雷鳴の覚醒
伝説の剣を引き抜き、どこか誇らしげに、そして少しだけ浮かれた気分で、レイは手元のアスカリオンに向かって軽く挨拶をした。
「へへっ、これからよろしくな、相棒!」
黄金の輝きを放つ聖剣が、まるでそれに応えるかのように微かに共鳴した気がした。
しかし、その高揚感は長くは続かなかった。
しばらくして、微かな揺れが足元から伝わってきたかと思うと、それは徐々に大きくなり、やがてドスンドスンと大地を揺るがす強烈な地響きへと変わっていった。その轟音は、明らかに何か途方もなく巨大な存在が、こちら側へまっすぐ迫ってくることを告げていた。
「……おい、レイ! 気を抜くな、来るぞ!」
ヒューガの鋭い声が飛ぶ。彼は瞬時に表情を引き締め、愛用の槍を強く握りしめて前に立った。
レイも慌ててアスカリオンを両手でしっかりと構え直したが、その心臓は激しく波打ち、背筋を冷たいものがスーッと駆け抜けていくのを感じていた。
(なんだこれ……! 嘘だろ、めちゃくちゃ怖い……!)
いくら父の血を引いており、父親の形見の剣を引き抜いたとはいえ、レイの剣技はまだ昨日今日で始めたばかりの素人にすぎない。実戦の経験などゼロのまま、いま彼は突然、命のやり取りが行われるかもしれない本物の戦場に立たされているのだ。恐怖で足がすくみそうになるのを、レイは必死に歯を食いしばって堪えた。
「来るぞ……っ!」
ヒューガが叫んだその瞬間、レイの頭上をすっぽりと覆うように、周囲の光が急激に奪われて視界が暗くなった。
次の瞬間、凄まじい風圧とともに大地が爆ぜ、抉り取られた。
――ガァァァンッ!!
土煙が舞い散る中、驚愕するレイの目の前で、すでにヒューガは愛用の槍を閃かせ、突如として現れた規格外の巨体を誇る大男と激しく激突していたのだった。砂煙が舞う戦場で、ヒューガは一歩も引かずに対峙していた。
「うおぉぉっ……!」
ヒューガが愛用の槍を鋭く突き出すと、その穂先から凄まじい嵐が巻き起こる。彼のまとう魔力は風を切り裂き、激風の刃となって大男へと襲いかかった。
「くらえ――『風牙烈断』ッ!」
ヒューガの放った必殺の風の魔力が大男の巨体を直撃し、辺りに強烈な爆風が轟いた。
しかし、大男はその強烈な一撃を受けながらも、まるで痛痒を感じていないかのように不敵な笑みを浮かべる。
その圧倒的な強さを目の当たりにし、レイはその場に凍りついたように立ち尽くすことしかできなかった。
(体が動かない……! 俺じゃ、この化け物には到底かなわないのか……?)
恐怖で足がすくみ、自分の無力さに打ちひしがれそうになる。だが、ヒューガが一人で戦っている姿を見て、レイの中で何かが弾けた。
「くそっ……! 見てるだけなんて、ふざけんな……っ!」
恐怖を振り切るように、レイは意を決して叫び、黄金に輝くアスカリオンを掲げて大男へと無謀な突進を試みた。
しかし、歴戦の猛者である大男にとって、素人の突撃など赤子の手をひねるようなものだった。
大男はチラとレイを見やり、煩わしそうに巨大な腕を軽く払った。
「小僧が、引っ込んでろ」
――ガツンッ……!!
まともに衝撃を受けたレイは、まるで木の葉のように吹き飛ばされ、硬い地面に激しく叩きつけられた。
「がはっ……!」
肺からすべての空気が押し出され、レイは頭が真っ白になるのを感じた。目の前がぐるぐると回り、自分の身にいったい何が起きたのか、痛む体では状況を把握することすらできなかった。
朦朧とする意識の中、レイが重い瞼をゆっくりと持ち上げた
――その瞬間。
視界のすべてを覆い尽くすほどの、巨大な影が迫っていた。
大男の分厚い掌が、無慈悲にレイの体を押し潰そうと、真上から猛烈な勢いで振り下ろされてくる。
(……あぁ、死ぬ……?)
死の恐怖が全身を駆け巡ったそのコンマ一秒の時、レイの胸の奥で、心臓の鼓動が一瞬だけ信じられないほどの速さで跳ね上がった。
ドクンッ……!
血管を流れる血が激しく沸騰し、全身を雷の光が駆け抜ける。
そして、レイがぎゅっと瞑っていた目を驚愕に見開いた
――次の瞬間。
視界にあったはずの大男の掌は、なぜか目の前から消えていた。
気づけばレイは、先ほどまで叩きつけられていた地面の上ではなく、いつの間にか大男の背中の後ろに、すっくと立ち尽くしていたのだった。大地に叩きつけられたはずのレイが、次の瞬間には一瞬で大男の背後へと回り込み、鋭くアスカリオンを構えて立っている――。
その信じがたい光景を目の当たりにしたヒューガは、思わず息を呑み、そして目を見開いた。
(今の動き……まるで……!)
少年の背中に、かつての親友・ヘリオスの姿が重なって見える。ヒューガの脳裏に、かつての激闘の日々が鮮やかに蘇っていた。
わずかな静寂を切り裂くように、ヒューガは愛用の槍を大男へと向け、低く鋭い声で問い詰めた。
「おい、巨漢。お前は一体何者だ……。何をしにここへ来た?」
ヒューガの威圧感に満ちた問いかけに対し、大男は不気味に低い笑い声を漏らし、振り返りながらも平然と言い放った。
「ふん……俺の名はガルド。俺は『あの方』の命令でここへ来た。だがな、お前らをこうして見つける前に、空へ向けて放たれた妙な光を見かけたのさ。……ふっ、まさかこんな寂れた場所で、あの方もお探しのアレ(龍の力)の気配に出会えるとはな。これを持ち帰れば、きっとあの方も大いに喜ばれることだろうよ」
ガルドの言葉を聞いた瞬間、ヒューガの眉間が険しく歪んだ。
「あの方、だと……? まさか、お前が仕えているのってのは……あの『ロキ』って言う野郎か!」
かつて世界を滅ぼそうとしたあのロキの残党、あるいはその息がかかった勢力がまだ生き残っているのか。ヒューガが警戒の色をさらに強めたその時――。
「……っ!」
ガルドの凶悪な双眸が、背後にいたレイからぴたりと外され、正面に構えるヒューガへと向けられた。
「小賢しいガキの相手は後回しだ。まずは、お前をここで仕留める……!」
大男の巨体が爆発的な速度で動き出し、標的をヒューガへと切り替えて猛然と襲いかかってきたのだった。激しく激突するヒューガとガルド。その凄まじい攻防の傍らで、レイは自分の胸に手を当てて立ち尽くしていた。
ドクン、ドクンと早鐘を打つ心臓の鼓動。それがさっきまでの恐怖によるものなのか、それとも体内で目覚めた龍の血が脈打っている熱量なのか、今のレイには判別がつかなかった。
だが、確かなことが一つだけあった。
――体の底から、底知れない力がみるみるうちに込み上げてくる。
レイに宿った雷の力が、手元のアスカリオンの黄金の刀身と激しく共鳴し、チリチリと青白いスパークを散らし始める。
もはや恐怖に怯えているだけの素人の少年ではなかった。ヒューガとガルドの激しい戦いの軌跡を、レイの目は一瞬たりとも逃さず凝視していた。――敵の動きが、はっきりとスローに見える。
(今だ……!)
頭で考えるよりも早く、雷の光を纏ったレイの体が電光石火の速さで地を蹴った。
鋭く振り抜かれたアスカリオンの軌跡が空気を切り裂き、ガルドの屈強な肩を浅く、しかし確実に切り裂いた。
「なにっ……!?」
巨漢のガルドが、突如として自身に走った鋭い痛みに目を見開く。
しかし、レイの快進撃はそこにとどまらなかった。雷鳴のような疾走とともに何度も肉薄し、ガルドの巨体に次々と斬撃を叩き込んでいく。
ガルドの肉体は常人離れした頑丈さを誇り、致命傷となるような有効打こそなかなか通らなかった。それでも、蓄積していく手傷は確実にガルドの巨体を蝕み、その自由を奪っていく。
そして――。
ついにガルドがバランスを崩し、その巨大な両膝をガクリと地面についた。
「ぐっ……おのれ、ガキがっ……!」
荒い息を吐き、ガルドが血走った目を上げたその瞬間。
突如として、二人の目の前の空間がぐにゃりと歪んだ。
グオン……!
空間の裂け目から異様な気配が溢れ出し、そこから一人の男が姿を現した。
その男の全身は酷い火傷の痕に覆われ、ただ見るだけでも痛々しいほどの重傷を負っていることが一目で分かった。さらに、その痛ましい顔の目元には不気味な仮面が装着されている。
誰もが言葉を失うような凄絶な姿でありながら、その男はレイの姿を捉えるやいなや、裂けた唇を歪めて、ぞっとするような不敵な笑みを浮かべたのだった。




