第67話 戦場の終息と、消えた残影
「ここまでだ、ロキ……!」
アスカリオンはヘリオスの進化に完全に適応し、彼の魂の波長と同化していた。手元から伝わるのは、武器という枠を超えた絶対的な一体感――それはもはや、神の理すらも切り伏せる牙そのものだった。
追い詰められたロキの顔から冷笑が消え、代わりに底知れない狂気と焦燥の炎が宿る。
「人間ごときが……! 僕が築き上げた神の領域を、ここまで汚すというのか……!」
ロキは両手を天へと掲げ、胸元に埋め込まれた『魂の牢獄』から、世界を揺るがすほどの莫大な魔力を限界を超えて引きずり出した。空間が音を立てて裂け、彼の周囲には幾重もの次元の裂け目と、すべてを捻じ曲げる異界のエネルギーが渦巻く。
外の喧騒は、もはや二人の耳には届かない。
世界の命運を懸け、互いのすべてを賭けた最後の一撃を放つべく、二人はその魔力を極限まで高め合っていった。
ロキの身体から噴き出すのは、次元を歪める「創造の力」と自身の絶対的な破壊の魔力が融合した、世界を統べる者の極致
――『終焉の神理』。
対するヘリオスは、神話の龍の血のすべてを心臓に集約させ、アスカリオンに纏う深淵の無の炎を一点へと圧縮していく。それは、一切の例外を許さず、すべての理を無へと還す少年の究極の覚悟
――『無尽蒼穹の絶刃』。
互いが放つ圧倒的な光と闇の波動が激しくぶつかり合い、崩壊寸前の城の最上階そのものが悲鳴を上げる。
雌雄を決する、最後にして最大の戦いが、ついに幕を開けようとしていた。
「――はあああぁぁぁ――ッ!!」
互いのすべてを乗せた究極奥義が、世界を引き裂くような激突音と共に解き放たれた。
ロキが放った『終焉の神理』は、次元を歪め、空間そのものを消し飛ばすほどの絶対的な破壊の奔流となってヘリオスを呑み込もうと殺到する。
しかし、ヘリオスはその圧倒的な暴力を前にして一歩も引かず、適応を果たした聖剣アスカリオンを一心に振るい抜いた。
放たれた『無尽蒼穹の絶刃』は、あらゆる理を無へと還す深淵の輝きを纏い、ロキの究極奥義の中心へと真っ直ぐに突き進む。
激突の瞬間、音すらも消え去った世界に、巨大な光の繭が生まれた。
次の瞬間――世界の理そのものが悲鳴を上げるような凄まじい大爆発が起き、城の最上階の天井と壁が完全に吹き飛んだ。
「がっ……あぁ……っ!」
激しい衝撃の余波と反動を受け、ヘリオスは聖剣を地面に突き立て、血を吐きながらその場に膝をついた。全身の感覚が麻痺し、意識が遠のくほどの瀕死のダメージが彼の肉体を蝕んでいる。
しかし、その代償として――。
「ば、馬鹿な……僕の『魂の牢獄』が……理の同化が、解けていく……っ!?」
ロキの絶叫が響いた。
ヘリオスの究極奥義は、ロキの肉体と同化していたはずの絶対の核を直撃し、その強大な魔力機関を完膚なきまでに打ち砕いていた。
二重運用の支えを失ったロキは、制御を失った自身の膨大な魔力の暴走に耐えきれず、凄まじい衝撃波に吹き飛ばされる。彼はそのまま、崩壊した城の開け放たれた窓――崩落する最上階の彼方へと、まるで木の葉のように放り出されていった。
「はぁっ、はぁっ……!」
ヘリオスは荒い息を整え、重い身体を引きずるようにして、ロキが吹き飛ばされた縁へと歩み寄った。
決着はついたのか。ロキの生死を確認すべく、崩れ落ちる瓦礫の向こう、地上へと続く闇の底を鋭い眼光で見下ろす。
しかし――そこにロキの姿は、影も形もなかった。
吹きすさぶ風の音だけが響く空間で、確かな手応えがあったはずの場所に、敵の気配は綺麗に消え去っていたのだ。
(消えた……? いったい、どこへ……!)
静まり返った絶望の余韻の中、ヘリオスの背筋に得体の知れない寒気が走るのだった。
「――ヘリオスっ……!」
崩れかけた最上階の床に膝をつき、荒い息を繰り返すヘリオスの背中に、切迫した声が響いた。
振り返ると、そこには先ほどまで強敵エルミラと死闘を繰り広げはずのヴァルガス、そして仲間たちの姿があった。全員が満身創痍ながらも、その足取りには戦いを抜けてきた者の強い意志が宿っている。
「ヴァルガスさん……みんな……!」
ヘリオスが血の滲む唇を持ち上げ、安心したように小さく息を吐き出す。
仲間たちの無事な姿を確認したヴァルガスは、周囲のすさまじい破壊の痕跡と、いまだ空気に残る強烈な魔力の余韻を見て、思わず息を呑んだ。
「おいおい……なんだこの有様は。お前一人で、いったいどれほどの化け物とやり合ったって言うんだよ」
呆れたような、しかし仲間を気遣う温かな声でヴァルガスが歩み寄り、ヘリオスの肩を支えて立たせる。
ヘリオスはその重みを受け止めながら、ふと視線をエルミラとの戦場の方へと向けた。
「エルミラはどうした……? あいつとの決着は……」
ヘリオスの問いに、ヴァルガスは眉をひそめて首を横に振った。
「それがな……奇妙なこともあるもんだ。手応えとしてはこれからってところだったんだが、奴が突如として霧のように姿を消しちまったのさ。追おうにも気配すら完全に断たれてな」
「姿を消した……?」
「ああ。どうせ城の中で何かが起きているのは分かっていたし、敵の幹部が消えたなら今こそ城に突入する絶好の機会だと思ってな。急ぎ足でここまで駆けつけてみりゃあ……お前、すでに一人で決着をつけちまってるじゃねぇか」
ヴァルガスは苦笑しながら瓦礫の山を見渡した。
しかし、その表情の裏にわずかな緊張の色が残っているのを見逃さず、ヘリオスは険しい顔のまま、つい先ほどロキが放り出された窓の外へと視線を戻した。
「決着はついた……はずだ。ロキの『魂の牢獄』を砕き、あの男をこの窓から弾き飛ばした。だが……」
「だが、なんだ?」
「ロキの姿が消えたんだ。死体どころか、気配の欠片すら残っていない」
ヘリオスのその言葉に、ヴァルガスたちの顔から笑みが消え、その場に緊張した沈黙が走った。
エルミラが忽然と姿を消したことといい、決定的なダメージを受けたはずのロキが痕跡を残さず消え去ったことといい――それは、さらなる不気味な悪夢の始まりを予感させるには十分すぎる事実だった。
静まり返る最上階の上空で、吹き抜ける冷たい風だけが、次なる波乱の予兆を告げるように不気味に唸りを上げていた。




