68話 笑顔なき凱旋
崩壊を始めた城の最上階から、仲間たちと共に下層へと避難を始めたその時――ヴァルガスはふと足を止め、周囲を見回して眉をひそめた。
「……おい、どうした?」
ヘリオスを支えていた仲間が声をかけると、ヴァルガスは厳しい表情のまま首を振った。
「いや……おかしい。ジンガーの姿が見当たらねぇんだ」
激しい戦闘の最中、ジンガーの姿がいつの間にか消えていた。エルミラと戦っていたはずの行方が気になり、ヴァルガスが首を傾げていると、傍らにいたヒューガが静かに首を横に振った。
「待て、ヴァルガス。ジンガーはエルミラと戦っていたわけじゃない。あいつは最初から城の仲を散策し始めていた、誰にも言わずにひとりでだ…」
「 いったい何のためにだ?」
「シリルを探すためさ。あいつはシリルを探すため城の中を探し回り始めていた。」
ヒューガの言葉を聞き、ヴァルガスはさらに表情を引き締めた。
「俺が、あいつを探してくる」
「待ってください団長、一人じゃ危険だ……!」
という仲間の制止も聞かず、ヴァルガスは単身、激しく崩れ落ちた城の内部へと引き返していった。
その頃、仲間たちに肩を貸されていたヘリオスは、限界を迎えていた魔力をそっと解除した。
だが、その瞬間――今まで極限の緊張と龍の血で張り詰めていた身体から、途方もない反動となってすさまじい疲労が押し寄せる。力は完全に失われ、ヘリオスはその場にぐったりと崩れそうになった。
「っと……大丈夫か、ヘリオス!」
仲間に慌てて支えられながら、ヘリオスは荒い息を整えるのが精一杯だった。
一方、ヴァルガスは瓦礫を避け、ジンガーの気配を頼りに地下牢があった区画へとたどり着く。そこは上の階からの落下物によって押しつぶされ、巨大な瓦礫の山と化していた。
焦燥に駆られながら瓦礫を退けていくと、崩れた岩の隙間から、ぐったりと垂れ下がった「人間の手」が見えた。ヴァルガスが狂ったように周囲の石塊を投げ飛ばすと、土埃まみれになった地下牢の空間が現れる。その中心で、ジンガーは自らの能力である「木の触手」を全身に幾重にも張り巡らせ、押し潰される直前に自らの肉体を繭のように覆うことで致命傷を防いでいたのだ。
しかし、長時間の圧迫によるダメージは想像以上だった。
ヴァルガスが触手を引き裂いて中を覗き込むと、ジンガーはうつ伏せに倒れ、荒い息を繰り返している。
「おい、ジンガー……! しっかりしろ!」
ヴァルガスが肩を抱き起こすと、ジンガーは痛みに顔を歪めながら、かろうじて薄目を開けた。
「……ヴァルガス……か……。シリルが……シリルを探したら、あいつは……ロキの仲間になった……んだ……」
絞り出すようなその声で、衝撃の事実を告げる。
「シリルは、ロキの仲間になった……。すまない、俺は……それを……」
それだけ言い残すと、ジンガーの緊張の糸が完全に切れ、そのまま力なく気絶してしまった。
自力で立つことすら到底できない状態の相棒を抱え、ヴァルガスは言葉を失いながらも、その全体重をしっかりと受け止めた。
ボロボロになったジンガーを支えながら、ヴァルガスは崩れゆく城を背にして、仲間たちが待つ外の世界へと歩みを進める。
全員が無事に合流を果たし、崩壊する敵拠点を後にした一行。しかし、誰もその勝利に浮かれてはいなかった。
ロキの死体はなく、その行方は今も分からない上、仲間だったシリルの裏切りという重い事実がのしかかっていた。
「……油断はできない。ロキが今、どこで何をしているのか、奴が次にどんな手で仕掛けてくるか……常に警戒をしておかないと駄目だ」
ヘリオスが鋭い眼差しで遠くの空を見据えながらそう呟き、仲間たちも重々しく頷いた。
未だ消えない禍々しい影の恐怖と、裏切ったかつての仲間の影を胸に抱きながら、彼らは死闘の傷を癒やし、遠く離れた聖都へと凱旋するため、長い道のりを歩み出したのだった。




