第24話 不死身の魔女と、招かれざる巨影
紅蓮の炎が魔導都市跡の濃霧を焼き払い、眩い閃光が闇の迷宮を一掃した。
「――っ!?」
『呪術の魔女』エルミラの顔色に、初めて明確な驚愕の色が走る。ヘリオスの渾身の技『フレアブレイク』の直撃を受けた彼女の身体は、凄まじい熱量と衝撃によって吹き飛ばされ、硬質な地面に激しく叩きつけられた。
「やったか……!」
ヒューガが長槍を構え直しながら息を弾ませる。しかし、レオンが鋭い眼光を崩さず、冷静に魔力を巡らせて警告を発した。
「油断するな……! あいつの気配は消えていない!」
レオンの言葉通り、土煙と炎の残滓が晴れると、そこには信じられない光景が広がっていた。全身が黒く焦げ、衣服が破れていたエルミラの傷口から、不気味な漆黒の液体がうねるように這い回っている。そして、驚異的な速度で爛れた皮膚や肉体が元へと修復され、彼女はすうっと何事もなかったかのように立ち上がったのだ。
「――まさか……!」
ガレオンが歯噛みし、ジンガー副聖騎士長も眉間を険しく寄せる。シリルが息を呑んで呟いた。
「嘘……あんな致命傷を負ったはずなのに、一瞬で再生したわ……!?」
エルミラは自身の衣服の裂け目を軽く払うと、冷ややかで不気味な笑みを浮かべて一行を見据えた。
「無駄な足掻きだね。私に施された『不老不死』の呪い、そしてこの肉体を満たす禁呪の理を舐めてもらっては困る。人間がどれだけ優れた刃を振るおうとも、私という存在の前ではただの徒労に終わるのさ」
圧倒的な絶望感が再びその場を支配する。どれほどの攻撃を与えても傷すら残らないという絶対的な理不尽の前に、仲間たちの間に重苦しい沈黙が落ちかけた。
しかし、エルミラは退屈そうに肩をすくめると、冷徹な瞳の奥に狂気を宿した笑みを深めた。
「まあいい。せっかくここまで私を楽しませてくれたんだ。私からの『手土産』くらい用意してあげないとね」
エルミラがパチンと指を鳴らした瞬間、魔導都市跡の深部から、大地を揺るがすほどの地鳴りと、すべてを凍りつかせるような圧倒的な竜の咆哮が轟いた。
『――グアアァァァァァッ!!』
上空の黒雲を切り裂くように現れたのは、通常の生物とはかけ離れた異形の巨影だった。全身が禍々しい漆黒の鱗と呪詛の炎に包まれ、背中からは朽ちかけた翼を生やした巨大なドラゴン。それは、エルミラの禁呪実験によって生み出された、殺戮のための人造の竜だった。
「なっ……なんだあの怪物は……!」
ヒューガが目を見張り、誰もがその圧倒的な威圧感に気圧されたその時――ヘリオスの身体に異変が起きていた。
目の前に現れた巨竜の咆哮を聴いた瞬間、ヘリオスの『アスカリオン』の光が激しく逆巻くと同時に、彼の血肉の奥底に眠っていた「何か」が熱を帯びて目を覚ます。全身の血管が沸騰するかのような激しい疼きと共に、ヘリオスの背筋を戦慄と歓喜が入り混じった本能の震えが駆け抜けた。それは、人知を超えた高次元の存在――『龍の血』が、同族の気配、あるいは宿命の敵の前にして狂おしく騒ぎ始めている証拠だった。
(ぐっ……なんだ、これ……? 体の中の血が、まるで沸き立っているみたいに……!)
荒い息を吐き出しながら、ヘリオスは剣を握る手にぐっと力を込めるが気を失うようにその場に倒れ落ちた。
エルミラが胸に秘めていた目的。それは、ヘリオスの身に眠る強大な「龍の力」を極限まで引き出し、もっとも純粋で、もっとも価値のある最高の状態で、ロキに召し上げられる(捧げられる)ように仕立て上げることだった。彼女にとってロキは信仰の対象であり、捧げるべきものは常に最高品質でなければならなかった。そのためには、中途半端な状態の力など何の価値もなく、覚醒のポテンシャルを限界まで引き出す必要があったのである。
しかし、眠っている力がどれほどのものか、外からの刺激に対してどのように反応するのかは、机上の空論では測り知れない。そこでエルミラが選んだ手段が、自らの手で生み出した人工の龍を、あえてヘリオスに仕向けるという禁断の実験だった。
「さあ、私の可愛い最高傑作だ。龍の血とお前たちの命が、どこまで持つか試させてもらうよ」
狂気的な笑みを残し、エルミラの身体が再び黒い霧へと溶けるように消えていく。残された戦場には、圧倒的な威圧感を放つ魔導竜が、龍の血を覚醒させつつあるヘリオス一行へと静かに牙を剥いていた。




