第40話 北西の足跡と、反撃の進軍
冷徹な静寂と破壊の痕跡が残る魔導都市跡から、ヘリオスたちが再び立ち上がるための反撃の狼煙を上げようとしていた頃――。
はるか遠く、戦火を逃れながら新たな陣地を築いていた聖都の騎士団にも、一つの重大な知らせがもたらされようとしていた。
灰色の空の下、ヴァルガスが率いる聖都の騎士団の臨時拠点に、一羽の伝書鳩が力なく降り立った。
その足元に括り付けられていたのは、ジンガーたち一行が経験した凄絶な戦闘、そしてシリルが連れ去られた顛末を記した伝言だった。
鳩の足から巻物を受け取り、素早く目を通したヴァルガスは、そのあまりにも衝撃的な内容に息を呑み、思わず絶句した。傍らに控えていた息子・ヴァルキリーや、生き残った聖騎士たちも、団長のただならぬ様子を察して緊張の面持ちで固唾を飲む。
「……父上、一体何があったのですか? 副聖騎士長たちに、何が……」
ヴァルキリーの問いかけに、ヴァルガスは厳しい表情のまま紙から視線を外し、重々しい声で告げた。
「……信じがたいことだが、ジンガーたちが拠点としていた魔導都市跡にて、『六人の大罪人』の一人である『黄泉還りの剣聖』ゼノンが襲撃してきたらしい。部隊は壊滅的な被害を受け、一時は全員が瀕死の重傷を負ったとのことだ……」
「なっ……! あの聖騎士たちを蹂躙した大罪人が、今度はヘリオスたちの前に……!? では、副聖騎士長たちの安否は……!」
「命までは奪われなかったようだが……。だが、事態は最悪だ。敵との交渉の末、回復役であるシリルが自ら身代わりとなり、奴らに連れ去られてしまったという」
周囲の騎士たちから、どよめきと悔しげな呻き声が漏れ出る。仲間を人質にとられ、圧倒的な力の前に完敗を喫したという事実が、聖都の精鋭たちの胸に重くのしかかった。
しかし、ヴァルガスはそこでただ絶望に浸るような男ではなかった。彼は歴戦の将としての鋭い洞察力を働かせ、震える手で握りしめられた伝言の末尾に記された一文を凝視する。
(待て……これは……!)
伝言の最後には、ジンガーが鋭い観察眼で捉え、血を絞るようにして書き残した一つの決定的な情報が記されていた。
それは――『シリルを連れ去ったゼノンが、その場を去る際に北西の方角へと移動していった』という目撃証言だった。
「父さん、どうなされたのですか? 何か、敵の居場所につながる手立てでも……?」
ヴァルキリーが覗き込むように尋ねると、ヴァルガスはかすかに笑みを浮かべ、力強く頷いた。
「ああ、そうだ……! 絶望的な状況だが、一つだけ、奴らの居場所を割り出すための確かな手がかりがある。この伝言によれば、ゼノンがシリル殿を連れて去った方角は、魔導都市跡の『北西』だ」
その言葉に、周囲の騎士たちの顔つきが変わる。
「北西……! ですが、魔導都市北西といえば、かつて険しい山岳地帯と、帝国時代から放置された難所が広がる開かずの領域ではありませんか!」
「そうだ。だが、隠れ家を求めるのであれば、人目につかないあの一帯こそが奴らにとって最も好都合な場所と言える。それに、我々が現在陣取っている新たな拠点と、かつての魔導都市の位置関係を照らし合わせれば……奴らが向かったおおよその目的地を正確に絞り込むことができる!」
ヴァルガスは即座に周囲の地図を広げさせ、コンパスを手にして現在の拠点と魔導都市跡の位置に印をつけた。二つの地点を結び、そこから北西へと伸びるベクトルを導き出す。
そこには、かつて誰も踏み入ることができなかった不気味な廃墟群――通称「黒曜の谷」と呼ばれる領域が浮かび上がった。
ロキが潜み、シリルが囚われている真の拠点。その居場所を炙り出すための唯一にして最大の糸口が、いまやはっきりと形を成した瞬間だった。
「見つけたぞ……ロキ、そして大罪人ども。お前たちがどれほど周到に罠を張り巡らせようとも、残された足跡さえあれば、狩人から逃れることはできん!」
ヴァルガスは立ち上がり、全軍に向けて厳かでありながらも闘志に満ちた号令を飛ばした。
「全軍に告ぐ! これより我々は、魔導都市の北西に位置する未踏の領域へと進軍する! 囚われたシリルを奪還し、王国を脅かすすべての元凶を討ち滅ぼすのだ! 準備を急げ!」
ヴァルガスの力強い檄に、負傷を押した聖騎士たちが再び立ち上がる。恐怖や疲労の色は消え去り、そこにあったのは仲間を救い、国を、世界を護るという揺るぎない決意と闘志だった。
一方その頃、ヘリオスたちもまた、先祖と古龍から授かった死なない敵への対処法を胸に秘め、同じく北西の領域へと向けて動き出そうとしていた。
散り散りになっていた反撃の歯車が、今、一つの目的地に向かって音を立てて噛み合い始める。
ロキの待つ深淵へと続く道。
王国の命運を賭けた、最後の決戦に向けた進軍が、いま静かに、しかし確かな足取りで始まったのだった。




