第78話 遺された腕のなか
すべてを焼き尽くすほどの眩い閃光と凄まじい爆発のあと。
激しい衝撃によって空から弾き飛ばされたヘリオスの身体は、静まり返った夜の海を臨む、潮風の吹き抜ける丘の上の岩肌へと打ち付けられていた。
「がはっ……くっ……」
辛うじて繋ぎ止めていた命の火も、もはや風前の灯火だった。
頭を擡げることもできず、岩にもたれかかるようにぐったりと横たわるヘリオスの身体に、異変が起きていた。
死闘の果てに命を燃やし尽くした代償か、その肉体は端から段々と細かい灰の粒子へと変わり、サラサラと夜風にさらわれて消滅を始めている。指先から始まった崩壊は、すでに腕や足の輪郭をも曖昧にし始めていた。
(俺は……ロキを……倒せたのか……?)
朦朧とする意識の中で、ヘリオスは記憶を辿る。あの巨大な爆発の直前、ロキがどうなったのか。
彼は力なくまぶたを持ち上げ、かすかに視線を宙へと向けた。
(……そうだ。あの時、ロキが完全に火だるまになって、あの闇の海原へとまっすぐに落ちていくところを……この目で、きちんと見たはずだ……)
だが、あれほどの業火と爆発を耐え抜いたかもしれない怪物のことだ。あそこに落ちたからといって、確実に息の根を止めたと言い切れる自信はなかった。
ロキは今もどこかで生き延びているのか、それとも完全に消滅したのか――。知る術はもはや残されていなかった。
潮風の吹き抜ける丘の上。
肉体がサラサラと灰の粒子と化し、消滅へのカウントダウンが始まっていたヘリオスの脳裏に、走馬灯のようにかつての記憶と愛しい人々の顔が鮮やかに蘇っていた。
命の灯火が消えようとするその刹那、彼の心を満たしたのは、育ててくれた両親の温もりだった。
顔の記憶も曖昧になりつつある中、自分にたくさんの愛情を注いでくれた本当の父と母のこと。あの優しい温もりに、もう一度包まれたかったという切ない思い。
そして、過酷な運命の中で出会い、自分を家族として迎え入れてくれた温かい人々。
自分を息子のように慈しんでくれたケルトとマーサの老夫婦の笑顔。両親を失っても元気でいた妹のマニーの明るい声。
どんなときも寄り添い、愛をくれた妻・ミーナの優しい眼差し。
さらに、激動の日々を共に駆け抜けた仲間たちの姿が思い浮かぶ。
かつて命を預け合い、共に戦ったヒューガ、レオン、そして苦難を乗り越えてきた騎士団の面々の顔ぶれ。
とりわけ、深い絆で結ばれたヒューガの姿を思い描いたとき、胸の奥が締め付けられるようだった。
(いつかすべてが落ち着いたら、ヒューガのところにも行って、自分の自慢の息子を見せてあげたかった……)
そんな叶わぬ願いが、痛切な後悔となってこみ上げてくる。
最後に思い浮かべたのは、腕の中にすっぽりと収まっていた我が子の姿だった。
あどけない寝顔で笑い、拙い言葉でパパと呼んでくれた、愛しい我が子――レイのこと。
(……もっと、抱きしめたかった……)
(……これからの時間を、ずっと一緒に過ごしたかった……)
(……あいつが、これからどんな風に大きくなっていくのか……その成長していく姿を、俺はもう、この目の前で見ることができないのか……)
胸を締め付けるような強い後悔と、底知れない未練が溢れ出す。
我が子の未来を見届けられないという残酷な現実が、消えゆく意識の淵でヘリオスの心を激しく切り裂いた。
消えゆく直前、ヘリオスの両腕は、まるでそこに確かな温もりがあるかのように、愛しい我が子を胸に抱く形のままそっと丸められていた。
失血と魔力の枯渇により、ヘリオスの視界は急速に白くぼやけていき、音の感覚すら遠ざかっていく。
意識の境界が曖昧になり、すべての感覚が闇に溶け込もうとしたその時――不意に、目の前で足音がした。
(……誰だ……?)
見知らぬ誰かが、自分の傍らに駆け寄ってくる気配がする。
ぼやけた視界を無理やりこじ開けると、そこに立っていたのは、先ほど林の向こうで見かけた2人の人間で全く見覚えのない衣類を纏った2人組の男たちだった。
(……見慣れない服だな……。いったい、君たちは……)
誰何しようと、ヘリオスは掠れた喉を震わせ、何か言葉を紡ごうとした。
しかし、すでに声帯を動かす力すらない。言葉にならない息を漏らしたその瞬間、目の前にしゃがみ込んだ2人組のひとりが、震える声でこう呟いた。
――「ごめん」
それは、ヘリオスの耳に届いた最後の言葉だった。
あとに続く言葉は、遠ざかる意識の波にかき消されて二度と聞き取れなかった。
ただ、その「ごめん」と謝罪の言葉を口にした男の頬を伝い、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちて、ヘリオスの消えゆく身体の傍らに静かに落ちたのだけは、はっきりと見えた。
なぜ謝るのか。自分は一体、誰に何をされているのか。
問いかける間もなく、ヘリオスの肉体は完全に灰の光へと変わり、潮風の中に溶けて消えていったのだった。




