新たな来訪者
痛々しい火傷の痕と不気味な仮面を纏い、不敵な笑みを浮かべるその男をひと目見た瞬間、ヒューガの表情が険しく凍りついた。
「……久しぶりだな、ロキ」
ヒューガが憎しみを押し殺したような低い声でそう告げると、仮面の男――ロキはわずかに沈黙し、やがて思い出したかのように口を開いた。
「あぁ……あの時、ヘリオスの傍らにいた人間か」
その正体こそが、かつて世界を滅ぼそうとし、ヘリオスとの死闘の果てに消えたはずの宿敵・ロキだった。
ロキは痛む体を庇うようにしながら、嘲笑うかのようにかつての最後の激闘を語り始めた。
「あの時、あいつはすべての魔力を使い果たし、俺諸共自爆しやがった。かろうじて残った魔力を全身に流し込んで生き延びたが、このザマだ。四肢をもぎ取られた俺は肉体を再構築しようとしたが、あいつの遺した執念の炎が邪魔をして思うように再生できずにな……。やっとの思いで全身を再構築できたものの、皮膚は爛れたままで、おまけに魔力を使うたびにあの野郎の力が暴発しやがる」
語られる言葉の端々から、ヘリオスが命を懸けて刻み込んだ爪痕の凄まじさが伺い知れる。
ヒューガはかつての親友が最期に遺したものの大きさに思いを馳せ、胸ルミを熱くしたが、目の前の危機が去ったわけではない。事態は依然として深刻なままだった。
「ふん、思い出話はここまでだ。……ロキ、お前を生かして帰すわけにはいかない! それに、このレイを貴様らに渡すなど絶対にあり得ん!」
ヒューガは鋭く気魄を放ち、再び愛用の槍を構えて戦闘態勢に入った。
しかし、ロキは不気味に目を細めると、薄気味悪い笑みを浮かべた。
「残念だが、今の俺が本気で魔力を使えば、あの野郎の炎が再びこの肉体を焼き尽くす。長居は無用というわけだ」
そう言い残すと、ロキは再び足元に開いた空間の裂け目へと身を滑らせていく。
その去り際、ガルドに向かって冷たく言い放った。
「ガルド、あとは頼むぞ」
「逃げるな、ロキ――っ!」
ヒューガが叫び声を上げながら槍を突き出したものの、ロキの姿はすでに完全に空間の歪みの中に消え失せていた。
静寂を切り裂くように、再び目の前の巨漢――ガルドとの死闘へと引き戻される。
「レイ、油断するなよ!」
ヒューガの掛け声に合わせ、レイも再びアスカリオンを構え、体内に残る雷の力を再び解き放とうと気を高めた。
――だが。
(あれ……? おかしい……っ!)
先ほどまでの圧倒的なエネルギーが嘘のように、レイの体内で脈打っていたはずの力が急激に萎んでいく。黄金の刀身を纏っていた青白いスパークも、すっと消えてしまった。
何度気負っても、雷の魔力はピクリとも反応しない。
息を荒げ、冷や汗を流すレイの背中に、ヒューガの冷静で厳しい声が飛んだ。
「無理をするな、レイ! ……お前の魔力は今、底が尽きている!」
初めての覚醒と神速の連続使用。その代償として、少年の魔力は限界を迎えていたのだ。
聖剣を手にしながらも、今はもう雷の力を纏うことすらできない――レイはただその場に立ち尽くし、迫り来る圧倒的な敵の前に無力さを噛み締めるしかなかったのだった。
「はあっ――『風刃旋嵐』ッ!」
ヒューガが愛用の槍を鋭く一閃させると、周囲の大気を巻き込んだ巨大な緑の竜巻が放たれ、ガルドの巨体を激しく呑み込んだ。
先ほどのレイの猛攻によって全身に深い手傷を負っていたガルドは、もはやその巨体を支えるだけの自由がきかなかった。ヒューガの渾身の風の魔力弾が直撃すると、ガルドはたまらず大きく吹き飛ばされ、ついに完全に立ち上がることもままならない状態へと追い詰められた。
大男が地面に崩れ落ちるのを見届けながら、ヒューガはふうっと息を吐き出し、槍を肩に担ぎながらボソッとぼやいた。
「はぁ……それにしても、昔戦った『バルド』といい、今回の『ガルド』といい……なんで俺は、こうも似たような名前のデカブツばっかり相手にしなきゃいけないんだか」
一人で呆れ返るヒューガの背後、突如として静寂を破る別の足音が響いた。
「――おや、随分と派手にやってるじゃないか」
聞こえてきたのは、年齢のわりにどこか落ち着いた、しかし軽やかで涼やかな声だった。
声の主は、かつてヒューガやヘリオスたちが命を削って共に戦った、あの『聖都の騎士団』の制服を身にまとった一人の少年だった。
もっとも、今の聖都はかつての激動の時代から世代が変わり、この薄緑の髪をした端正な顔立ちの少年は、ヒューガのことも、ヘリオスのことも名前ですら知らなかった。
少年は戦闘の気配に怯える様子もなく、ただ興味深げに周囲を見回しながら、ひょいと姿を現した。
「上の命令で、この辺りの地形測量をしていたんだけどさ……なんかものすごい地響きと爆音が聞こえるから来てみれば、なんだいこの有様は」
薄緑の髪を揺らしながら、少年は敵意の欠片もない、純粋な好奇心に満ちた瞳で、満身創痍のガルドや、魔力を使い果たして立ち尽くすレイの姿を眺めていたのだった。




