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英雄が紡ぐ物語   作者: 色タコス
第1シーズン 太陽の戴冠

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第25話 血脈の残響、覚醒の選択

激しい苦痛と熱量に意識が焼き切れる寸前、ヘリオスの世界は突然、音を失って静止した。


身体を突き刺すような龍の気配も、仲間たちの焦燥に満ちた叫び声も、すべてが遠ざかっていく。気づけばヘリオスは、肉体の感覚を完全に切り離された、果てしない白銀と深紅の混ざり合う空間に立っていた。足元には底知れぬ水面が広がり、波紋一つない鏡のような平原の向こうに、途方もなく巨大な二対の影がぼんやりと浮かび上がっている。


「……ここは……どこだ?」


掠れた声を絞り出しながら、ヘリオスは自分の身体を見下ろした。痛みはない。先ほどまで全身を駆け巡っていた血管の沸騰も、龍の血による狂暴な破壊衝動も、今は奇妙なほどに静まり返っている。ただ、胸の奥底がまるで心地よい鼓動のように規則正しく脈打っていた。

その時、静寂を切り裂くように、大地を揺るがす深遠な息吹が響き渡った。


「――よくぞ辿り着いた、我が血を継ぐ者よ」


低く、しかし魂の芯を直接震わせるような威厳に満ちた声が、四方八方から重なり合って降り注ぐ。ヘリオスがハッと顔を上げると、水面の中央に佇む二つの影のうちの一つが、ゆっくりとその輪郭を鮮明にした。

それは、ひとりの人間の姿だった。龍の力の奔流を纏い、背中には使い込まれた大剣を背負った男。

だが、その瞳孔は爬虫類のように鋭く縦にスリットが走り、頭部からは気高い竜の角がうねるように生えている。彼こそが、はるか昔に世界で初めてその身に龍の血を受け継ぎ、アスカリオンの礎を築いたヘリオスの先祖――始祖の騎士であった。

そして、その人間の背後には、山脈のごとき巨体を誇る真紅の古龍が、静かに黄金の瞳を据えて佇んでいる。


「あなたは……先祖様……? それに、この竜は……」


ヘリオスが息を呑んで後じさると、先祖の男は静かに微笑み、ゆったりとした足取りで歩み寄ってきた。その足音は水面を叩くのではなく、まるで大地の鼓動そのもののように重く響く。


「恐れることはない。ここは、お前の内なる精神の深層であり、我ら血脈の記憶が眠る場所だ。お前が今、外の世界で圧倒的な力の奔流に抗い、苦しんでいたからこそ、この扉が開かれたのさ」


男はそう言うと、ヘリオスの目の前で立ち止まり、その真っ直ぐな瞳を見据えた。


「お前は今、目の前に迫る絶望と、自らの内側で暴れる異形の力に押し潰されそうになっている。そうだだろう?」


「……っ。分からないんだ。あの竜の咆哮を聞いた瞬間から、俺の中の何かが目覚めて、まるで身体を乗っ取られるみたいに……制御できなくなって……!」


ヘリオスは両手で自らの胸元を強く掴んだ。恐怖と焦燥が混ざり合い、震える声を隠すことができない。人ならざる者の血が自分を侵食していくような感覚は、何よりも恐ろしかった。

すると、男の背後に控えていた巨大クリスタルの古龍が、低く唸るような声を漏らした。それは威圧ではなく、どこか哀愁と慈愛を含んだ響きだった。

古龍がゆっくりと首を垂れ、人間の言葉を紡ぎ出すかのように、頭の中で直接響く声が語りかける。


『――怯えるな、若き血よ。我らは呪いではない。お前という存在を形作る、誇り高き理そのものだ』


「呪いじゃない……? じゃあ、この血は、僕に何をもらうっていうんだ……!」


ヘリオスの問いに、先祖の男が静かに首を横に振った。そして、懐かしむような、それでいて未来を見据えるような強い眼差しでヘリオスの子細を見つめる。


「我が血脈に連なる者よ、よく聞け。我がこの世界に龍の力を宿した時、それは破壊のためでも、世界を脅かすためでもなかった。絶望的な闇に立ち向かい、護るべきものを護るための『盾』であり『矛』だったのだ」


男はふっと優しげな笑みを浮かべ、ヘリオスの胸元で眩い光を放つ聖剣へと視線を向けた。


「お前が胸に抱くその聖剣『アスカリオン』――それこそが、かつて私と共に闇を討ち、世界の理を守り抜いた我が相棒……この古龍の『逆鱗』から打ち出されたものなのだよ」


「――っ!?」


驚愕に目を見開くヘリオスに、先祖の男は静かにうなずいてみせた。


「古龍の最強にして唯一の急所であり、底知れぬ魔力と不屈の理が宿る逆鱗。それを分け合うことで私たちは契約を結び、血肉を分かたれた。お前が今感じている苦しみは、力が暴走しているからではない。お前自身の意志が、その途方もない力にまだ追いついていないからだ」


先祖の男はそう言うと、自らの胸に手を当てた。そこには、ヘリオスが持つものと同じ、眩い神剣の紋様が刻まれていた。


「力はただの道具だ。それに呑まれるか、それとも従えて使いこなすか。すべてはお前の心ひとつにかかっている。お前は何のために剣を抜く? 何のためにその痛みに耐えている?」


その問いかけに、ヘリオスの脳裏に仲間たちの顔が次々と浮かび上がった。


傷つきながらも立ち上がるヒューガの姿。

冷静に活路を探り続けるレオンの横顔。

仲間を鼓舞し続けたジンガーの背中。

そして、過酷な運命の中でも共に歩み続けるシリルやガレオンの姿。


彼らを置き去りにして、自分だけが恐怖に屈するわけにはいかない。目の前に迫る魔導竜からみんなを護り抜くためには、ここでこの力に屈するわけにはいかないのだ。

「俺は……護りたいんだ」


ヘリオスは震えを止め、しっかりと顔を上げて先祖の男と古龍を見据えた。その瞳の奥で、緑色の光が迷いを脱ぎ捨てて黄金色に鮮やかに輝き始める。


「自分の恐怖に負けて、暴走する力に流されるわけにはいかない。みんなと一緒に生き残るために、俺はこの力を……龍の血を受け入れる!」


その言葉を聞いた瞬間、先祖の男の表情が誇らしげな笑みに変わった。


「よくぞ言った。その覚悟こそが、我が血脈の真髄だ」


先祖の男がそっと手を伸ばし、ヘリオスの額にその指先を触れさせた。次の瞬間、背後にいた古龍が眩い光を放ち、凄まじい熱量とともにヘリオスの身体へと溶け込むように吸い込まれていく。

体内の血管を駆け巡っていた荒々しい暴走が、まるでひとつの大きな意思に統率されるかのように、嘘のようにスッと鎮まっていく。それと同時に、底知れぬ力と確かな温食が、ヘリオスの全身の隅々まで満たされていくのを感じた。


「行くがいい、ヘリオス。お前の選択が、閉ざされた運命の扉をこじ開けるのだから」


先祖の姿が、光の粒子となってゆっくりと霧散していく。古龍の咆哮が遠ざかる最後の瞬間、ヘリオスの意識は現実の世界へと激しい勢いで引き戻されていった。


「――っは……!」


大きく息を吸い込みながら、ヘリオスはその場にガバッと体を起こした。

現実の時間に戻れば、ほんのわずかな瞬間に過ぎなかったはずだ。目の前では、漆黒の鱗と呪詛の炎を纏った魔導竜が、まさに牙を剥いて一行へと襲いかかろうとしている絶体絶命のタイミングだった。

しかし、先ほどまでの恐怖や苦悶はもうどこにもない。ヘリオスの全身には、先祖と古龍から託された揺るぎない力と、研ぎ澄まされた静かな闘志が満ち満ちていた。


「ヘリオス……!」


仲間たちの驚愕の視線が集まる中、ヘリオスはゆっくりと立ち上がり、鮮烈に輝く神剣をしっかりと握りしめた。瞳の奥で、黄金色の龍の光が力強く宿り続けている。

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