第47話 微かな光の道標と、動き出す別動隊
冷たく荒涼とした黒曜の谷の風景が、歩みを進めるごとに一層険しさを増していく。
周囲を覆う不気味な瘴気は濃くなり、視界を遮る岩肌の影からはいつ何時、何が飛び出してくるか分からない。緊張感が張り詰める中、ヘリオス、ジンガー、ヒューガ、レオン、そして兄との哀しい別れを乗り越えたガレオンの一行は、ロキの居城を目指して慎重に足を進めていた。
道なき道を黙々と進む最中、先頭を歩いていたジンガーがふと足を止め、右手を挙げて一行に静止の合図を送った。
「……待て」
ジンガーのただならぬ気配に、ヘリオスたちが即座に武器を構えて周囲を警戒する。しかし、魔物の気配や敵の奇襲の気配はない。ジンガーは地面に膝をつき、指先をわずかに宙に這わせながら、微かな魔力の波長に集中していた。
「どうした、ジンガー? 何かいるのか?」
ヒューガが低い声で問いかけると、ジンガーは険しい表情を緩め、驚きと安堵が入り交じった瞳で顔を上げた。
「いや、敵じゃない……。これは、シリルだ」
「シリルだって……!?」
ヘリオスが息を呑んで駆け寄る。ジンガーが指し示した岩肌の表面を凝視すると、そこには人間の肉眼では到底捉えられないほど微細な、しかし確かにシリル固有の魔力を帯びた光の粒子が、まるで星屑のように薄っすらと付着していた。
レオンは魔導書を開き、その魔力の波長を解析するように呟いた。
「間違いない。これはシリル特有の結界魔力の残滓だ。彼女は連れ去られる道すがら、僕たちに自分たちの居場所を知らせるために、意図的にこの微小な魔力を痕跡として残していったんだ……!」
ガレオンもまた、兄の墓標を背後に残してきたばかりの引き締まった表情のまま、その光の粒子を見つめて力強く頷いた。
「間違いなく、ロキの居城へ続く道だ……! シリルはまだ生きている。俺たちを待っているんだ!」
囚われた仲間が生きており、しかも自分たちへ確かな道標を残してくれているという事実が、疲弊していた一行の心に再び熱い闘志の炎を灯した。
「よし……! シリルが命がけで残してくれた道だ。見失わないように慎重に、だが急ごう!」
ジンガーの号令のもと、一行は一層気を引き締め、その微かな魔力の光を頼りにロキの居城へと再び足を進めていった。
時を同じくして。
黒曜の谷から遠く離れた後方の陣地にて、戦局の推移を見守っていたヴァルガスたちの元に、一羽の白い鳩が鋭い羽音を立てて舞い降りた。
パタパタと翼を畳んだその鳥は、ジンガーが飛ばした「伝書鳩」だった。
ヴァルガスが手早くその足結びから小さな羊皮紙の巻物を取り出し、広げて一読する。その場にいた仲間たちも緊張した面持ちでヴァルガスの顔を注視した。
「……どうでしたか、ヴァルガス聖騎士長? ジンガー副聖騎士長たちから何か連絡があったのか?」
仲間の一人が尋ねると、ヴァルガスは深く息をつき、しかし力強い笑みを浮かべながら巻物を仲間に見せた。
「ああ。ジンガーからの伝言だ……。奴らはすでに黒曜の谷に突入し、敵の居城へ向かっている。だが、そこは未踏の迷宮のような場所だ。俺たちも合流するため、ジンガーが道中で自身の微小な魔力を意図的に残してあるらしい」
ヴァルガスは拳を握り締め、仲間に向けた視線を一段と鋭くさせた。
「その魔力の痕跡を辿れば、迷うことなく同じ目的地――ロキの居城へとたどり着けるとのことだ。ヘリオスたちだけに行かせるわけにはいかない。俺たちもすぐに後を追い、決戦の地に加わるぞ!」
「おうっ!!」
ジンガーが残した魔力の道標という確かな手がかりを得たことで、ヴァルガスたち別動隊の士気も最高潮に達した。彼らはただちに装備を整え、ヘリオスたちを追うようにして、黒曜の谷の入り口へと一斉に駆け出していった。
それぞれの思いと、繋がれた魔力の糸を頼りに、すべての運命が収束するロキの居城へ向けて、地上と空の双方向から大いなる進軍が開始されたのだった。




