第28話 赤の悲劇、影の奇襲
静まり返った深い夜の森林地帯を、一団の影が整然と進んでいた。
聖都の騎士団を率いるヴァルガスは、愛馬の手綱をしっかりと握り締めながら、険しい表情で前方の闇を見据えている。つい先ほど、ジンガー副聖騎士長から、一羽の伝書鳩がヴァルガスの元へと飛来したのだ。そこには、
「魔導都市跡にて『 六人の大罪人、呪術の魔女』エルミラと交戦、未曾有の禁呪を確認。敵は不老不死の力を有しており討ち漏らした。さらなる大罪人たちの暗躍が懸念されるため、オクヘイム騎士団の隊列を乱さず警戒態勢を最高レベルに引き上げよ」
という、極めて緊迫した伝言が記されていた。
その一報を受け、ヴァルガスは直ちに精鋭の聖騎士たちを従え、夜の森林地帯で幾重もの情報網を広げて徹底的な捜索を行っている最中だった。
「周囲の警戒を怠るな。ジンガーからの伝言にもあった通り、油断すれば一瞬で足元をすくわれる。夜の闇に乗じて何が動くか分からん。些細な物音も見逃すなよ」
ヴァルガスの引き締まった低い声に、側近の聖騎士が引き締まった面持ちで頷く。
「はっ! 各隊とも異常なしとの報告が入っておりますが、周辺の気配には引き続き厳重に目を光らせております」
冷たい夜風が木々の葉を揺らし、カサカサと乾いた音を立てる。月明かりは厚い雲に遮られ、足元すらおぼつかないほどの漆黒の闇が一行を包み込んでいた。だが、聖都最強の一角に数えられる聖騎士団の行軍は、乱れのない統率の取れた美しさを保っていた。誰もが、この強固な連携と武力の前には、いかなる闇の脅威も容易には近づけないと信じて疑わなかった。
――その静寂と油断の隙を、死の暗闇が残酷に切り裂いた。
「ぐあっ……!?」
突如として、隊列の後方から耳を劈くような凄まじい悲鳴が響き渡った。
それは戦闘の号令などではなく、一瞬にして生命の息吹を断ち切られた者の、あまりにも生々しい絶叫だった。
「なんだ……!? 後方で何が起きた!?」
ヴァルガスは即座に愛馬を反転させ、鋭い眼光を響き渡った方向へと向けた。
隊列を成して進んでいたはずの聖騎士の一人が、馬上のままでガクリと上半身を折り曲げ、そのまま地面へと重い音を立てて転落していく。ヴァルガスが慌てて駆け寄り、その身体を受け止めようと地面に飛び降りたが、すでにその聖騎士の心臓は停止し、温かな血が冷たい石畳の道を赤く濡らしていた。喉元には、一筋の鮮やかな切り傷が残されているだけで、致命傷の深さすら分からないほどの神業的な一撃だった。
「おい、しっかりしろ……! おいっ!」
何度揺り動かしても、聖騎士が二度と目を覚ますことはなかった。
心臓を的確に射抜かれた即死の傷。悲鳴を上げてから倒れるまでのわずか数秒の間に、仲間が何に襲われたかすら把握する暇すらなかったのだ。
「団長! 前方でも異常発生です!」
別の側近が青ざめた顔で走り寄ってくる。その声に反応する間もなく、今度は隊列の真ん中を歩いていた別の聖騎士たちが、次々と糸の切れた操り人形のように音もなく崩れ落ちていった。
「くそっ……! 敵の奇襲だ! 全員、武器を抜け! 陣形を組め!!」
ヴァルガスの怒号が森の木々にこだまする。
精鋭である聖騎士たちは訓練通りに瞬く間に盾を構え、外敵からの襲撃に備えて円陣を組もうと動いた。しかし、見えない敵の恐怖と、音もなく仲間が倒れていく異常な状況が、歴戦の騎士たちの心にも冷たい焦燥の影を落としていく。
(ふざけるな……! 私たちの行軍ルートは極秘裏に進められていたはずだ。それをこうも正確に、一瞬で隊の要を狩っていくだと……!?)
ヴァルガスが歯噛みしながら周囲の気配を探ると、闇の奥から、まるで最初からそこに存在していたかのように、二つの異様な気配がふわりと歩み寄ってきた。
木々の枝がわずかに揺れ、月明かりの届かない闇の中から姿を現した者たちを見た瞬間、ヴァルガスの背筋に総毛立つような戦慄が走った。
一人は、真紅の道化師のような派手な衣装を纏い、手にした巨大な大鎌を血に濡れた指で楽しげに弄んでいる男。その顔には狂気に満ちた薄ら笑いが張り付いていた。
そしてもう一人は、闇に完全に同化するような漆黒のローブを纏い、気配を完全に消し去ったまま音もなく佇む影のような男。
ヴァルガスは、その二人から放たれる底知れぬ殺気と、世間の常識を遥かに超越した異様な威圧感を目の当たりにし、歯を鳴らしながら声を張り上げた。
「まさか……お前たちは、ただの通りすがりなどではない……! 噂に聞く『六人の大罪人』か……っ!」
ヴァルガスが怒気を含んだ声で叫ぶと、真紅の道化師――ジークは楽しげに喉を鳴らしてクスクスと笑った。
「あぁん? 見たところ、なかなかにいい返り血を浴びてくれそうな連中じゃないか。聖都の騎士様ご一行ってやつかい? せっかくの夜更けだ、退屈しのぎに僕たちと最高にイカれた『遊戯』をしようぜぇ?」
ジークの傍らで、レイヴンが冷徹な瞳を光らせ、音もなく短剣を構える。その姿はまるで捕龍を狙う毒蛇のようだった。
仲間たちの命を容赦なく奪い去った最悪の敵が、今、目の前に立ちはだかっている。恐怖を怒りへと変え、ヴァルガスは長剣を強く握りしめた。




