百から四百程度です」
千二百。
改めて比較すると、確かに高い。
でも。
「俺、ずっと普通に入ってましたけど」
「そこなんです」
水瀬さんが困ったような顔をする。
「私たちとしては、むしろ相川さんが七年間この環境で活動していたことの方が気になっています」
「慣れたんじゃないですか?」
「その可能性も含めて、今後調べていく必要があると思います」
前回受けた検査でも、俺の魔力容量がかなり大きいと言われた。
それが七年間ダンジョンに入り続けたことと関係している可能性もあるらしい。
正直、俺にはまだよく分からない。
「それで、もう一つお話があります」
山岸さんが口を開いた。
「相川さんは、今後もあのダンジョンへ入るつもりですか?」
「はい」
迷う理由はなかった。
「配信も続ける予定ですか?」
「多分やります」
「そうですか」
山岸さんが水瀬さんを見る。
何か事前に話していたらしい。
水瀬さんが一枚の書類を俺の前へ置いた。
「でしたら、相川さんには正式に探索者登録をしていただきたいと考えています」
「探索者登録?」
「はい」
書類を見る。
一番上に『探索者登録申請書』と書かれていた。
「俺でもなれるんですか?」
二人が一瞬黙った。
「……相川さん」
水瀬さんが口を開く。
「三十八階まで一人で到達している方にそう聞かれると、私たちも少し困ります」
「ああ」
確かに。
言われてみればそうかもしれない。
「ただし、探索者登録には制度があります」
そこから、探索者の等級について簡単な説明を受けた。
探索者には等級があり、下からF、E、D、C、B、A。
そして最高位のS級まで、全部で七段階に分けられている。
新規登録者は原則としてF級から始まり、探索実績や討伐実績、協会の審査などを経て上位の等級へ昇格していく。
上位になるほど、入場できるダンジョンや協会から受けられる依頼の範囲も広がるらしい。
「じゃあ俺もF級?」
「制度上はそうなります」
「別にいいですよ」
「……気になりませんか?」
「何がです?」
「三十八階まで到達しているのに、F級からという点です」
考えてみる。
特に何も思わない。
「ランクが高いと何かいいことあるんですか?」
「入場できるダンジョンが増えます。それ以外にも協会から受けられる依頼や、一部施設の利用権限などがあります」
「俺、裏山しか行かないんで」
「…………そうですか」
水瀬さんが何とも言えない顔をした。
山岸さんが小さく咳払いする。
「そこについても説明が必要です」
「はい」
「F級探索者が、あのダンジョンへ自由に入れるわけではありません」
「え?」
それは困る。
登録したせいで裏山に入れなくなるなら、本末転倒だ。
「相川さんの場合は例外として扱います」
「例外?」
「裏山ダンジョンに限り、特別探索許可を出す予定です」
七年間の探索実績。
三十八階までの到達。
配信映像。
そして、これまでに行った検査。
それらを考慮した上での措置らしい。
「他のF級探索者が入れるわけではありません。あくまで相川さん個人への許可です」
「なるほど」
それなら問題ない。
「ただし、一つお願いがあります」
「何ですか?」
「次回以降、ダンジョンへ入る際には、可能な限り事前に協会へ連絡してください」
「止められたりします?」
「通常の探索であれば、その予定はありません」
少し安心した。
「ただ、現在あのダンジョンは未評価です。相川さんが唯一の三十八階到達者であることも変わりません。何か異常があった場合、協会として可能な限り状況を把握しておきたいんです」
「分かりました」
それくらいなら問題ない。
今まで誰にも言わずに入っていたから、少し変な感じはするけど。
「では、登録を進めましょう」
書類へ名前や住所などを書いていく。
その後は身分証の確認と写真撮影。
探索者として守らなければならない規則についても一通り説明を受けた。
思っていたより手続きは多い。
途中で、規則がまとめられた冊子まで渡された。
「これ全部読むんですか?」
「できれば」
水瀬さんが笑う。
「……頑張ります」
三十分ほどして、一枚のカードが俺の手元へ置かれた。
探索者証。
名前と顔写真。
登録番号。
そして、その下には『探索者等級 F』と書かれている。
「おお」
何となく嬉しい。
カードを裏返すと、細かな文字で注意事項が書かれていた。
「これで今日から相川さんも正式な探索者です」
「ありがとうございます」
七年間。
俺は勝手に裏山へ入っていただけだった。
それが今日から、一応は探索者を名乗っていいらしい。
「ただし」
水瀬さんが言う。
「F級だからといって、無理をしないでくださいね」
「はい」
返事をしたところで、水瀬さんが何とも言えない顔になる。
「……逆ですね」
「え?」
「いえ。何でもありません」
何だったんだろう。
***
協会を出た頃には、午後四時半を過ぎていた。
今日はバイトがない。
そのまま自転車で家へ帰り、二階の自室へ入る。
鞄を床へ置き、財布から探索者証を取り出した。
『相川湊』
『探索者等級 F』
「F級探索者か」
声に出してみる。
別に強くなったわけではない。
新しい技を覚えたわけでもない。
昨日までの俺と、身体は何も変わっていない。
それでも、少しだけ違う気がした。
今までは、ただ勝手にダンジョンへ入っていただけだった。
探索者という人たちがいることは知っていたが、自分とは関係のない世界だと思っていた。
それが今日からは、俺もその一人らしい。
机の上を見る。
そこには黒い円盤型の中古ドローンが置かれている。
健太は新しい物に買い替えた方がいいと言っていた。
確かに、その方が便利なんだろう。
視聴者数もちゃんと表示される。
バッテリーも長持ちする。
画質だって良くなるかもしれない。
それでも。
「……まだ普通に飛ぶしな」
ドローンを持ち上げる。
表面には細かな傷がいくつも付いている。
俺が付けた傷ではない。
五年間使われてきた機械だ。
それでも、初めてダンジョンへ連れていったときは最後まで俺についてきた。
もう少しくらい使ってもいいだろう。
「次も頼むな」
当然、返事はない。
ドローンを机へ戻し、スマートフォンを取り出す。
自分のチャンネルを開くと、登録者は昼に見たときよりまた少し増えていた。
コメント欄にも新しい書き込みがある。
『次の配信いつ?』
『またダンジョン行ってくれ』
『今度は十階より先も見たい』
『黒龍また来るかな』
『ドローンの視聴者数表示直せw』
最後のコメントで少し笑った。
俺だって直せるなら直したい。
ただ、機械には詳しくない。
新しい物を買うか、修理するか。
そのうち考えればいい。
「次か……」
ベッドへ寝転がり、天井を見る。
前回は十階まで行った。
俺にとっては何度も通った場所だ。
だったら次は、十五階か二十階。その辺りまで行ってみてもいいかもしれない。
十階を越えた辺りから、出てくる魔物も少し面倒になる。
それでも今の俺なら、問題なく進めるはずだ。
さらにその先を考えていると、自然と一つの場所が頭に浮かんだ。
三十八階。
広い石造りの空間。
その奥にいた、四つの目を持つ巨大な黒い狼。
俺を一度、殺しかけた魔物。
「…………」
思い出すだけで、少しだけ身体が強張る。
怖くないと言えば嘘になる。
避けたと思った攻撃を受け、剣ごと吹き飛ばされ、立ち上がるだけで精一杯だった。
あれから何度も三十八階の手前までは行った。
それでも、まだ再戦していない。
勝てると思えるまで戦わない。
それが俺のやり方だった。
ただ、最近になって少しずつ自分の身体について知らなかったことが分かり始めている。
俺は自分で思っていたより速いらしい。
力も強い。
魔力もかなり多いらしい。
戦っているときには、無意識のうちに身体強化まで強くなっている可能性がある。
だったら、今の俺なら。
あの頃とは、もう少し違う戦いができるのかもしれない。
そこまで考えてから、首を振った。
「……いや、まだいいか」
次の配信でいきなり三十八階まで行く必要はない。
俺は慎重派だ。
ゲームだって、ボス戦前には準備する。
まずはもう少し深いところまで行ってみよう。
俺自身、自分がどのくらい動けるのかまだよく分かっていない。
協会で受けた検査だけでは実感もない。
二十階くらいまで行けば、少しは強い魔物も出てくる。
そこで確かめればいい。
俺は身体を起こし、机の上の中古ドローンを見る。
次の配信。
今度は前回より、少しだけ深く。
まだ日付は決めていない。
協会にも事前に連絡しないといけないし、健太にも言っておこう。
考えてみれば、やることが随分増えた。
七年間、俺は一人で裏山へ入り、一人で帰ってきた。
誰かに予定を伝えることも、誰かに見られることも、帰ってきたことを報告することもなかった。
それが少しずつ変わり始めている。
探索者協会。
配信。
視聴者。
そして健太。
今まで一人で遊んでいた場所に、少しずつ他人との繋がりが増えている。
不思議な感じはする。
でも、嫌ではない。
俺はもう一度、探索者証を見る。
『探索者等級 F』
「F級探索者の初配信か」
口にしてみると、少しだけ面白くなった。
次の配信タイトルは、それでもいいかもしれない。
そんなことを考える俺の前で、五年前に作られた中古ドローンは、何も知らないまま静かに次の出番を待っていた。




