第62話 聖光の審判
ヴァルガス……! よく間に合ってくれた!」
瓦礫の陰から立ち上がったヒューガが、駆けつけたヴァルガスに力強く声をかける。その傍らでは、ガレオンとレオンも鋭い眼光を宿しながら武器を構え直していた。
ロキが創造した異形の怪物が圧倒的な威圧感を放つ中、聖都の騎士団、そして誇り高きヴァルキリーの精鋭たちが次々と中庭へと雪崩れ込み、レオンたちの周囲を堅固な陣形となって固めていく。
形勢は一気に逆転した。人数、そして戦力においても、もはやエルミラとロキの創造した怪物たちを包囲するほどの圧倒的な優位に立っていた。
しかし、包囲網の中心に立つ『呪術の魔女』エルミラは、これほどの絶望的な状況に追い込まれながらも、その顔に焦りの色や恐怖は微塵も浮かべていなかった。むしろ、彼女の冷酷な瞳には、底知れない不気味な愉悦の光が宿っている。
「ふん……数が増えたところで、所詮は虫けらの群れよ」
エルミラは冷ややかに鼻で笑うと、懐から取り出した無数の黒い薬瓶を、周囲の地面へと一斉に投げつけた。
パリィンッ! と鋭い音が響き渡り、割れた薬瓶からドス黒い瘴気が噴き出す。
そこから現れたのは、かつてレオンたちが一蹴したような実験の産物――おぞましい変異を遂げた数え切れないほどの大量の怪物たちだった。それは視界を埋め尽くすほどの規模で地面を這いずり、一斉に牙を剥き出しにして襲いかかってきた。
「数は厄介だが……怯むな! 悪を断つ聖都の剣を見せろ!」
ヴァルガスの号令を合図に、戦闘の火蓋が切って落とされた。
ヴァルガスが振り下ろす聖剣が黄金の光の刃を放ち、一撃で数体の怪物を焼き払う。それに続くヴァルキリーの戦士たちも、研ぎ澄まされた投槍と神聖な魔力を帯びた武具で次々と怪物を両断していく。ヒューガ、ガレオン、レオンの三人や聖都の騎士たちも、それぞれの武器に自身の最大魔力をたっぷりと込め、押し寄せる怪物の群れを次から次へと薙ぎ払っていった。
放たれる魔力の閃光が中庭を昼のように明るく照らし出し、怪物の断末魔が次々と響き渡る。
だが――エルミラの生み出した怪物の数は、人間の想像を遥かに超越していた。
倒しても倒しても、地面の割れ目や闇の中から、次から次へと無限に新たな怪物たちが這い上がってくる。どんなに強力な武器で一掃しても、終わりの見えない物量の波が聖都の騎士たちを飲み込もうと押し寄せていた。
「くそっ……! 何だこの数は! 際限なく湧き出てきやがる……!」
ガレオンが怪物を両断しながら息を荒げ、ヴァルガスもまた次々と襲いかかる敵の群れに鋭い斬撃を浴びせ続ける。
圧倒的な物量の暴力の前に、いくら個々の戦闘力が高くとも、じわじわと体力が削られていくのは明白だった。
エルミラは冷徹な笑みを浮かべたまま、その光景を冷ややかに見下ろしている。
数の暴力に呑まれつつある戦況の中、果たしてこの無限の地獄を突破する手立てはあるのか――戦線は最大の危機を迎えていた。
「ははっ、いい気味だわ! まだまだ私の実験室には、お前たちを絶望させるためのストックがいくらでもあるのよ。せいぜい存分に楽しませてちょうだい!」
エルミラが冷酷な嘲笑を浮かべ、両手を広げると、地鳴りと共により一層濃いどす黒い瘴気が中庭のあちこちから噴き出し始めた。無限にも思える怪物の群れが、さらなる増援として次々と生み出されていく。
このままでは物量の波に押し潰される――そう直感したレオンは、鋭い眼光を光らせて魔導書を激しくめくり上げた。
「これ以上、好き勝手にさせるか……! ありったけの氷の魔力で、足止めする!」
レオンが極限まで高めた魔力を解き放つと、地面を這う無数の怪物たちの足元から一気に絶対零度の氷塊がせり上がり、数百体もの雑兵をまとめて分厚い氷のなかにガチガチと拘束した。
しかし、その硬質な氷の陣形を一瞬にして踏みにじるように、上空から巨大な影が降ってきた。
――ロキが創造した、あの鋼鉄の装甲を持つ異形の怪物が、エルミラの生み出した雑兵の群れなどまるで気にも留めず、巨大な腕を豪快に振り回しながら突進してきたのだ。
ゴアッ、と凄まじい破壊音が響く。
ロキの怪物は、足止めされていたエルミラの怪物たちごと周囲の空間を力任せに薙ぎ払い、文字通り味方の軍勢すら巻き込みながらレオンたちへと凄まじい衝撃波を浴びせた。
「っ……危ない……!」
「――させません!」
直撃の寸前、鋭い気合と共に駆けつけたヴァルキリーの戦士がレオンの腕を掴み、その場から間一髪で大きく飛び退いた。爆風が地面をえぐり、先ほどまでレオンがいた場所は跡形もなく吹き飛ぶ。
「……! あなたは?」
「私のことは後で話します。今は戦いに集中してください!」
荒い息を整えながらレオンの瞳には、怒りと焦りが入り交じっていた。味方ごと攻撃を仕掛けてくるロキの異形を前に、通常の氷魔法ではすぐに粉砕されてしまう。
「……これ以上、あの化け物に好き勝手はさせない。ここからが本番だ」
レオンはさらに魔導書のページを奥へと開き、己の魔力を限界のその先へと引き上げる。周囲の空気が急速に凍りつき、かつてないほどの強度を誇る純白の氷の結晶が彼の周囲に幾重もの防壁となって結実した。
その隣で、戦況の厳しさを肌で感じ取ったヴァルキリーは一歩前に踏み出していた。
彼女は静かに目を瞑り、雑音に満ちた戦場の真ん中で深く呼吸を整える。
心身を研ぎ澄ませた彼の全身から、太陽のようにまばゆい純白の聖気――気高き光の魔力が溢れ出し、手に持つ神聖な剣へとすいこまれるように注ぎ込まれていく。剣身はまばゆい黄金の光を帯び、周囲の闇夜を昼のように明るく照らし出し始めていたのだった。
目を瞑り、己のすべてを研ぎ澄ましたヴァルキリーの戦士長。その全身から放たれたまばゆい純白の聖気は、手に持つ神聖な剣を黄金色の烈光へと変えていった。
周囲の闇を切り裂くような圧倒的な光の圧に、襲いかかっていたエルミラの怪物たちすらも怯んだように動きを止める。
「我が剣は、邪悪を断つ聖別の光……! すべてを灰燼に帰せ!」
ヴァルキリーが目を見開き、一歩踏み込みながら渾身の力を込めて剣を横一文字に薙ぎ払った。
「――聖光天浄・神剣一閃っ!」
放たれた凄まじい光の刃は、周囲の空間を焼き尽くすほどの閃光を放ちながら波状に広がり、エルミラの生み出した無数の怪物たちを文字通り一瞬で呑み込んだ。
断末魔の叫びすら上げる暇もなく、光の刃に触れた雑兵の群れは光の粒子へと変わり、霧散するように消え去っていく。さらに、その勢いは衰えることなく、ロキが創造したあの頑強な装甲を持つ異形の怪物へと直撃した。
ゴオォォッ――! と神聖な炎を纏った光の奔流が怪物を包み込み、硬質な黒曜石の装甲すらも耐えきれずにバリバリと音を立てて砕け散っていく。
圧倒的な光の審判の前に、増殖を続けていた怪物の大群は見る見るうちに数を減らし、中庭を覆っていた呪わしい瘴気はきれいに払い落とされたのだった。




