第46話 散りゆく雷光
漆黒の黒曜石が乱れ飛ぶ谷の空間で、狂気の双剣士ガレオスは圧倒的な殺意をその身に纏い、すべての理性を焼き尽くすかのような最強の一撃を放とうとしていた。
彼の両手の双剣からバチバチとすさまじい紫電が奔流となり、周囲の空気を歪ませながらガレオンへと迫る。
「――雷獄絶影双滅陣っ!!」
空間を引き裂くような轟音とともに、無数の雷光が網の目のように絡み合い、ガレオンを跡形もなく消し去ろうと殺到した。
だが、その死の絶技の嵐を目の前にしても、ガレオンの瞳に恐怖の色は微塵もなかった。彼は驚くほどに冷徹で、至って冷静だった。
荒ぶる感情に流されるのではなく、心の内側をどこまでも澄み切った水面のように静まり返らせる。ガレオンは自らの体内に流れるすべての魔力を極限まで絞り込み、全身の血管という血管、そして新調した双剣の隅々にまで寸分たがわず循環させていった。
極限まで圧縮された魔力は、肉体の限界を超えた加速と、鋼鉄をも両断する鋭利な気魄を生み出す。
すべてがスローモーションのように感じられる静寂の中、ガレオンは大地を蹴り、雷光の嵐の只中へと真っ直ぐに踏み込んだ。
そして、持てるすべての魂を一点に凝縮し、開眼したような鋭い眼差しで渾身の究極奥義を解き放つ。
「――極光双雷閃・終型っ!!」
ガレオンの両の双剣から放たれた閃光は、ただの雷ではない。それは、あらゆる魔力と物質の理を貫通する、世界を両断するような純白の光の太刀筋だった。
ガレオスの放った絶技の嵐の中心へと、その光の刃が迷いなく突き刺さる。
『――ガキィンッ……! ズシャアァァァッ!!』
凄まじい衝撃波が黒曜の谷の岩肌を粉々に吹き飛ばし、周囲の空間が一瞬にして静まり返った。
ガレオンの放った究極の一撃は、ガレオスの幾重にも張り巡らされた雷の防御障壁をものの見事に粉砕し、その肉体を深く、そして致命的に捉えた。
パキリ、とガレオスの双剣から魔力が霧散し、彼の身体が大きくよろめく。
圧倒的な気迫に満ちていたはずの狂気の瞳から力が抜け、ガレオスは耐えきれずその場に崩れ落ちるように膝をついた。
「……ぐっ……まさか……、俺の……この技を……」
ガレオスの口元から鮮血が零れ落ちる。
勝敗は決した。激しい息を整えながら、ガレオンは引きずり出されるような足取りで、倒れ込む兄の元へとゆっくりと詰め寄った。
泥まみれになりながらも、ガレオンは震える手で崩れ落ちた兄の肩を支え起こし、胸に燻り続けていた長年の疑問と、抑えきれない哀しみを真っ直ぐに問い詰めた。
「どうしてなんだ、兄貴……! どうしてあの時、何も言わずに聖都から姿を消したんだよ!? なんであんな大罪を犯して、ロキの配下になんてならなきゃならなかったんだ……! 教えろよ、兄貴……!」
ガレオンの声には、怒りよりも、失いたくない肉親を失う恐怖と、あまりにも理不尽な運命に対する絶望が滲んでいた。
血を流し、意識が薄れていく中で、ガレオスはふっと力を抜いた。その表情には、先ほどまでの狂気や冷酷さは微塵もなく、かつて聖都で幼い弟に見せていた、あの優しかった頃の面影が嘘のように蘇っていた。
ガレオスは苦しげに息を吐きながら、しかし微かに唇を動かして静かに答えた。
「……フッ、バカだな……。お前がここまで強くなったのなら、もう俺が隠し通す必要もないか……。俺はただ……己の中の壊れかけた誇りと、お前というたった一つの光を守るために、道を踏み外すしかなかったんだよ……。許してくれとは言わない……ただ、お前がその双剣で、自分の選んだ未来を掴み取ってくれたなら……俺はそれだけで、もう思い残すことはないさ……」
それは、すべてを己の罪として背負い込み続けた、兄としての不器用で、しかしあまりにも痛切な真実の告白だった。
ガレオスの微かな笑みが、あの日の記憶と重なり合う。
「兄貴……そんなの……そんなの聞いてねぇよ……っ!」
ガレオンの目からとめどなく涙が溢れ出し、兄の胸にすがりつく。しかし、ガレオスの身体を巡る命の火は、すでに消えかけようとしていた。
ガレオスはゆっくりと視線を上げ、冷たい黒曜の谷の空の彼方を見据えながら、消え入るような声で最期の言葉を紡いだ。
「……もう時間だな。……お前は、強い男になった……。あいつらと共に……前へ進め……。……ロキの居城は……ここから一日ほど歩けば……必ず着く……」
その言葉を最後に、ガレオスの身体からすべての力が抜け落ちた。
彼の顔には、苦痛の色はなく、長年の重荷から解放されたかのような、どこか安らかな眠りの表情が浮かんでいた。
『――兄貴……っ! 兄貴――っ!!』
谷間にこだまするガレオンの慟哭が、冷たい風にかき消されていく。
戦闘の静寂が戻った荒野で、ガレオンは仲間たちの助けを借りながら、その場に静かに、そして丁寧に兄の墓を建てた。二度と戻らない肉親への祈りと誓いをその土の山に捧げ、ガレオンは涙を拭い去ると、しっかりと前を向いて立ち上がった。
失ったものの重さを胸に刻み込みながら、ヘリオス、ジンガー、ヒューガ、レオン、そしてガレオンの面々は、すべての元凶であるロキの待つ居城へと向けて、再び力強く歩みを進めていったのだった。




