第63話 激昂
光の閃光が中庭の瘴気を払い、圧倒的な物量を誇っていた怪物の大群が次々と消え去っていく中、戦場の空気が再びピリと張り詰めた。
突如として、一つの影が舞い降りた。
それは、激しい死闘の果てにジンガーとの戦いを終えたばかりのジークだった。ボロボロになりながらも、その不敵な笑みと冷徹な気配は失われていない。ジークは足元に転がる怪物の残骸を一瞥すると、そのままひらりと着地し、エルミラのすぐ傍らへと歩み寄った。
「遅かったわね、ジーク。いつまで遊んでいたのかしら」
エルミラが冷ややかな視線を向けながら皮肉を呟く。
「ふん、少しばかり手間取っただけだ。……お前の方こそ、いつまでこんな雑魚どもに手こずっているんだ、呪術の魔女」
お互いを鋭い言葉で罵り合う二人の間に、殺気すれすれのピリついた空気が流れる。しかし、彼らの視線の先には、聖都の騎士団やレオン、ヒューガたちがしっかりと武器を構えて待ち構えていた。
共通の敵を前にした二人は、ほんのわずかに視線を交わし、不敵に笑う。
「……まあいい。狙う獲物が一緒なら、ここでいがみ合っている理由もない。一時的な協力としようか」
ジークがそう告げると、エルミラもフッと鼻で笑い、二人は完全に共闘の構えをとった。
そのジークの突然の参戦に、最も激しい反応を示したのはヴァルガスだった。
かつての因縁、そして仲間を蹂躙した敵としてのジークの姿を見た瞬間、ヴァルガスの怒涛のような闘気が爆発する。
「貴様……ッ!」
言葉を発する暇すらない。ヴァルガスはタメの動作を一切挟まない完全なノーモーションで、地を抉るような凄まじい踏み込みを見せ、ジークへと猛然と飛びかかった。その手には怒りに燃える巨大な聖剣が握りしめられている。
「死ね、ジーク――ッ!!」
怒号と共に放たれた一撃は、まさに一刀両断の気迫を纏っていた。
しかし、ジークは焦るどころか、余裕すら感じさせる薄ら笑いを浮かべたまま、その鋭すぎる一閃を紙一重で身をかわす。そして、ヴァルガスの怒りをさらに沸騰させるかのように、冷酷な一言を言い放った。
「おいおい、そんなに血気盛んに怒るなよ……。あぁ、そういえば――お前たちが大切にしていたあのジンガー副聖騎士長さんはは、もう死んでしまったかもしれないねえ?」
その言葉は、まさにヴァルガスの逆鱗に触れる最高の導火線だった。
「……今、なんて言った……?」
ジークの放った冷酷な一言が、戦場の喧騒をかき消すようにヴァルガスの耳に深く突き刺さった。
普段は冷静沈着、どんな時でも飄々とした態度を崩さず、聖都の騎士団を束ねる百戦錬磨のリーダーとして皆を導いてきたヴァルガス。その彼の心の奥底で、決して触れてはならない最大の逆鱗が、今、音を立てて爆発した。
ヴァルガスの全身から、制御しきれないほどの殺気と激昂の闘気が凄まじい爆発となって噴き出す。そのあまりの形相に、周囲の空気が恐怖に凍りついた。
「父さん……っ!」
異変を察知したヴァルキリーがハッとして駆け寄り、暴走しかけている彼の肩に手をかけようと止めに入った。しかし、ヴァルガスは血走った瞳のままジークを睨み据えたまま、怒号のように言い放った。
「引っ込んでろ……! 邪魔をするなッ!!」
その圧倒的な拒絶と、普段からは想像もつかない剥き出しの殺気に、ヴァルキリーは息を呑んで一歩退くしかなかった。
「はは、いい目をしているじゃないか。その怒り、そのまま僕にぶつけてみせろよ」
ジークが余裕の笑みを崩さぬまま挑発する。
その姿に理性を完全に焼き払われたヴァルガスは、限界を超えた風の魔力を自身の全身へと強制的に纏わせた。周囲の空間が激しい気流のうねりで歪み、暴風の刃が彼の周囲を暴れ回る。
「消し飛べえぇぇぇ――ッ!!」
ヴァルガスは叫び声と共に、風の爆発的な加速を利用してジークへと肉薄し、渾身の斬撃を叩き込んだ。
ザシュッ……!!
風の魔力を極限まで高めた必殺の一撃。しかし、怒りに狂い、完全に冷静さを欠いていたヴァルガスの剣筋は、わずかに軌道が逸れていた。
ジークは紙一重でその致命的な一撃を躱し、ヴァルガスの剣先がかすめたのは彼の頬の表面のみ。生み出されたのは、ほんのわずかなすり傷だけであった。
「――おっと、危ない危ない。怒りに目が眩んで、剣が軽くなっているぞ、騎士団長?」
ジークは余裕を崩さないまま、ふわりと軽やかに後方へと飛び退き、冷ややかに微笑み返すのだった。
「怒りに目が眩んで、剣が軽くなっているぞ、騎士団長?」
ジークが余裕の笑みを浮かべ、挑発の言葉を口にしたその瞬間だった。
彼の視界が、ぐにゃりと奇妙な角度で回転した。
青空と崩れかけた城の塔、そして先ほどまで対峙していたヴァルガスの怒りに満ちた顔が、上から下へとまるでめくるめく絵巻物のように逆さまになっていく。
――何が起きた?
ジークの脳裏に疑問が浮かぶ間すらなかった。
次の瞬間、彼の首から上は完全に胴体から切り離され、重力に従うようにぽとりと地面へと落下していった。
鮮血が噴き出す光景を認識するよりも早く、ジークの意識は闇の中へと沈んでいったのだった。
地面に転がったジークの首なき躯から鮮血が広がる中、戦場は一瞬にして完全な静寂に包まれた。
余裕の笑みを浮かべていたジークが一瞬にして命を断たれた光景を目の当たりにし、傍らに立っていた『呪術の魔女』エルミラさえも、思わず息を呑んで目を見開いた。
「……っ! ジークを、一撃で……!?」
信じられないものを見るような驚愕がエルミラの顔を掠めたが、それも束の間。冷酷な殺気を纏ったヴァルガスが、ゆっくりと首をこちらへと向けた。
その瞳には、先ほどの怒りに狂った様子は微塵もなく、底知れない冷徹さと、すべてを焼き尽くすような静かな怒りが燃え盛っていた。ヴァルガスは血に染まった聖剣を静かに構え、エルミラをまっすぐに見据えて低い声で言い放った。
「――次は、貴様だ」
その冷え切った宣告が、エルミラの背筋を凍らせた。しかし、彼女は恐怖に縮こまるどころか、かえって狂気を含んだ笑みをその唇に浮かべた。
「ふん……いい気になってんじゃないわよ、雑魚を片付けただけで調子に乗るな小物風情が……!」
エルミラは両手を大きく開き、自らの身体の限界をも突破するほどの膨大な魔力を一気に解放した。
彼女の全身から噴き出したドス黒い呪詛と紫電の魔力は、まるで狂おしい炎のように渦を巻き、彼女の肉体を頑強な鎧のようにしっかりと包み込んでいく。
「私を殺したいなら、この命と魂のすべてを削り取ってみせなさい……! 呪術の魔女の本当の恐ろしさを教えてあげるわ!」
凄まじい呪術の波動が周囲の大気を激しく揺らし、ヴァルガスとの一騎打ちの幕が、ついに切って落とされようとしていた。




