第19話 旅立ちの前に、交わした誓い
聖都の謁見の間での激論から一夜。ヘリオスたちがロキの目的――『魂の牢獄』の再現と世界の魔力剥奪の手がかりを探すため、ついに聖都を発つ日が訪れていた。
早朝の澄んだ空気がまだ肌寒い中、旅立ちの支度を整えたヘリオスは、聖都の広場の一角で二人の人物の姿を見つけて足を止めた。
――妹のマニーと、幼なじみのミーナだ。
「お兄ちゃん……本当に、行ってしまうのね」
少し寂しげな、けれど温かい笑みを浮かべながら声をかけてきたのは妹のマニーだった。その優しい瞳にはふわりと潤んだ光が宿り、手には旅路の無事を祈る特製の魔力回復薬の小瓶がそっと握られている。かたわらで控えるミーナもまた、心配そうな、しかしどこか誇らしげな眼差しでヘリオスを見つめていた。
「ああ。バルドの一件で、ロキの魔の手がどれほど近くまで迫っているか思い知らされたからな。ここで指をくわえて待っているわけにはいかないんだ」
ヘリオスが力強く答えると、マニーは優しくふっと息をつき、お兄ちゃんの袖をそっと引っ張ってから、その肩を優しくポンと叩いた。
「うん……分かっているわ。お兄ちゃんがそういう人だってこと、ずっと前から知っているもの。……だけど、どうか無理だけはしないでね。『六人の大罪人』なんて恐ろしい人たちを相手にするんだもの、怪我をしたら私が許さないんだから」
「あはは、気をつけるよ。ヒューガやレオンともしっかり連携して、絶対に生きて戻ってくるからさ」
そう答えるヘリオスの表情に、しかし、ふと複雑な翳りが差した。
かつて交わした約束――「ずっとそばにいてやる」
という妹との幼い日の誓いが脳裏をよぎる。世界を救うためとはいえ、その約束を今、自分の足で引き裂いて危険な旅路へ赴くことへの申し訳なさがこみ上げてきた。
ヘリオスはあふれそうになる感情を抑えきれず、その瞳に大粒の涙を浮かべながら、震える声でマニーの手をぎゅっと握りしめた。
「マニー……ごめん。ずっとそばにいてやるって約束したのに……お前のそばに居てやれなくて、本当にごめん……!」
兄の目からこぼれ落ちた涙を見て、マニーはハッとしたように息を呑んだ。しかし、彼女はすぐに泣き顔を拭うように首を横に振り、愛おしそうに微笑みながらそっと首を振ったうかがった。
「ううん、謝らないで、お兄ちゃん。……私こそ、わがままを言ってしまって申し訳ないわ。お兄ちゃんは、世界のために戦わなきゃいけない人だもの。私、ちゃんとわかっているの」
マニーの気丈で優しい言葉に、ヘリオスは胸を締め付けられながらも、強く頷き返した。
ヘリオスが頼もしく微笑むと、今度はミーナが少し恥ずかしそうに前に進み出て、丁寧に包まれた保存食の包みを差し出した。
「これ、道中で食べてください……! 私たち、聖都の留守をしっかり守りながら、いつでも待っていますから」
ミーナはわずかに頬を赤らめつつも、まっすぐにヘリオスの目を見つめた。
「……あの、その……帰ってきたら、話したいこともたくさんあるから、だから、無理をしないで、無事に帰ってきて」
「ああ、ありがとう。みんなが待っている場所へ、絶対に帰ってくるよ」
ミーナの言葉に込められた仄かな願いと、マニーの穏やかな笑顔が重なり、ヘリオスの胸はじんわりと熱く満たされていく。過酷な戦いへと身を投じる不安が、家族や大切な人たちの信頼によって確かな勇気へと変わっていくのを感じた。
「ありがとう、マニー、ミーナ。二人のおかげで、迷いなく前を向けそうだ」
遠くで出発の準備を促すヒューガやレオンの声、そして同行するジンガー副聖騎士長たちの呼ぶ声が聞こえてくる。
二人に力強くうなずき見送られながら、ヘリオスは仲間たちの待つ門へと歩み出す。ロキの隠された手がかりを暴き、世界を救うための長い旅が、いま静かに幕を開けようとしていた。




