第34話 蘇る記憶と、蠢く狂信者たち
張り詰めた緊張感が漂う魔導都市跡の拠点で、斥候に出ていたジンガーの姿はいまだ見えぬまま、残された仲間たちは重苦しい沈黙の中に身を置いていた。
焚き火の揺らめく炎を見つめながら、ヒューガはふと眉間を寄せ、近くに立っていたヘリオスへと鋭い視線を向けた。
「なあ、ヘリオス……ちょっと引っかかることがあるんだが。『六人の大罪人』ってのは、かつてお前の国で大罪を犯して投獄されていた連中だろ? ロキによって奴らが自由を得たって話だが……だとすれば、お前は昔から王族としてその国にいたわけだ。それなのに、お前は当の本人たちのことについて、これまでほとんど何も語っちゃいないじゃないか。もしかして、何も知らないわけじゃないよな?」
ヒューガの率直な問いかけに、その場にいるレオンやシリル、ガレオンもハッとしたように視線をヘリオスへと集めた。
その瞬間、ヘリオスの身体がビクリと硬直した。
「……あっ」
心の奥底に蓋をしていた忌まわしい記憶の扉が、ヒューガの言葉をきっかけに音を立ててこじ開けられる。ヘリオスはハッと息を呑み、動揺を隠せないまま仲間たちの顔を見回した。
「……そうだね。俺が知らなかったわけじゃない。……ただ、ずっと語るのが怖かったんだ」
ヘリオスはうつむき加減に拳を握り締め、意を決したようにゆっくりと顔を上げた。その瞳には、かつての幼い恐怖と、王としての強い覚悟が入り交じっていた。
「『六人の大罪人』……その恐るべき罪状と二つ名を、皆に話すよ」
ヘリオスの低い、しかしはっきとした声が静まり返った廃墟に響き渡る。
「一人目は、ヴァルガスさん達との戦いでジークの仲間でありながらその手にかけられた『虚飾の暗殺者』レイヴン。
罪状は、機密の売買や欺瞞による政治中枢の瓦解、数々の要人暗殺を実行した『国家転覆・大逆罪』。
性格は冷徹理知的で優雅な紳士を装うが、他者を駒としか見ない。世界の崩壊と混乱の果てを、高みから優雅に観測することを好む男だった。
二人目は、『血塗れの遊戯者』ジーク。
罪状は、身分を問わず無数の人命を猟奇的な手口で奪い続けた『王国史上最悪の連続猟奇殺人』。
性格は善悪の概念が完全に欠落した純粋な殺人鬼。他人の恐怖に歪む顔や絶命の瞬間のきらめきを愛し、合法的な殺戮の環境に歓喜している。
三人目は、『狂宴の双剣士』ガレオス。
罪状は、国軍最高戦力でありながら、自軍の兵士数百人を惨殺した『狂気の大虐殺』。
性格は常に薄ら笑いを浮かべる戦闘狂。戦闘や殺戮に異常な快楽を覚え、王国への復讐というよりは暴れる口実を求めている危険人物。
四人目は、『黄泉還りの剣聖』ゼノン。
罪状は、己の極限の強さを追い求めるあまりに禁忌の力を使い、神をも恐れぬ不敬の罪で闇に葬られた『神敵の極罪』。
性格は常に虚無的で冷徹。感情の起伏がほとんどなく、ただ「真の強者」と戦い、その手で斬る事だけに執着している。ロキの下についたのも、その先にあるさらなる強者を見据えているから。
五人目は、『呪術の魔女』エルミラ。
罪状は、生贄の魂を使って不老不死と他人の魔力を奪う実験を繰り返した『禁呪の極罪』。
性格は冷酷知性的で、美と若さに異常な執着を持つ。
そして、六人目は、『鉄腕の巨獣』バルド。
罪状は、かつて他の王国の搾取に耐かねて反乱を起こし、要塞を素手で叩き潰して貴族を圧殺した『国家転覆の謀反』。
性格は寡黙で粗暴な巨漢。その王国に家族を奪われたことで、現在は『人間不信の破壊衝動の塊』と化している。
ヘリオスが一人ひとりの罪状と二つ名を語り終えると、ヒューガは深く溜息をつき、呆れたような、しかしどこかホッとしたようなトーンで声を漏らした。
「おいおい……最初から言えよ! 知ってたなら早く教えてくれれば、対策だって立てやすかったってのに……ってまあ、怒りはしないさ。ただ、知っているなら早く共有して欲しかったぜ」
ヒューガの言葉に、ガレオンも頷きながら苦笑する。
「ああ、ヒューガの言う通りだな。だが……ヘリオスの様子を見れば、隠していたわけではないと分かる。何か理由があったんだろう?」
仲間たちの優しい視線を感じながら、ヘリオスは自嘲気味に小さく首を振った。
「ごめん……。実は、この『六人の大罪人』についての話は、幼い頃に母から聞かされたものなんだ。当時の僕にとってはあまりにも残酷で恐ろしくて……心の奥底、二度と開けないような恐怖の引き出しにしまい込んでいたんだよ。だから、名前を聞くだけで身体がすくんでしまって……これまで思い出すことすらできなかった」
ヘリオスは自身の胸元に手を当て、続ける。
「だけど、ロキが動き出し、あの連中がこうして現実の脅威として活発に活動し始めたことで、心の奥深くに封印されていた記憶の蓋が無理やりこじ開けられてしまったんだ……。恐れていた過去が、現実として僕の目の前に迫ってきている」
ヘリオスの震える声を察し、シリルが優しく寄り添うように微笑みかけた。
「ヘリオスくん……一人で抱え込まないで。これからは私たちも一緒よ。もう怖がる必要なんてないわ」
シリルや仲間たちの温かい言葉に、ヘリオスがようやく安心したような表情を取り戻したその時――。
「――話し込んでいるところ悪いが、のんびり感傷に浸っている暇はなさそうだな」
静まり返った大聖堂の入り口から、冷徹で落ち着いた声が響いた。
音もなく闇夜から戻ってきたジンガーだった。彼は鋭い瞳を光らせ、一同を見回しながら足早に歩み寄ってくる。
「ジンガー副聖騎士長! 斥候ご苦労様であります。何か掴めましたか?」
シリルが声をかけると、ジンガーは険しい顔つきのまま腕を組み、先ほど自らの目で目撃した異常な光景を語り始めた。
「あぁ……予想以上に事態は最悪だ。この都市の深部で、私はとんでもないものを見てきた。……誰もいないはずの廃墟の中で、おびただしい数の人間たちが黒いローブを纏い、中央の祭壇に向かって狂信的な祈りを捧げているのを見たんだ」
ジンガーの口から語られた「宗教団体」の存在。
魔導都市跡の深部でロキを神と崇め、不気味な炎を燃え上がらせていた者たちの正体を知り、ヘリオスたちは再び全身の血が凍るような緊張感に包まれるのだった。




