56話 炎角の覚醒、燃え盛る不死身の剣聖
次元の壁をも揺るがすかのような圧倒的なプレアデスに包まれた広間で、ヘリオスの身体に起きていた変化は、もはや人間の領域を完全に超越していた。
先祖が代々受け継いできた伝統的な龍の角とは異なり、ヘリオスの額からは高密度に圧縮された純白の炎そのもので形成された美しい二本の角が突き出している。さらに、その精悍な目元には、古代文字を思わせる神秘的で力強い緋色の紋様が刻まれていた。
それは、彼の中に眠っていた龍の血が実に八割ほどまで覚醒した証。ヘリオスが放つオーラは、もはやただの人間のものではなく、段階的に、しかし確実に「神話の龍」そのものの存在へと近づいていっていた。
「……レオン、大丈夫か?」
ヘリオスが静かに声をかけながら、傍らで力尽きて倒れ込んでいたレオンの方へと振り返る。彼はレオンの傷口にそっと手をかざし、自らの体内で脈打つ高熱の炎の力を優しく、しかし的確に流し込んだ。
ヘリオスの纏う炎は、ただ焼くためのものではない。傷ついた肉体を癒やし、細胞を活性化させる聖なる生命の炎だった。
「っ……ありがとう、ヘリオス……。体が嘘のように軽い……!」
レオンは驚きの表情を浮かべながら跳ね起き、愛用の魔導書を再び強く握り締めた。しかし、レオンの心の内には、先ほどから拭い去れない奇妙な違和感が渦巻いていた。
(なんだこの気配は……? ヘリオスから感じ取るのは、確かに炎の力だ。だが……それだけじゃない。この底知れない熱量は、まるで世界を焼き尽くす原始の業火そのものだ……!)
レオンが驚愕の視線を向ける中、目の前で起きていたのはそれだけではなかった。
『――グズッ……パリパリパリ……ッ!』
先ほど、ゼノンが自ら切り捨てたはずの両足の断面から、不気味な黒い霧が噴き出し、凄まじい速度で肉と骨が再構築されていた。黄泉還りの剣聖と呼ばれ、死の淵すらも自らの意志で踏み越えてきたゼノンの再生能力は、もはや常軌を逸している。数秒もたたぬうちに、他的な足は完全に元の状態へと戻り、万全の戦闘態勢が整っていた。
「ほう……その姿、面白い。まさか、人間がそこまでの域に到達するとはな」
ゼノンは初めて口元にわずかな笑みを浮かべ、愛刀を構え直した。
迷いを完全に捨て去り、龍の血を八割まで覚醒させたヘリオス。
相棒の治療を終え、再び鋭い魔導の眼光を研ぎ澄ましたレオン。
そして、死をも超越した驚異の再生力を持つ不死身の剣聖ゼノン。
三者の放つ莫大な殺気と魔力が激しくぶつかり合い、広間の空気が沸騰したように歪む。
そして、互いの極限の技が同時に解き放たれ、決戦の火蓋が再び切って落とされた。
「行くぞ……! 僕たちのすべてを懸ける!」
ヘリオスの身体から噴き出した炎が巨大な翼の形を模し、猛烈な勢いでゼノンへと突進する。
「――龍炎・暁天光っ!」
同時に、レオンが絶対零度の冷気を圧縮した氷の奔流を解き放つ。
「――氷魔導・グレイシアル・バーストっ!」
圧倒的な熱量を持つ炎の龍撃と、すべてを凍てつかせる氷の奔流。それに対し、ゼノンは微動だにせず、真っ向から愛刀を振り抜いた。
「――黄泉還り・絶神空刃っ!」
三つの強力な技が激突した瞬間、広間の床が逆巻き、凄まじい衝撃波が城の壁を吹き飛ばした。
光と炎が交錯する激しい攻防の最中、ヘリオスは隙を見逃さなかった。八割覚醒した龍の血が生み出す神速の踏み込みで、ゼノンの防御のわずかな死角へと滑り込む。
「そこだっ……!」
ヘリオスの放った純白の炎の刃が、ゼノンの予測を遥かに超える速度で閃いた。
――ガキィンッ! ズシャアァァァッ!!
「……なにっ……!?」
ゼノンの頑強な肉体を捉えた一撃は、彼の左腕の肩口から肘にかけてを綺麗に両断し、地面へと切り落とした。
しかし、これまでのゼノンであれば、切り落とした腕はすぐに黒い霧と共に再生するはずだった。だが、異変はまさにその刹那に起きた。
切り落とした該当の傷口から、通常の炎とは異なる、どこか神々しい黄金色の炎が突如として激しく燃え上がったのだ。
「ぐっ……これは……!?」
ゼノンがわずかに眉をひそめる。その黄金の炎は、ただの燃焼ではない。ゼノンの肉体を蝕み、再生の要である細胞の結合そのものを完全に焼き尽くし、傷口を強力に塞ぎ続けることで、その驚異的な「再生の力」を根底から完全に封じ込めていた。
ヘリオスの覚醒した炎の力が、死をも恐れぬ不死身の剣聖の体に初めて「止まれ」という絶対の制限を刻み込んだのだ。
広間に漂う緊張感が、一瞬にして別の熱を帯びたものへと変わる。
これまで常に無機質で、感情の読めなかったゼノンの瞳に、熱い闘志の色が鮮やかに灯った。彼は切り落とされ、再生を止められた左腕を一瞥すると、ふっと満足げに笑みをこぼした。
「はっ……ははは……素晴らしい……!」
ゼノンは全身からさらなる強大な闘気を噴き出させ、その表情にはかつて人間だった頃の、戦いを心から楽しむ感情が鮮やかに表れていた。
「こんなに心が滾る戦いは、いつ以来か……! よろしい、その命の輝き、この剣ですべて受け止めてやろう!」
傷口の再生を封じられながらも、むしろそれを楽しむかのように笑うゼノン。
龍の血を覚醒させ、先祖の意志を背負ったヘリオス、互いのすべてを賭けた死闘は、いよいよ最高潮のクライマックスへと突入していくのだった。




