第27話 夜営の静寂と、深まる影
魔導都市跡の荒廃した石畳の片隅で、焚き火のオレンジ色の炎がパチパチと乾いた音を立てて揺れていた。
上空を覆っていた不気味な黒雲はすでに晴れ、冷たく澄んだ夜空には無数の星々が冷ややかに瞬いている。魔導竜との激闘から数時間――極度の疲労と魔力過負荷によって気絶していたヘリオスは、静かに瞼を持ち上げた。
「……っ……ここは……?」
掠れた声を零しながら上体を起こそうとすると、傍らで看病をしていたシリルがハッと息を呑んで顔を覗き込んだ。暗がりの中で揺らめく炎が、彼女のほっと安堵に歪んだ表情を照らし出す。
「ヘリオスくん……! よかった、目が覚めたのね……!」
シリルの声を聞きつけ、少し離れた場所で装備の手入れをしていたヒューガやレオンたちが次々と駆け寄ってくる。ヒューガは安堵の色を隠せないまま、力強くヘリオスの肩を叩いた。
「おい、大丈夫か相棒! いきなり倒れた時はどうなるかと思ったぜ。お前が一人であのトカゲ野郎をぶっ飛ばしてくれたおかげで命拾いしたけどよ!」
レオンも手元の魔導書を閉じ、冷静な視線を向けながらもどこかホッとした表情を浮かべた。
「急激に解放された龍の血と神剣の反動だ。だが、君の魔力回路は以前よりも遥かに強靭に再構築されている。……無茶をした代償は小さくなかったが、結果として君は自分の内なる力に呑まれず、手懐けてみせた。よくやったよ、ヘリオス」
仲間たちの温かな言葉と心配に、ヘリオスは小さくうなずきながら自身の体感を確認する。全身の隅々までみなぎるような、温かく力強い脈動が満ちていた。自分が「龍の力」を自分のものにしたのだという確信が、胸の奥で静かに息づいている。
しかし、その和やかな空気を引き裂くように、焚き火の対面で腕を組んで難渋な表情を浮かべていたジンガー副聖騎士長の低い声が落とされた。
「……安心するのはまだ早い、と言うべきだな」
一瞬にして場が静まり返る。ジンガーは揺らめく炎を見つめたまま、険しく眉間を寄せ、悔しそうに歯噛みした。
「確かにヘリオスがあの魔導竜を討ち破り、私たちの全滅を防いでくれたことは事実だ。お前の覚悟と力には心から感謝している。……だが、忘れてはならない。私たちはあの場において、『六人の大罪人』の一人であるエルミラを完全に追い詰めることもできず、最終的に取り逃がした」
ジンガーの言葉に、仲間たちの顔から先ほどの安堵の色が引き締まっていく。
「彼女は自身の持つ『不老不死』の呪いによって致命傷を完全に再生させ、我が物顔で姿を消した。私たちが命がけで戦い、ヘリオスが限界を超えた力を絞り出してもなお、敵の最高幹部の一人すら討ち取ることができなかったのだ……」
ジンガーは重くため息をつき、拳を固く握りしめた。その声には、聖騎士としての無力感と、これから待ち受ける戦いの過酷さに対する深い焦燥が滲み出ていた。
「『六人の大罪人』たちは、ただ個体として強いだけではない。世界の理を歪めるような異形の術や禁呪を平然と操り、私たちの想像を遥かに超えた次元で何かを企んでいる。今回のような奇跡が、何度もあると思うなよ」
夜風が魔導都市跡の冷たい石畳を吹き抜け、パチパチと燃える焚き火の音だけが、沈黙した一行の間に虚しく響く。
その重苦しい空気の中で、ヒューガが腕を組み、怪訝そうに眉をひそめながらヘリオスへと視線を向けた。
「それにしてもよ……さっきから気になってたんだが……。レオンや副聖騎士長は『龍の血』だの何だのって、当たり前みたいに言ってることだけどよ。そもそも俺たちは、ヘリオスがそんなもん持ってことなんて一言も聞いてなかったぞ?」
ヒューガの言葉に、シリルやガレオンも「確かに……」と頷きながらヘリオスを見つめる。
戦闘の最中、エルミラがヘリオスに向けて「龍の血」に言及する言葉をこぼしていたため、彼女の口ぶりから何となく事態の異常性は察していたものの、詳しい事情までは誰も把握していなかったのだ。
ヒューガが呆れたような、しかしどこか心配そうな顔で続ける。
「戦闘が終わってからならともかく、いきなり自分の内なる龍がどうこうって言われても、こっちはついていくのがやっとだったぜ。いくら何でも、話が急すぎやしないか?」
ヒューガの率直なツッコミに、ヘリオスは気まずそうに苦笑いを浮かべ、ゆっくりと上半身を起こし直した。
「あぁ……ごめん、驚かせて当然だよね。実は、あの魔導竜と対峙して気絶する直前、僕の意識は自分の内なる精神世界に引きずり込まれて……そこで全てを知ったんだ」
ヘリオスが真剣な眼差しで仲間たちを見据え、精神世界での出来事を語り始める。
初めてその身に龍の血を受け継ぎ、神剣アスカリオンの礎を築いた始祖の姿。そして、神剣アスカリオンそのものが、かつて共に闇を討ったクリスタルの古龍の「逆鱗」から打ち出されたものであるという衝撃の真実。
「……つまり、僕の中で暴れてたのは代々受け継がれてきた血脈の理だったんだ。あの空間で先祖様と古龍に会って、自分の意志でこの力を受け入れるって決んだんだよ」
ヘリオスの説明を聞きながら、レオンは深く納得したように眼鏡のブリッジを押し上げ、ヒューガは
「おいおい、そんなファンタジーみたいな話が本当にあるのかよ……」
と頭を抱えつつも、どこか納得したような表情を浮かべた。
仲間たちはそれぞれの胸にその事実を落とし込み、ヘリオスが背負った運命の重さと、新たな力の意味を静かに噛み締める。
龍の血に目覚め、新たな力を手に入れたとはいえ、戦いはまだ始まったばかりなのだ。未だ見えぬ他の大罪人たちの影。世界を覆う闇は、より深く、より強大に彼らの前に立ちはだかろうとしていた。




