29話 闇の森で始まる無慈悲なカウントダウン
月明かりを遮る鬱蒼とした木々の合間から、冷徹な殺気が夜の冷気と混ざり合って重く漂う。
『血塗れの遊戯者』ジークが浮かべる狂気に満ちた笑みと、『虚飾の暗殺者』レイヴンが纏う絶対的な静寂。
その二つの異質な脅威を目の前にして、ヴァルガス率いる聖都の騎士団は、かつてないほどの死地に立たされていた。
「退路は塞がれている……! 各員、怯むな! 相手が何者であろうと、聖都を守る盾たる私たちがここで引くわけにはいかない!!」
ヴァルガスの怒号が、恐怖に凍りつきかけていた騎士たちの闘志をかろうじて繋ぎ止める。
精鋭たちの顔に冷や汗が伝う。音もなく仲間たちの命を奪っていったレイヴンの存在が、彼らの背後に見えない死の恐怖を植え付けていた。
「ほう、いい目をしているじゃないかぁ。でも、その誇り高い盾がどこまで持つかなぁ?」
ジークが楽しげに声を弾ませた瞬間、彼の足元から周囲の空気が急速に凍りついていく。
彼が操るのは【氷】の属性――恐怖や絶望に凍りついた人間の感情を具現化するような、冷徹で残忍な魔力。じわじわと肉体と精神を蝕みながらいたぶる猟奇的な殺人鬼の異名に違わず、ジークの纏う冷気は一瞬にして周囲の地面を真っ白な霜で染め上げた。
異常な冷気の中、ジークの姿がかき消える。残像すら残さないその身のこなしに、ヴァルガスは反射的に長剣を斜め上へと突き出す。
『――ガキィィンッ!!』
凄まじい金属音が響き渡り、火花が夜の闇を明るく照らし出した。
ヴァルガスの大剣と、ジークが軽々と振るった血塗れの大鎌が真正面から激突する。衝撃波が周囲の木々の葉を吹き飛ばし、地面の土をひび割れさせた。
「ぐっ……! なんだ、この重さは……っ!」
人間のものとは思えない膂力と、底知れぬ魔力のプレッシャーにヴァルガスの歯が軋む。ジークは鎌を押し付けながら、顔を歪めて不気味にほくそ笑んだ。
「おや、なかなかに骨のある返り血が期待できそうだねぇ! もっと楽しませてくれよ、聖都の団長さんっ!」
その背後で、もう一人の悪夢が動き出す。
影のように気配を完全に断っていたレイヴンが、音もなく聖騎士たちの陣形の隙間へと滑り込んでいた。
彼が有する属性は【光】の特異属性――光の屈折や乱反射を極限まで操り、自身の姿や気配、さらには影すらも完全に消し去る特殊な暗殺術。眩い閃光で敵の視覚を瞬時に奪い、あるいは光の壁に擬態して完璧に気配を隠すその能力の前に、聖騎士たちの警戒網は完全に無力化されていた。
「ま、待て……! 後方から来るぞ、防げっ……!」
一人の聖騎士が叫ぶ声を上げる暇すら与えられず、レイヴンの放った無数の暗器が闇夜を切り裂く閃光となって襲いかかる。鎧の継ぎ目を正確に穿つ致命の一撃が、次々と聖騎士たちの命を刈り取っていく。
怒号と悲鳴が入り混じり、整然としていたはずの聖都の騎士団は、まるで狩場に迷い込んだ小動物のように、圧倒的な蹂躙の前に崩壊へと向かっていた。
(このままでは……全滅させられる……! )
ヴァルガスは歯を食いしばり、目の前のジークを力任せに弾き飛ばして距離を取った。
だが、その表情に勝利の勝算は見出せない。世界の命運を揺るがすロキの配下「六人の大罪人」の狂気と暴力が、今まさに、聖都の精鋭たちを紅く染め上げようとしていた――。




