55話 迷いとの別れ
ロキの居城の広間から少し離れた一角、あるいは時を同じくして――城内の別の空間では、ヒューガとガレオンが難敵バルドを相手に死闘を繰り広げている、まさにその最中であった。
ヘリオスとレオンの二人は、城の回廊で『黄泉還りの剣聖』ゼノンと激しい対峙を続けていた。
冷徹で無機質な気配を漂わせるゼノンの前に立ち、ヘリオスは手に握る聖剣アスカリオンを強く握り締める。刀身から聖なる黄金の光が溢れ出し、周囲の空気を熱く震わせた。
「行くぞ、ゼノン……! 」
ヘリオスは一歩踏み込み、聖剣に炎の魔力を凝縮させて豪快に振り抜いた。
「――聖炎烈破っ!」
爆発的な炎の奔流が螺旋を描きながらゼノンへと直撃する。しかし、ゼノンはわずかに眉をひそめただけで、愛刀を軽く一閃させた。その圧倒的な剣圧だけで、ヘリオスの放った聖なる炎の攻撃はまるでロウソクの火のように軽々と掻き消されてしまう。
「甘い。お前の剣には、まだ迷いがある」
ゼノンが冷徹に呟き、間髪入れずに踏み込んできた。
すかさずレオンが魔導書を翻し、ゼノンの足元へと狙いを定める。
「ヘリオス、下がるな! 僕が奴の動きを縛る……! 凍てつけ、絶対零度の鎖!」
「――氷縛陣・零度獄っ!」
レオンの呪文により、ゼノンの両足首から凄まじい冷気が這い上がり、一瞬にして分厚い氷の塊となってその動きをガチガチに固定した。
「よし、動きを止めたぞ……!」
しかし、黄泉還りの剣聖と呼ばれた男の執念は、レオンの想像を遥かに超越していた。ゼノンは氷で縛られた自分の足を見てわずかに笑うと、なんと躊躇うことなく自身の愛刀でその凍りついた両足の筋肉を自らザクリと削ぎ落とした。
「なっ……自分の足を……!?」
レオンが息を呑む。常人ならショックで気絶するほどの自傷行為の直後、ゼノンは微動だにせず、血まみれの足のまま凄まじい加速で跳躍した。
「――黄泉還り・無影剣っ!」
視認不可能なほどの神速の斬撃が、レオンとヘリオスの間を通り抜ける。
二人は咄嗟に防御態勢に入り、紙一重で致命傷を避けたものの、ゼノンの剣から放たれた余波の威力が凄まじすぎた。全身の神経を突き刺すような激しい衝撃波により、二人の身体は激しく痙攣し、その場に崩れ落ちそうになる。
「ぐうっ……身体が、動かない……!」
レオンが冷汗を流し、膝をつく。ヘリオスもまた、剣を支えにするのがやっとというほどの極限状態に追い込まれていた。
その意識が遠のきかける混濁の中、ヘリオスの身体から突如として奇妙な光が溢れ出した。彼は自らの意志とは無関係に、強制的に意識を肉体から引き剥がされ、どこか遠い異空間へと引っ張られていく。
「……ここは……?」
気がつくと、ヘリオスは足元一面が鏡のような水面で覆われ、果てしない光に満ちた不可思議な空間に立っていた。そこは、代々アスカリオンを受け継いできたヘリオスの「先祖たちの魂」が眠る領域だった。
目の前には、歴代の英雄たちの幻影が次々と浮かび上がる。
彼らがどのような絶望を味わい、どのような想いを背負い、そしてどんな覚悟を持って運命に立ち向かってきたのか。その過酷で気高い軌跡のすべてが、走馬灯のようにヘリオスの脳裏へと流れ込んできた。
先祖たちが命を賭して守り抜きたかったものは何か。自分の剣は何のためにあるのか。
その記憶を垣間見た瞬間、ヘリオスの胸のつかえがスルスルと解けていく。自分の中にあった恐怖や迷いが、先祖たちの紡いだ熱い意志の炎によって綺麗に焼き尽くされていくのが分かった。
「僕に足りなかったのは……揺るぎない覚悟と、誰をも守り抜くという絶対の意志だ……!」
ヘリオスは心の底から納得し、答えを見つけ出した。
その瞬間、彼の意識は眩い光に包まれ、再び現実の世界――ゼノンの目の前へと一気に引き戻された。
「……っ!」
現実に戻ったヘリオスを見て、常に無表情を貫いていたゼノンが、わずかに、しかし明確に目を見開いて驚愕の色を浮かべた。
目の前の少年から放たれる雰囲気が、先ほどまでとは全く別物に変わっていたからだ。
それはまるで、冷めきった暗闇の空間に、突如として圧倒的な熱量を誇る「太陽」が降臨したかのような錯覚を周囲に与えていた。ヘリオスの纏うオーラは迷いを完全に捨て去り、研ぎ澄まされた黄金の輝きを放ちながら、ゼノンの圧倒的なプレッシャーを真正面から押し返し始めていたのだった。




