第31話 狂気の氷刃と、風塵の激突
相棒であるレイヴンを拘束鎖で縛り上げ、地面へと縫い付けたはずだった。しかし、その背後で起きた異変に気づいた瞬間、ヴァルガスの背筋に凍てつくような悪寒が走る。
「……なっ……!?」
そこにあったのは、もはや原形をとどめていない惨たらしい光景だった。
『血塗れの遊戯者』ジークは、自らの手で仲間であるはずのレイヴンをその手にかけていた。レイヴンの四肢は鋭い氷の杭によって地面へと無残に突き刺され、そして――その首から下は、見る影もなく消え失せていた。
ジークは返り血に染まった手を満足げに眺めながら、ねっとりと湿った笑みを浮かべる。
「あぁ、いい眺めだぁ……。この美しい闇の色彩、完璧なシルエット……。僕のコレクションに加えるには、これ以上ない最高の一品さぁ」
ジークは、首から下の肉体を綺麗に氷漬けにし、自分のコレクションとして持ち去るために無残に解体していたのだ。『六人の大罪人』として同じ陣営に属し、ロキ様の元へと馳せ参じて忠誠を誓ってはいるものの、彼らに「仲間意識」などという甘ったれた絆は微塵も存在しない。互いの利害が一致しているだけの、ただの冷徹なビジネスパートナーに過ぎないからこそ、こうして仲間を私欲のコレクションにすることにジークは一切の躊躇すらなかったのだ。
狂気に満ちたその悍ましい所業を目の当たりにし、ヴァルガスは怒りと吐き気を同時に覚えた。
「貴様……! 味方ですら自分の玩具にするというのか……っ!」
「おやぁ? 怒っているのかい? 素晴らしい芸術品を永遠の形として保存してあげてるんだ、感謝してほしいくらいだけどねぇ! そもそも、あいつと僕の間に馴れ合いなんてないのさ。ロキ様のためにおのおのが動いているだけの、ただの仕事仲間だろ?」
ジークが両手を広げると、周囲の地面を埋め尽くしていた霜が一気に逆巻くように吹き荒れた。彼が操る【氷】のソルシュの魔力が限界を超え、周囲の樹木や石畳を瞬く間に凍てつかせる。冷気は鋭い氷の槍へと姿を変え、無数に宙へと浮かび上がった。
「凍りついて、僕のコレクションの一部になりなよぉ!」
ジークの号令とともに、数え切れないほどの氷の槍が暴風雨のごとくヴァルガスへと降り注ぐ。
怒りと疲労で息を荒らげるヴァルガスだったが、その瞳に怯えの色は微塵もない。彼は大剣を力強く構え、自身の属性である【風】の魔力を再び限界まで高めた。
「仲間すら食い物にする外道め……! これ以上、貴様を野放しにはけん!!」
ヴァルガスの身体を纏う疾風が、周囲の空間を切り裂くほどの暴風の壁へと変わる。
無数の氷の槍が風の壁に激突し、凄まじい爆風と無数の氷の破片が四散した。白煙と冷気が立ち込める中、ヴァルガスは風の加速を利用して一気に間合いを詰める。
狙うは、ジークの懐。
しかし、ジークは不気味にほくそ笑んだまま、足元の氷を蹴って宙へと跳躍した。彼の周囲には、恐怖と絶望の感情を形にしたような漆黒の冷気が渦巻いている。
「そんな単調な怒りじゃ、僕には届かないよぉ!」
ジークが巨大な大鎌を頭上から振り下ろす。その刃には絶対零度の冷気が纏わされ、触れただけで肉体ごと凍結させるほどの殺気が込められていた。
ヴァルガスは紙一重でその一撃を大剣で受け止めたが、衝撃と凄まじい冷気が全身の皮膚を突き刺す。
「ぐっ……おのれ……!」
「どうしたの、聖都の団長さん? もう息切れかい? なら、あいつと同じように永遠の氷漬けにしてあげるよぉ!」
ジークの圧倒的な怪力と氷の魔力がヴァルガスを押し込んでいく。冷気がヴァルガスの足元からはい上がり、自由を奪おうと容赦なく絡みついてくる。絶体絶命の窮地。
だが、ヴァルガスは歯を食いしばり、その冷気を逆手に取るように全身の風の魔力を一点に集中させた。
「調子に乗るなよ……! 私たちが背負うのは、この聖都の誇りだ!!」
ヴァルガスの全身から爆発的な風圧が吹き荒れ、ジークの纏う冷気を一瞬にして吹き飛ばした。予測していなかった強烈な反撃の風に、ジークの体勢がわずかに崩れる。
その一瞬の隙を見逃さず、ヴァルガスは大剣を力任せに振り抜き、ジークの体を強烈な一撃で吹き飛ばした。
ジークは地面を激しく転がり、ようやく距離を取って立ち上がったが、その衣服や手元にはいくつもの深い斬撃の跡が刻まれていた。
息を荒らげるヴァルガスと、不敵な笑みを貼り付けたままのジーク。常軌を逸した狂気との戦いは、さらなる極限の闘争へと突入していく。




