第41話 平原の行軍と、それぞれの未来
張り詰めた空気の中、魔導都市跡の陣地を後にしたヘリオス、ジンガー、ヒューガ、レオン、そしてガレオンの面々は、シリルを奪還し、すべての元凶であるロキを討ち果たすため、北西の未踏領域「黒曜の谷」へ向けて歩みを進めていた。
まだ黒曜の谷そのものには到達しておらず、一行は果てしなく広がる広大な平原を黙々と進んでいる最中だった。遮るもののない平原には冷たい風が吹き抜け、彼らの体力と精神力を容赦なく削り取っていく。しかし、その足取りに迷いや恐怖の色は微塵もなかった。それぞれの胸に宿るのは、囚われた仲間を救い出すという強い使命感と、必ず勝利するという不退転の決意だった。
見渡す限りの草原を歩く一行の中、ピリピリとした緊張感を少しでも和らげようとしたのか、ヒューガが前方を歩くヘリオスへとふと視線を向け、軽いトーンで声をかけた。
「なあ、ヘリオス……ちょっと気になったんだがさ。この戦いが終わって、ロキの野郎をぶっ飛ばしてすべてが片付いたら、お前……そのあと一体どうするんだ? 俺と一緒に冒険者やっていくか?」
ヒューガの唐突な質問に、隣で歩いていたヘリオスはわずかに足を止め、振り返った。その表情には、これまでの死闘で見せた鬼気迫る緊迫感とは打って変わって、どこか穏やかで温かな光が宿っていた。
「……そうだね。戦いが終わったらさ、この旅に出る前、俺にボロ布じゃないちゃんとしたこの服をくれたあの老夫婦の元へ、妹と一緒に顔を出そうと思ってるんだ。世話になったままで、ちゃんとした挨拶もできていなかったからさ」
ヘリオスは遠くの空を見つめるように目を細め、少しだけ照れくさそうな、しかし愛おしさを湛えた笑みを浮かべた。そして、思い出したように言葉を続ける。
「それにさ……出発する直前、幼なじみのミーナが僕にこう言ったんだ。『ヘリオス、帰ってきたらね、お話したいことがあるの』ってさ。あいつ、普段はそんなことあまり言わないから、少し驚いたけど……なんだか嬉しかったな」
ヘリオスが少し頬を赤らめながら照れくさそうに語るその姿を見た瞬間、ヒューガはニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべ、すかさず茶化すように声を張り上げた。
「おっ、なんだそれ……! それってまるで、『ヘリオスが帰ってきたら、私の夫になってください』って言ってるようなもんじゃねぇか! おいおいヘリオス、お前、幼なじみにベタ惚れされすぎて気づいてねぇのか? いやあ、青春だなァ!」
「なっ……! ば、馬鹿なこと言うなよヒューガ! ミーナはただの幼なじみだろ!」
ヒューガの直球すぎるからかいに、ヘリオスは顔を真っ赤にして慌てて否定する。その焦りようが余計に面白かったのか、ヒューガは声を上げてからかった。後ろを歩いていたガレオンも
「ほう、王子も恋愛沙汰には弱いらしいな」
と低く笑い声を漏らす。
殺伐とした道中に、仲間達として軽口と温かな笑い声がほんのひととき、心地よい風のように吹き抜けた。
少し落ち着きを取り戻したヘリオスは、顔の赤みを引っ込めながら、今度は視線を隣で静かに歩くレオンへと向けた。
「まったく、ヒューガはすぐそういう茶化し方をするんだから……。まあいいさ。それよりヒューガ、お前こそどうするんだ? この戦いが終わったら、またあちこちの街を放浪して気ままな冒険者暮らしでもするのか?」
ヘリオスから振られた質問に、ヒューガは片手で自分の後頭部をポリポリとかきながら、どこか照れくさそうに、しかしハッキリと言った。
「俺か? 俺は決まってるだろ。冒険者を続けて腕を磨くために旅に出るさ。それに、親父のように立派な冒険者になる。いつか、あの親父にに恥じないような、親父を超えるすげぇ冒険者になってやるのさ。それが俺の生き方だからな」
ヒューガの力強い答えにヘリオスが深く頷いたあと、ヒューガはふと思い出したように、今度は一歩後ろを歩いていたレオンへと視線を移した。
「そういえばレオン、お前にも聞いておかなかったな。普段は聖都に通っている学生の身分でありながら、こうして戦いに加わってくれているお前だが……戦いが終わったらどうするんだ? また学校に戻って学問に励むのか?」
ヒューガからの問いかけに、レオンは左手にしっかりと握りしめていた愛用の「魔導書」をそっと抱え直した。冷たい風が彼の青銀色の髪を揺らす中、普段の戦闘や思考で見せる「冷徹かつ徹底的な合理主義者」としての鋭い眼差しをわずかに和らげ、しかし迷いのない瞳で前を見据えて答えた。
「もちろん聖都の学校へは戻るさ。だが、卒業した後の進路については、もう自分の中で決めていることがあるんだ」
レオンの真剣なトーンに、ヒューガやヘリオスもふざけるのをやめ、耳を傾ける。
「進路ってのは……何だ?」
「……『魔力を用いず、誰にでも役に立つものを作っていくこと』。それが、僕がこれから没頭しようと考えている研究さ」
レオンは少し言葉を区切り、自らが肌身離さず持ち歩いている魔導書の表紙を撫でながら続けた。感情論や無駄を嫌い、常に最も効率的で確実な手段を選ぶ彼だからこそ、その言葉には奇妙な説得力があった。
「今回の戦いを通じて痛感した。この世界には生まれながらに強大な魔力を持つ者もいれば、まったく魔力を持たない人々も大勢いる。そして、僕たちが日常で使う魔法や魔導具の多くは、結局のところ才能ある一部の人間や戦闘のためのものばかりだ。不合理で非効率なシステムは、いつの時代も不要な悲劇を生む。だからこそ、本当にこの世界の暮らしを豊かにし、人々の力になるのは、特別な魔力なんて必要とせず、誰もが等しく扱えて生活の役に立つ技術や道具なんじゃないかって合理的に判断したんだ。僕は、これまでの魔法の知識をすべて別の形に応用し、誰もが日常で使える便利なものを生み出す研究に、残りの人生のすべてを捧げようと思っているんだ」
レオンの言葉には、情に流されるのではなく、冷徹なまでの合理的な思考から導き出された「誰もが平穏に暮らせる世界を築くための最善手」という強い意志と、未来への確かな覚悟が込められていた。
「なるほどな……聖都の学生らしいマジメな考え方かと思いきや、お前らしい徹底した合理主義の末に行き着いたデカい目標ってわけか」
ヒューガは少し驚いたような顔をしたあと、ニカッと笑ってレオンの背中を軽く叩いた。
「だが、お前がそういう誰かの役に立つものを作ってくれたら、世の中もっと面白くなりそうだな。応援してやるよ」
「ああ、期待していてくれ。絶対に形にしてみせるさ」
レオンも微かに口元を緩め、仲間からの言葉を受け止めた。
仲間たちの未来への誓いと温かな会話を交わしながら平原を突き進む一行。
やがて、どこまでも続かように思えた見渡す限りの平原の景色が徐々に変わり始め、彼らの視界の先には、黒々とした険しい岩肌と不気味な瘴気を漂わせる険しい山岳地帯――いよいよ目的地である「黒曜の谷」の入り口が、冷たくその姿を現しはじめるのだった。




