第26話 覚醒の閃光、龍を討つ剣
漆黒の鱗と呪詛の炎を纏った魔導竜が、大地を砕く勢いでヘリオス一行へと牙を剥いた。その圧倒的な巨躯から放たれる殺気が周囲の空気を凍りつかせ、魔導都市跡の荒廃した石畳をギシリと鳴らしている。逃げ場のない絶望的なプレッシャーのなか、誰もが息を呑み、身構えることしかできなかった。
「危ない、ヘリオ……っ!」
シリルが悲鳴に似た声を上げ、ヒューガが咄嗟に長槍を構え直そうとしたその時――。
「……みんな、下がっててくれ」
静かで、しかし底知れぬ威厳を帯びた声が戦場に響いた。
それはヘリオスだった。しかし、今の彼の纏う空気は先ほどまでの未熟な少年とは全く異なっていた。全身から溢れ出る黄金色の闘気は周囲の空間を激しく歪め、瞳の奥では爬虫類のように鋭いスリットを描く光が妖しく揺らめいている。内なる『龍の血』を飼い慣らし、己が力として昇華させた者にしか纏えない圧倒的なプレッシャーが、迫り来る魔導竜の荒ぶる足取りすらもピタリと止めさせていた。
「なっ……なんだ、今のヘリオスの気配は……! まるで本物の竜の前に立っているみたいだ……」
ヒューガが冷汗を流しながら目を見張り、レオンも鋭い眼鏡の奥で青い瞳を大きく揺らし、その異常な変化を分析しようと息を呑んだ。
魔導竜は目の前の小さな人間から放たれる同族にして格上の気配に本能的な恐怖を覚えたのか、わずかに身を引く。だが、すぐにそれを振り払うかのように、怒号のような凄まじい咆哮とともに巨大な爪を振り下ろした。全てを押し潰す破壊の鉄槌が、逃げ場のない速度でヘリオスを捉えようと襲いかかる。
しかし、ヘリオスは微動だにしない。恐怖に足をすくわれることも、焦りに迷うこともなかった。
(――応えてくれ、アスカリオン。そして我が血脈に眠る龍よ……俺の力を見せてやる!)
心の中でそう叫んだ瞬間、神剣アスカリオンの刀身がこれまでにないほど眩い、太陽の如き紅蓮の光を放った。それはただの剣の輝きでありながら、まるで生き物のように激しく脈動する龍の炎そのものだった。
ヘリオスが大地を蹴り、漆黒の巨竜へと肉薄する。
その速度は人間の限界を遥かに超越しており、肉眼では残像すら追いつかない。魔導竜が慌てて口からすべてを焼き尽くす禍々しい呪詛のブレスを吐き出すが、ヘリオスはその奔流を正面から切り裂き、一瞬にして竜の懐へと飛び込んだ。
「これが、俺の新しい力だ……! 『龍王烈火斬』――!!」
ヘリオスが全身の龍の血と神剣の魔力を極限まで収束させ、渾身の一撃を振り抜く。
放たれたのは、ただの斬撃ではない。真紅の古龍の幻影を纏った巨大な炎の十字架が空間ごと魔導竜を両断し、周囲の闇を焼き尽くすほどの圧倒的な閃光が魔導都市跡の夜空を昼間のように焦がしていった。
『――グア……アァァ……ッ!!』
魔導竜の断末魔の絶叫が轟いた次の瞬間、その巨体の中心から凄まじい熱量が噴き出し、頑強な漆黒の鱗が音を立てて粉々に砕け散っていく。巨竜は崩れるように地面へと倒れ込み、まるで最初から存在していなかったかのように、黒い霧となって霧散し、消え去っていった。
圧倒的な脅威が去り、静寂が戻った戦場。
凄まじい熱気の余韻が残る中、ヘリオスは剣を構えた姿勢のまま、その場でピタリと動きを止めた。
「……やったか?」
ヒューガが恐る恐る声を張り上げながら、一歩前に踏み出す。
しかし、ヘリオスからの返事はない。肩で激しく息をしていたはずの彼の身体が、まるで糸の切れた操り人形のように、ガクリと大きく前傾した。
「ヘリオス……っ!?」
レオンがハッと気づき、駆け出そうとしたその瞬間、ヘリオスの両膝が力なく崩れ落ちた。神剣アスカリオンがカランと乾いた音を立てて石畳に転がり、彼はそのまま地面へと倒れ込んでしまったのだ。
「ヘリオスくん……!!」
シリルが悲鳴を上げながら一番に駆け寄り、その小さな身体で必死に抱き起こす。レオンもすぐに駆けつけ、震える手でヘリオスの手首を掴み、脈拍と魔力の流れを確認した。
「どうだ、レオン……! 怪我でもしたのか!?」
ガレオンが険しい表情で尋ねる。レオンは歯を食いしばりながら、冷や汗の滲む額を拭って首を横に振った。
「外傷はない……。だが、体内の魔力炉が完全に枯渇している。……いや、違う。人間の器を遥かに超えた『龍の血』と聖剣の最大解放に、肉体と精神が耐えきれなくなったんだ。彼自身の意思とは関係なく、強大な力を使った反動がすべて跳ね返ってきた……。つまり、極度の疲労と魔力過負荷による『気絶』だ」
レオンのその説明に、周囲の仲間たちは胸を撫で下ろしつつも、複雑な表情で倒れた少年を見つめた。
ジンガー副聖騎士長が厳格な顔つきのまま、しかしどこか深い労わりの色をたたえてヘリオスの傍らに膝をつき、その肩にそっと手を添えた。
「……よくやった、ヘリオス。お前が一人であの化け物を引き受け、打ち破ってくれたおかげで、私たちは救われた。だが、無理をしすぎたな」
仲間たちの温かな視線と心配の声が降り注ぐ中、ヘリオスは深く穏やかな寝息を立てて眠り続けている。その穏やかな横顔は、先ほどまでの圧倒的な強さを誇った戦士の面影を残しつつも、どこか年相応の少年の無防備さを取り戻していた。
過酷な運命の扉を開き、龍の血を受け入れた代償は小さくはない。しかし、仲間たちに守られながら眠るヘリオスの胸元では、神剣アスカリオンと一体になった黄金の光が、静かに、そして力強く脈動を続けていた。夜が明けるその時まで、この休眠が彼の新たな力の基盤となることを、仲間たちは誰もが確信していた。




