第66話 進化の閃光
「――さあ、終わりだ、ヘリオス」
ロキの冷酷な宣告と共に、活性化した『魂の牢獄』から放たれた二つの力が、かつてないほどの凶暴な奔流となってヘリオスを襲った。
物理的な破壊を無効化したことで自信を深めたロキの猛攻は、先ほどとは比較にならないほどの密度と精度を誇っていた。
「ぐっ……ぁっ……!」
ヘリオスはアスカリオンで必死に防戦を図るが、防ぎきれない衝撃が容赦なく肉体を抉る。渾身の一撃を防がれた精神的ショックと蓄積した疲労が重なり、彼の膝がガクリと揺らいだ。聖剣を持つ手も、激しい痺れと重みで小刻みに震えている。
「機関を壊すという唯一の希望すら打ち砕かれた今、君に勝機など一かけらもない。素直にその命を僕に差し出し、この世界の礎になりたまえ」
上空から見下ろすロキの瞳には、絶対的な勝利への確信が宿っていた。
絶望的なまでの実力差と、揺るぎない「絶対の核」。もはや打つ手はないかに思われた。
しかし――。
(……いや、まだだ)
地面に片膝をつき、血を吐き出しながらも、ヘリオスの瞳の光は決して消えていなかった。
物質的な破壊が通じないのなら、ただ力任せに叩くだけでは意味がない。ロキの言葉やこれまでの攻防を思い返し、ヘリオスは頭をフル回転させる。
(あの核は、ロキの肉体や世界の理と同化している……。なら、ただ壊そうとするのではなく、あの「理」そのものを無へと還すつもりで……!)
ヘリオスの内側で、かつてないほどの熱量が沸き上がってきた。
それは、絶望の淵に立たされたことで覚醒した、龍の血のさらなる深層の力。純白だった『無の炎』が、ドス黒い闇をも飲み込むような、より深く、より静謐な輝きへと変貌を遂げていく。
「僕たちの仲間が、外で命を懸けて戦っている……! こんなところで、あいつらに負けるわけにはいかないんだ……ッ!!」
ヘリオスは渾身の力を振り絞り、再び大地を蹴って立ち上がった。
その背中に纏う炎は、ただの「無」を超え、すべてを等しく無へと帰す絶対の理へと昇華し始めていた。次なる反撃の狼煙が、崩壊寸前の城の最上階で激しく燃え盛るのだった。
「――何っ……!?」
ふたたび立ち上がったヘリオスをひと目見た瞬間、余裕の笑みを浮かべていたロキの表情が、初めて微かに歪んだ。
ヘリオスの全身から立ち昇る『無の炎』は、もはや先ほどまでの純白ではなく、あらゆる色彩を吸い込むかのような、底知れない深淵を湛えた輝きへと変貌を遂げていた。それは物質的な破壊すら超越した、存在そのものを無へと帰す絶対的な理の体現であった。
「無駄だと言ったはずだが……!」
動揺をかき消すように、ロキは『魂の牢獄』から膨大な魔力を引き出し、「創造の力」と自身の本来の魔力を束ねた最大威力の弾幕を放った。空間そのものを引き裂く圧倒的なエネルギーの奔流が、一筋の光となってヘリオスを直撃すべく殺到する。
しかし、ヘリオスは恐れることなく、ただ静かに聖剣アスカリオンを構えた。
「その『理』ごと、俺が断ち切る……!」
ヘリオスが振るった剣閃から放たれたのは、音もなくすべてを飲み込んでいく深淵の無の炎だった。
ロキの放った絶大な魔力の奔流は、ヘリオスの炎に触れた瞬間、爆発を起こすことすらなかった。まるで最初から存在しなかったかのように、ただ静かに、綺麗にかき消されていく。
「馬鹿な……僕の力が、消されていく……!?」
ロキの瞳に、紛うことなき焦燥の色が宿った。
外付けの魔力機関である『魂の牢獄』が激しく脈打ち、主人の動揺を鎮めようとさらなるエネルギーを供給しようとするが、ヘリオスの放つ深淵の炎はその機関の理の縛りすらも侵食し始めていた。
防戦一方だった少年は今や、世界の理を司る絶対者・ロキを圧倒する「真の脅威」へと昇華していた。
決着の時は、刻一刻と近づいていた。ロキの放った絶大な魔力の奔流が音もなく消え去り、焦燥の色をにじませるロキの眼前で、ヘリオスの手元に異変が起きていた。
ヘリオスの覚醒した深淵の無の炎、そして「理そのものを無へと還す」という強烈な意思に呼応するかのように、彼が握りしめる聖剣アスカリオンの刀身が微かに震え始めたのだ。
カキィィンッ! と高音の金属音が響き渡り、純白の輝きを放っていた剣身が霧散するように形を変えていく。
それはただの武器の変形ではない。ヘリオスの肉体、そして極限まで高まった龍の血と無の力に完全に適応し、彼の魂の波長へとぴったりと寄り添うように、アスカリオンはより洗練され、より鋭利な形状へと姿を変えたのだった。
刃の表面には深淵の炎が幾重にも纏いつき、振るうことすら難しかった神話級の聖剣が、まるでヘリオスの身体の一部であるかのように軽やかに、そして圧倒的な存在感を放って馴染んでいる。
「……これが、俺の力に合わせたアスカリオンの姿……!」
ヘリオスが新たな聖剣を軽く一振りしただけで、周囲の空間の理が微かにきしみを上げた。
手元から伝わってくるのは、武器を使っているという感覚ではなく、己の魂そのものが延長されたかのような絶対的な一体感だった。
その異次元へと到達した変化を目の当たりにし、ロキの顔からついに余裕の仮面が完全に剥ぎ取られた。
「まさか、武器の形そのものが宿主の進化に適応したというのか……!? 人間ごときが、神域の領域にどこまで踏み込む気だ……!」
焦りを隠せないロキが、再び『魂の牢獄』から暴風のような魔力を引きずり出し、周囲の空間を捻じ曲げて無数の殺戮兵器を生み出す。だが、その攻撃すらも、新しく生まれ変わったヘリオスの敵ではない。
適応した聖剣を携え、深淵の炎を纏ったヘリオスは、静かに、しかし一歩ずつ確実にロキへと歩み寄っていくのだった。




