第35話 静寂の狂信と、無の剣聖
冷徹な夜気が漂う魔導都市跡の深部。ジンガーから報告を受けたヘリオス一行は、さらなる情報と敵の狙いを暴くため、怪異の光が漏れ出る大聖堂の廃墟へと足を踏み入れた。
瓦礫を縫うようにして進んだ先、そこに広がっていたのは、やはり不気味な光景だった。
数え切れないほどの人間たちが黒いローブを纏い、身じろぎもせず中央の祭壇に向かって整然とひざまずいている。その中央では巨大な焚き火が燃え盛っていたが、不思議なことに周囲には物音一つせず、異様な静寂だけが支配していた。
「おい、そこのお前たち……! 一体ここで何を企んでいる!」
ヒューガが鋭い声を張り上げ、信者たちの肩を掴もうと歩み寄る。しかし、声をかけられた信者たちは誰一人として返事をせず、振り返ることもない。まるで魂の抜けた人形のように、ただひたすらに祭壇を見つめ続けていた。
「……気味が悪いな。まるで全員、魂でも抜かれているようだぜ」
傍らでシリルがわずかに身震いし、そっと杖を握りしめる。
その異様な雰囲気に、ヒューガの眉間に苛立ちの皺が寄った。
「しゃらくさい……! 話す気がないなら、こんな不気味な真似はここで終わりにしてやる!」
我慢の限界に達したヒューガは、愛用の剣に自身の【風】の魔力を一気に注ぎ込み、その切っ先から鋭い真空の刃を放った。狙うは、信者たちが狂信的に崇める中央の祭壇――そのものだった。
『――轟ッ!!』
凄まじい風圧が廃墟の空間を引き裂き、祭壇へと直撃する。次の瞬間、巨大な祭壇は木端微塵に粉砕され、周囲を包んでいた不気味な炎の渦も一瞬にしてかき消された。
祭壇が破壊された瞬間、それまで人形のように微動だにしなかった信者たちの動きがピタリと止まった。
そして、一斉に首をねじ曲げ、鬼の形相――血走った狂気と殺意に満ちた目を宿し、ヘリオスたちへと一斉に睨みつけてきたのだ。その異様な光景に、ガレオンやレオンも身構える。
「ほう……よくも神聖な儀式を邪魔してくれたな」
その時、粉砕された祭壇の奥に広がる闇の向こうから、重く冷たい声が響いた。
闇を切り裂くようにしてゆっくりと歩み出てきたその人物の姿を見た瞬間、ヘリオスは息を呑んだ。
銀灰色の髪を風になびかせ、虚無的で冷徹な瞳を湛えた男。その圧倒的な気配だけで、周囲の空気が凍りつく。
――『六人の大罪人』の一人、『黄泉還りの剣聖』ゼノンだった。
ゼノンは冷ややかな視線を粉々になった祭壇へと向けた後、静かにヘリオスたちへと目を据え、淡々と言い放った。
「……なぜ、こんな無意味な破壊をした。彼らはただ、静かに世界の終わりと新たな王の到来を祈っていただけだというのに……いや、いい。邪魔立てする者には、等しく死を与えるまでだ」
ゼノンが言葉を終えるか終えないかのうちに、その身体から凄まじい気圧が放たれ、周囲の瓦礫が音を立てて浮き上がる。一瞬にして、戦闘態勢へと突入したのだ。
『黄泉還りの剣聖』ゼノンが操るソルシュは己の潜在意識の投影【無の力】。
それは、己の「無の境地」と潜在意識を極限まで研ぎ澄ませた、真空の刃を生み出す力だった。感情や邪念を一切断ち切った極致の無の力が、あらゆる物質や魔法の防御を完全に無効化し、すべてを両断する。
「来るぞ……ッ!」
ジンガーが鋭く叫んだ瞬間、ゼノンの姿がかき消えた。
目に見えないほどの超高速で踏み込んだゼノンは、手に持った剣すら抜かぬまま、潜在意識で極限まで研ぎ澄ませた無の真空の刃を、一直線にヘリオスたちへと叩きつけた。
激突の瞬間、圧倒的な「無」の圧力がシリルが素早く展開した魔力障壁を紙細工のように切り裂いていく。最強の戦力である大罪人が牙を剥いたその日、魔導都市跡は一瞬にして血と絶望の闘技場へと変わったのだった。




