第3話 蠢く漆黒の神殿
かつて光の王国ルミナスを陥落させ、すべてを奪い去ったロキ。彼はその冷酷な侵略劇の裏で、次なる恐るべき計画を着々と進行させていた。ヘリオスやマニーといった生き残りたちの逃亡など、ロキの巨大なチェス盤の上では取るに足らない瑣末な出来事に過ぎなかった。
荒れ果てた旧ルミナスの王城、かつての玉座の間。そこに座すロキの周囲には、おびただしい数の黒い霧がまるで生き物のようにうねりを上げていた。それこそが、彼が手に入れた禁忌の力――「魂の牢獄」である。
元来、「魂の牢獄」とは、かつて神々の秩序に背いて堕天した天界の者の絶大な魔力そのものを封じ込めた禁断の遺物であった。その深淵なる死の波動と圧倒的な呪詛は、ロキの肉体に完全に馴染みきっており、彼の魔力と不可分の一体となっていた。
ロキの真の目的は、神々が気まぐれに与えた「魔力」という理不尽な力そのものをこの世界から完全に根絶し、「すべての生命から魔力を奪い去った無力な世界」を作り上げることで、唯一の絶対的な神君として君臨することにあった。強大な魔力を持つ者たちが支配する現在の世界構造を根本からひっくり返し、誰も逆らえない絶対的な支配権を手に入れるため、ロキはこの計画を進めていたのだ。
しかし、その途方もない計画を完遂するためには、ロキの意志に従い、世界の魔力を根こそぎ刈り取るための強力な「仲間」が必要不可欠だった。
そのためロキは、王城の最果てにある地下牢の奥底へと赴いていた。そこには、かつてルミナス王国が国家の闇に葬り、幾重もの神聖結界で封じ込めていた「6名の重罪なる囚人たち」が幽閉されていたのだ。彼らは「魂の牢獄」や堕天者の魔力といった禁忌の存在など露も知らず、ただ目の前に現れた不気味な神を見つめていた。その瞳には、世界のすべてに対する消えぬ復讐の炎やくすぶる憎悪が宿っている。
「――よくぞ生き延びたな、お前たちのその強烈な執念を」
ロキの眼前にひざまずく6名の囚人たち。その顔ぶれは、王国を震撼させた最悪の者たちだった。
かつて軍の兵士数百人を惨殺した『狂宴の双剣士』ガレオス。禁断の人体実験を繰り返した『呪術の魔女』エルミラ。王国への反乱を起こした『鉄腕の巨獣』バルド。神の領域に触れ禁忌を犯した『黄泉還りの剣聖』ゼノン。そして、王国史上最悪の連続猟奇殺人鬼である『血塗れの遊戯者』ジーク。
さらにその一角には、かつて王国の隠密組織を裏切り、数々の国家機密や暗殺を裏で操った**『虚飾の暗殺者』レイヴン**が、冷ややかな笑みを浮かべて控えていた。
「……貴様、あの光の王国を滅ぼしたという厄介な神だな。私たちをどうする気だ……」
ガレオスが掠れた、しかし異様な殺気を帯びた声で問い詰める。ロキは不敵な笑みを浮かべ、彼らに手を差し伸べた。
「どうもしないさ。お前たちが抱くその途方もない憎悪の澱を、我が計画を共に成し遂げるための『力』として貸してほしいのだ。――どうだ、私と共にこの腐った世界を壊す気はないか?」
ロキの言葉に、囚人たちは息を呑む。
「……面白い。光の犬どもにすべてを奪われた私たちに、再び牙を剥く機会をくれると言うのか」
「ああ、約束しよう。お前たちの望むままに、あの偽りの光の秩序を徹底的に蹂躙する力を与えよう」
ガレオスたちが復讐の笑みを浮かべる中、ジークだけは全く異なる理由で狂喜に震えていた。
「ねえ、もっと綺麗な絶望の顔を見せてよ。首をねじ切るときって、一番いい音色を奏でるんだよねぇ……ははっ、最高!」
ロキの誘いに応じるように、囚人たちの身体からドス黒い魔力が湧き上がる。ロキは彼らを犠牲にするのではなく、自らの計画を完遂するための最凶の仲間、すなわち「影の使徒」として6人を配下に引き入れたのだ。
側近の黒衣の使徒が、そのおぞましい結束を見据えながら恭しく進み出て問う。
「ロキ様。ルミナス残党の小僧ども、うまく逃げ延びているようですが、追撃の手配はよろしいので?」
使徒の問いに、ロキは冷ややかに鼻で笑う。
「追う必要などない。あの小僧がどのような顔をして、どこで細々と生き延びようと勝手だ。私の目的は、この世界からすべての魔力を剥ぎ取り、誰もが私の足元にひれ伏す完全なる無力の王国を築くことだけなのだからな」
ロキは冷徹に言い放ち、新たに加わった6人の狂気ある仲間たちと共に、闇の霧が渦巻く祭壇の奥へと歩みを進める。世界から魔力を消し去り、自らを絶対神とする漆黒の神殿の扉は、いまや完全に開かれようとしていた。運命の歯車は、知らぬ間にさらなる深淵なる破滅へと向かって回り始めているのだった。




