64話 この世界のチート
ヘリオスと、世界のすべてを我が物にしようとするロキ。
二人の間に展開されるのは、龍の血を継ぐ者の『無の炎』と、禁忌の遺物「魂の牢獄」に由来する『創造の力』が激突する、次元を超えた超絶的な攻防であった。
城の外では、ヴァルガスやレオン、ヒューガたちがエルミラや新たな脅威と死闘を繰り広げ、凄まじい爆発音や叫び声が下層からここまで微かに響いてきていた。
しかし、ヘリオスはその音に意識を向けることすらなかった。
彼の瞳に映るのは、目の前に立つロキの姿のみ。
仲間たちが外で戦っていること、故郷の運命、そして世界が直面している危機――そのすべてを信じ、背負っているからこそ、ヘリオスは一切の雑念を捨て去っていた。城の外で何が起きているのかなど気にする暇もないほど、彼の精神は極限まで研ぎ澄まされ、目の前の敵を打ち倒すことだけに全神経が集中していた。
「どうした、ヘリオス? 外の喧騒が気にならないのかい? 君の仲間たちが悲鳴を上げているかもしれないぞ」
ロキが冷徹な笑みを浮かべ、心理的な揺さぶりをかけるように挑発の言葉を投げかける。
しかし、ヘリオスの表情は微動だにしない。彼はアスカリオンをしっかりと握り締め、額の純白の炎の角を一段と強く輝かせた。
「……外のことは、あいつらを信じている。だから俺は、お前を倒すことだけを考える!」
ヘリオスの声には迷いが一切なかった。
覚悟を決め、ただ一人の宿敵を見据えるヘリオスの纏う無の炎が、激しい爆音と共にさらに白く、眩く燃え盛るのだった。
「――甘いね、ヘリオス!」
ロキが鋭い殺気を纏った漆黒の刃を幾重にも作り出し、凄まじい勢いでヘリオスへと肉薄した。空間を引き裂くような連続攻撃が、容赦なく彼の急所を狙い撃つ。
だが、今のヘリオスは違っていた。覚醒した龍の血と、あらゆる理を無へと還す『無の力』が彼の肉体と精神を極限まで高めていた。
「っ……遅い!」
ヘリオスは冷徹な眼光を放ち、アスカリオンを軽やかに振るう。ガキィィンッ! と金属がぶつかるような激しい音を立てながら、ロキの繰り出す猛攻をまるで紙屑のように軽々と、完全に受け流してみせた。
ロキの瞳に、わずかに驚愕の色が走る。
――これほどの力を手に入れたというのか、とロキが追撃の構えを改めようとした、その瞬間だった。
突如として、空気の質が変わった。
ロキの「魂の牢獄」に由来する創造の力でもなければ、これまでの魔法の気配すらない、まったく別の――冷酷で不可視の衝撃が、何の予兆もなくヘリオスの身体を直撃した。
「がっ……!?」
不意を突かれたヘリオスは、激しい衝撃に身体を大きく弾き飛ばされ、崩れかけた玉座の間の壁へと激突した。衝撃で瓦礫が盛大に崩れ落ち、彼の口元から鮮血が伝い落ちる。
――いま、何が起きた……?
攻撃の正体を理解する間すら与えられない。
思考の余白を完全に奪い去るかのように、次なる一手が容赦なくヘリオスへと襲いかかっていたのだった。
崩れた壁の瓦礫の中から、ヘリオスは鋭い痛みをこらえながらかろうじて立ち上がった。口元から拭い去った血を睨みつけ、息を荒げながら上空を仰ぐ。
今の不可視の攻撃はいったい何だったのか――。ロキの『創造の力』ではない、得体の知れない冷酷な気配の正体を探ろうと、ヘリオスは歯をくいしばった。
そんなヘリオスの様子を見て、ロキは優雅に宙を舞いながら、冷ややかな笑みを浮かべた。
「ふむ、いい顔だね、ヘリオス。今の一撃で、ようやく分かったかい? 僕が使ったのは、僕自身の本来の魔力――生まれ持った力さ」
ロキのその言葉に、ヘリオスはハッと目を見開いた。
この世界において、一人の人間が二つ以上の異なる根源の魔力を宿すことなど、常識ではあり得ない。どれほど強大な魔法使いであっても、扱える力は一つの系統、あるいは血統に縛られるのが絶対の理だった。
しかし、目の前にいる男――ロキであれば、その常識すらも容易に踏み越えてしまう。
「驚くのも無理はない。普通なら、複数の強大な力を同時に扱えば魂が耐えきれず自壊するからね」
ロキは両手を広げ、自らの身体を誇示するように不敵に言い放った。
「だが、僕には『魂の牢獄』という外付けの超絶な魔力機関がある。あれが、僕の肉体に代わって『創造の力』という異質なエネルギーをすべて引き受け、完全に管理してくれているのさ。だからこそ――僕の肉体はキャパシティを圧迫されることなく、本来僕自身が持っている純粋な魔力も、何ら制限を受けることなく自由に行使することができるというわけだ」
外付けの魔力機関がすべての負荷を肩代わりしているからこそ、自身の本来の魔力と創造の力の両方を完璧に操ることができる。それこそが、ロキという存在を神の領域へと押し上げている真のカラクリだった。
「ひとつの肉体に、神の領域の創造と、僕自身の絶対的な破壊の力……。これこそが、僕がこの世界を統べるにふさわしい理由さ」
ロキが再び冷酷な魔力を高めると、彼の背後から圧倒的な破壊の気配と、歪な創造の力が同時に溢れ出し、周囲の空間を重く歪ませていくのだった。




