第52話 氷結と風雷の挟撃
「――雷光双牙・破岩砕っ!」
ガレオンの放った渾身の一撃が、バルドの誇る岩の装甲を粉々に粉砕した。凄まじい衝撃波が広間を揺らし、バルドの巨体が盛大によろめく。
「やったか……!?」
ヒューガが息を弾ませながらその様子を見据えたが、次の瞬間、砕け散ったはずの瓦礫の足元から、異様な熱気と禍々しい気配が噴き出した。
「ふざけるな……この程度で、この俺が沈むとでも思ったか……!」
バルドのうめき声と共に、砕けた岩の破片が一箇所へとドロドロに溶け出すように集まり始めた。それはただの岩石ではない。見る者を圧倒する、まるで煮え滾るマグマのように真っ黒に濁った泥状の物質が、彼の全身を覆い尽くしていく。
それは熱を帯びた通常のマグマとは異り、あらゆる魔力をドロリと吸収し、無力化してしまう『黒きマグマの装甲』だった。
ヒューガはすぐさま愛用の槍を振るい、風の魔力を纏わせた斬撃を放った。
「――風霊疾走・真空斬っ!」
鋭い風の刃が黒きマグマの装甲へと直撃したが、驚くべきことに、斬撃はそのドロドロとした粘質に吸い込まれるようにして霧散し、バルドの身体にはかすり傷一つつけられなかった。
「なんだと……!? 俺の風の刃が、完全に無効化された……!?」
ヒューガが顔色を変えて後じさった。すかさずガレオンも雷の魔力を込めた双剣で踏み込み、渾身の突きを繰り出した。
「――雷光双破斬っ!」
紫電の奔流が黒きマグマに突き刺さるが、それすらもドロドロとした粘性の魔力によってねっとりと絡め取られ、電撃のエネルギーが綺麗にかき消されてしまう。
「くっ……! 電撃すらも通じないっていうのか……!」
ガレオンの双剣が弾き返され、二人は圧倒的な絶望感に息を呑んだ。
ヒューガの風も、ガレオンの雷も、今のバルドの持つ「黒きマグマの装甲」の前にはまったく通用しない。あらゆる物理攻撃も属性魔法もドロドロの粘性と莫大な密度ですべて無効化されてしまうため、為す術もなく二人はその場で立ち往生するしかなかった。
「どうした、終わりか? お前たちの攻撃など、俺のこの新しい装甲の前ではただの微風も同然よ!」
バルドが不気味な笑みを浮かべ、黒きマグマを纏った巨大な拳を振り上げた。その一撃が放たれれば、今度こそひとたまりもない。
(くそっ……! あのドロドロとしたマグマの装甲、どうやって攻略すればいいんだ……!)
ヒューガは冷や汗を流しながら、必死に頭を回転させた。風は通じない、雷も吸収される。なら、あの流動的で強固なマグマを無力化するにはどうすればいいのか――。
(……待てよ。ドロドロのマグマ、そしてあの尋常ではない熱量と密度……。あれは、急速に冷やし固めれば、流動性を失って脆い『ただの石塊』に戻るんじゃないのか……!?)
ヒューガの脳裏に一つの逆転の戦術がひらめいた。
「ガレオン! 聞いてくれ!」ヒューガは焦燥を押し殺し、相棒へと叫んだ。「あの黒いマグマ、あれの正体は熱を帯びた流動体だ! あのままじゃどんな攻撃も吸収されるが……もし、急激に冷やすことができれば、あのドロドロの装甲を固定化させて脆く砕けるはずだ!」
ヒューガの鋭い分析に、ガレオンの瞳に強い光が戻
る。
「なるほど……! 流動しているからこそ無効化されるなら、動きを止めてしまえばいいんだな! ならば、俺のあの技が使える……!」
「――急激に冷やし固めて、動きを止める……! なるほど、流動しているからこそどんな攻撃も吸収されるなら、あのドロドロのマグマを凍てつかせて固定化させればいいんだな!」
ヒューガのひらめきを瞬時に理解したガレオンは、力強く頷きながら新たな構えをとった。
目の前では、バルドが不気味にうねる黒きマグマの装甲をさらに禍々しく膨らませ、圧倒的な殺意を放ちながら迫り来ている。
「無駄だ! お前たちの足掻きなど、この絶対の装甲の前にはすべて無意味に消え去るのみよ!」
バルドが黒きマグマの巨拳を振り上げ、周囲の空気を焼き尽くすような重撃を放った。
「――黒岩熔獄拳っ!」
ドロドロとしたマグマの奔流が津波のように押し寄せる。しかし、ヒューガとガレオンはもはや怯まなかった。
「行くぞ、ガレオン! 一気に奴の動きを縛り上げる!」
「任せろ……! 凍てつけ、我が烈風の風!」
ヒューガは愛用の槍を激しく振るい、ただの風ではなく、周囲の大気を極限まで冷却しながら吹き付ける凍てつく暴風を放った。
「――風霊凍結・氷嵐の息吹っ!」
同時に、ガレオンは双剣にすべての魔力を集中させ、対象の熱を奪い去るような絶対零度の冷気を纏わせた特殊な雷撃の斬撃を解き放つ。
「――極寒双雷閃っ!」
ヒューガの放つ氷嵐の息吹と、ガレオンの凍てつく双雷閃が完璧にタイミングを合わせ、バルドの全身を包み込む黒きマグマへと直撃した。
『――ゴォォォッ……!!』
凄まじい冷気が一瞬にして周囲の熱を奪い去る。
ドロドロと流動し、あらゆる攻撃を無効化していたはずの黒きマグマの装甲は、その急激な温度低下に耐えきれず、ジリジリと音を立てながらみるみるうちに硬化していった。流動性が失われ、ただの黒い岩石へと変貌していく。
「なっ……!? なんだこれ……身体が、動きにくい……!?」
バルドは焦りの色を浮かべ、黒きマグマを動かそうとしたが、すでに手遅れだった。完全に冷え固まった装甲は、柔軟性を失い、逆に彼の巨体をガチガチに縛り付ける足枷へと変わっていた。
「今だ……! 動きの止まったその装甲ごと、完全に砕き割る!」
ヒューガとガレオンは息を合わせ、文字通り全霊を込めた渾身のコンビネーション技を叩き込むべく、同時に跳び上がった。
「――風雷双撃・砕岩破っ!」
風の加速と、雷の破壊力が一つに融合した究極の一撃が、凍てついたバルドの装甲の真中心へと完璧に突き刺さる。
『――パキィィン……!! バキャアァァァッ!!』
神殿の床を揺るがすほどの激しい爆発音とともに、黒きマグマの装甲は粉々に砕け散り、バルドの巨大な身体はたまらずその場に崩れ落ちた。
絶望的な防御を誇った難攻不落の敵を、二人の機転と連携が見事に打ち破った瞬間だった。




