第69話 聖都への凱旋と、それぞれの道
崩壊する敵拠点を後にし、長旅の末に一行がたどり着いたのは、高くそびえる純白の城壁と美しい尖塔が並び立つ、美しき聖都のメインストリートだった。
かつての決戦の傷跡を癒やすかのように、街には平和な日常の光景が広がっている。幸いにも、この聖都自体が直接の戦場になることはなく、住民たちは何事もなかったかのように平穏な日々を営んでいた。
しかし、その中を歩く騎士団の面々の表情に浮かれた色は一切なかった。ロキの生死はいまだ不明であり、かつての仲間であったシリルの裏切りという拭えない暗雲が、彼らの心を重く縛り付けていたからだ。
やがて一行は王宮へと通じる大広間に到着し、今回の遠征における詳細な顛末を国王へと報告することとなった。
玉座に座る国王は、静かに目を閉じ、ヘリオスたちから語られる激闘の記録――『魂の牢獄』の脅威、ロキの失踪、そしてシリルが敵陣営へ寝返ったという事実のすべてを神妙な面持ちで聞き届けた。
すべての報告が終わり、広間に重い沈黙が落ちたその時、国王はゆっくりと目を開け、低くも確かな声でこう告げた。
「……よくぞ生還してくれた。皆の労苦に心から感謝する。だが、これで終わったと思わないことだ」
国王の瞳に、奇妙な光が宿る。それは王家代々に伝わる予言の能力により、この先の未来を見通した者の眼差しだった。
「私の予言の力に映し出される未来の光景には、いまだに濃い闇が渦巻いている。ロキは死んでおらず、やつらの魔の手は、形を変えて必ずやこの聖都へと追ってくる。いや、すでに動き始めていると見るべきだ。騎士団の者たちは、周辺の警戒をこれまで以上に強めよ」
国王の厳粛な言葉に、広間に控えた騎士団員たちは引き締まった面持ちで深く一礼した。
「はっ! 直ちに警戒態勢を強化いたします!」
こうして、今後の厳戒態勢を確認した報告の会議は幕を閉じた。
王宮の重厚な扉を出て、石造りの回廊へと移動した一行。
そこで、自らも騎士団の団長として最前線を率いてきたヴァルガスは、ふと足を止め、その場に残っていたヘリオス、ヒューガ、レオンの3人に向き直った。
彼は少し気まずそうに、しかし真摯な眼差しを向けて口を開く。
「おい……その、なんだ。ヘリオス、ヒューガ、レオン。お前たちはそもそも正規の騎士団の一員というわけじゃねぇ。それなのに、こんな命懸けの遠征に付き合って、最後まで戦ってくれた。団長である俺からも……本当に、ありがとうよ」
騎士団の主力として戦い抜いた3人に対する、偽りのない感謝の言葉だった。
その時、ヴァルガスの背後から、同じく遠征を生き抜いたガレオンと、未だ負傷が癒えず仲間の肩を借りたジンガーがゆっくりと歩み寄ってきた。
「団長の言う通りだぜ。お前たちがいてくれなけりゃ、俺たちは今頃どうなっていたことか……本当に助かった。ありがとうな、ヘリオス」
ガレオンが力強く胸を叩き、痛む体を押さえながらもジンガーが深く頭を下げる。
「俺からも礼を言う……。シリルの一件で迷惑をかけたが、お前たちがいてくれたから、こうして戻ってこれた。感謝するよ」
負傷したジンガーの絞り出すような真摯な言葉を受け、ヒューガは微かに眉をひそめ、どこか照れくさそうに鼻を鳴らした。
「……やめろよ、そんな改まって礼なんて言うなよな。自分たちの我儘や、それぞれの因縁で勝手に動き回った結果こうなったんだ。そっちから礼をされる筋合いなんてねぇーよ。こっちは勝手にやりたくてやっただけだ」
ヒューガのその言葉に、傍らに立っていたヘリオスとレオンも小さく頷いた。
「ヒューガの言う通りさ。俺たちも自分が動くべきだと思ったから戦ったんだ。気にしないでくれ」
「ああ、お礼を言われるような柄じゃないさ。それに、まだすべてが片付いたわけじゃないんだから」
レオンが低く、しかし温かみのある声で付け加える。
騎士団という組織の枠組みを超え、死線を共に潜り抜けた者たちだけに通じる、独特の連帯感がそこにはあった。
仲間たちの言葉を聞いたヴァルガスは、ふっと肩の力を抜き、やれやれといった風に笑った。
「まったく、お前たちらしいぜ……。まあいい。今回は助けられたが、もしかしたらまた何かが起きたら、こうして手を借りる必要があるかもしれないからな。そのときは……また頼むぜ」
ヴァルガスは片手を軽く挙げてヒラヒラと振ると、
「それじゃあ、俺たちは負傷者の手当と今後の詰めに回る」
と言い残し、ガレオンやジンガーと共にその場を去っていっていった。
――パタパタと足音が遠ざかり、回廊にはヘリオス、ヒューガ、レオンの3人だけが取り残された。
途端に、その場の空気がわずかに重くなり、何とも言えない気まずい空気が流れる。
先ほどまでの熱い戦場や、お互いを信頼し合って言葉を交わした緊迫感とは一転して、静まり返った空間の中で、彼らはふと足を止めたまま動かなくなった。
誰もが言葉を発しない。その沈黙は、ただ気まずいからではない。
戦いが終われば、それぞれの事情や宿命を抱える彼らは、いつか訪れるであろうその日――共に歩んだ道から離れ、それぞれの道を歩み出すという予感を、誰もが心のどこかで察していたからだった。
その沈黙を破るように、ヒューガがふっと息をつき、ポケットに手を突っ込みながら口を開いた。
「……さて。いつまでもこうして突っ立っているわけにもいかないしな。俺から、先に行き先を告げておくか」
ヒューガの言葉に、ヘリオスとレオンが視線を向ける。彼はどこか吹っ切れたような、それでいていつもの軽口混じりの笑みを浮かべて続けた。
「俺は、もう一度冒険者として旅に出る。一つの場所に縛られてちゃ、面白い景色も見逃いちまうからな。世界のあちこちを巡って、また気の向くままに暴れてくるさ」
「そうか……ヒューガらしいな」とレオンが頷くと、ヒューガは続けてレオンに視線を移した。
「で、レオン。お前はどうするんだ?」
レオンは腕を組み、静かに前を見据えながら答える。
「俺は、誰もが魔力無しで使える実験道具を制作するため、自分の実験室に戻る。今回の戦いで痛感したんだ。魔力に頼り切った技術だけじゃ、いざというときに限界が来る。誰でも扱える道具の技術を発展させなければいけない」
「魔力なしで使える道具か……そいつはまた、途方もねぇ研究だな」
ヒューガが呆れたように笑った後、最後に二人揃ってヘリオスへと視線を向けた。
ヘリオスは自分の聖剣をしっかりと握りしめ、穏やかな、しかし決意に満ちた表情で二人に微笑み返した。
「俺は、幼なじみのミーナと妹のマニーの元へ行くよ。二人とも、僕がここまで無事でいられたのは彼女たちが支えてくれたおかげだからね。一度しっかりと顔を見せて、安心させてやりたいんだ」
ヒューガはふん、と鼻を鳴らし、レオンは満足そうに小さく頷いた。
それぞれの行くべき場所。それぞれが選んだ未来。
「それじゃあ……またいつか、どこかでな」
ヒューガが軽く手を挙げて背中を向けたのを皮切りに、レオンも工房へと続く方向へ、ヘリオスも大切な家族の待つ場所へと歩き出す。
いつか必ずやってくる別れの気配は、ここで確かに形となり、3人はそれぞれの道を歩むために、一度ここで互いに別れを告げたのだった。




