第17話 王の間での激突、交錯する決断
聖都の襲撃事件から一刻。国王が統治する厳かな謁見の間には、緊張に満ちた重い空気が立ち込めていた。
玉座に座る国王の目前には、聖騎士長ヴァルガス、副聖騎士長ジンガー、そして先の戦いで一ヶ月の特訓の成果を見せたヘリオス、ヒューガ、レオンの三人が並び立っている。バルドの幻影が残した「魂の牢獄の再現」と「世界の魔力剥奪」という不穏な告発を受けて、今後の王国の針路を定めるための緊急評議が開かれていたのだ。
静まり返った空間の中、国王がゆっくりと目を開き、低く重い声で口を開いた。
「……先ほど、我が国の宝物庫に眠る鏡を介して聖都の結界を再確認したが、事態は我々の想像以上に深刻だ。ロキの魔の手は、すでにこの王都の周辺だけに留まらず、大陸全域を侵食しつつある。このままでは、世界から魔力が消え去るのも時間の問題かもしれん」
国王自身の固有能力――世界の微細な魔力の波長や数多の可能性を網羅的に見通す『神覧未来』によって捉えたその現実味のある危機に、場内の空気が一段と張り詰める。ロキの計画は、もはや絵空事ではなく刻一刻と現実の脅威として迫っていた。
その国王の言葉を合図にするかのように、ヴァルガスが血気盛んに一歩前へ踏み出す。彼の瞳には、かつての余裕を消し去った鋭い闘志が宿っていた。
「ならば話は早い! 半年間の基礎訓練などと悠長なことを言っている暇はなくなった。あのバルドを相手に、あいつらは一ヶ月の成果で確実に深手を負わせてみせたのだ。この訓練期間を今すぐ引き上げ、ヘリオスたちをロキ討伐の最前線へ同行させるべきだ!」
ヴァルガスのあまりに直情的な提案に、すぐ隣に立っていたジンガーがすぐさま鋭い声音で異議を唱えた。
「何を馬鹿なことを言っているんだ、ヴァルガス! いくらあいつらがバルドの不意を突き、捨て身の連携で『多少の深手を負わせた』からといって、あれはあくまで奇襲の範疇だ。本気で『六人の大罪人』クラスの化け物や、その黒幕であるロキと正面からやり合うには、今の実力では圧倒的に足りない。いくらなんでも無謀すぎる!」
ジンガーの冷徹で現実的な指摘は、指導者としての正論そのものだった。どれほど成長の兆しが見えようとも、経験の浅い若者たちを魔の領域に踏み込ませれば、一瞬で命を落とすことくらい火を見るより明らかだったからだ。
「しかし、のんびり育てている猶予などこの国にはない! ヘリオスが持っている成長速度は、我々の想像を遥かに超えているんだ。ここで実戦の荒波に揉まれない限り、真の力は覚醒せんぞ!」
「だからといって、未熟な若者たちを無責任に危険な戦場へ特攻させるわけにはいかない! 命を落としては元も子もないだろうが!」
二人の意見は真っ向から対立した。
聖都最強の盾であり、勢いと可能性を信じる聖騎士長ヴァルガス。
聖都随一の頭脳であり、冷静な現実とリスクを見据える副聖騎士長ジンガー。
激しい口論を繰り繰り広げる二人の上司の背中を見つめながら、ヘリオス、ヒューガ、レオンの三人は強く拳を握りしめた。
「あの……お二人とも、お待ちください」
静寂を破るように、ヘリオスが一歩前に進み出て声を張り上げた。そのまっすぐな瞳には、恐怖ではなく強い決意が宿っている。
「俺たちは、ただ無謀に特攻したいわけじゃありません。かといって、ここで指をくわえて待っているだけでもない。……バルドが残していった言葉、『魂の牢獄』の再現と、世界の魔力の剥奪。そのロキの目的を阻止するためには、まず奴らがどこで何を企んでいるのか、その具体的な手がかりを探し出す必要があります」
ヒューガがそれにうなずき、レオンがメガネの位置を直しながら冷徹な分析を加える。
「ヘリオスの言う通りだ。ただ待つでもなく、無策で突撃するでもなく、ロキの計画の核心に迫るための『情報収集と手がかりの捜索』を行うべきだ。それなら、俺たちの実力を磨きつつ、王国に貢献できる」
若者たちの現実的かつ前向きな提案に、言い争っていたヴァルガスとジンガーはぴたりと口を閉ざし、ハッとした表情で顔を見合わせた。
「……なるほどな。突撃一辺倒ではなく、敵の尻尾を掴むための『調査と探索』か。それなら確かに、今のあいつらに必要な経験にもなるな」
ヴァルガスはあごに手を当てて納得すると、力強く腕を組み、ふっと不敵な笑みを浮かべて新たな作戦を提示した。
「よし、それなら二手に分かれる作戦で行こう。俺は本隊として騎士団の主力を率い、ロキや大罪人の動きを正面から牽制する。そして――」
ヴァルガスはそこで言葉を区切り、かつてヘリオスたちと交わした約束を思い出したように、にやりと豪快に笑ってみせた。
「そうだ。かつて俺たちは『半年間の訓練に耐えたら、ジンガーと信頼する部下2人を連れて行かせる』という約束をしたな。状況は前倒しになったが……あのバルドに一矢報いたお前たちの根性を見るに、すでにあの約束を果たすだけの資格は十二分にあるとみた!」
「なっ……何を勝手に決めているんだ、ヴァルガス!」
ジンガーが驚いたように眉を跳ね上げ、呆れた声を漏らす。しかしヴァルガスはどこ吹く風とばかりに、その肩を叩いた。
「頼んだぞジンガー。お前はヘリオス一行を連れて行け。さらに、俺が信頼する腕利きの部下を2人つけてやる。奴らの護衛と調査のサポートを頼む!」
「……私が、あのガキ共の引率だと?」
ジンガーがわずかに顔をしかめ、やれやれと言った様子でため息をつく。しかしその口元には、どこか信頼を置くようなかすかな笑みが浮かんでいた。
「ふん、文句を言うな。お前の的確な指揮と、俺の選り抜きの部下がいれば、調査の安全性は格段に跳ね上がる。お前なら、あいつらをうまく導きつつ、確実な手がかりを持ち帰ってくれると信頼しているからこそだ。……それに、お前自身もあいつらの成長を誰よりも認めているだろう?」
ヴァルガスのまっすぐな言葉に、ジンガーは小さく鼻を鳴らして前を向き、深く一礼した。
「……しかたない。獅子の尻拭いというわけか。いいだろう。かつての約束通り、私の一存で責任を持ってこの若者たちを一人前の戦士に鍛え上げつつ、ロキの目的――『魂の牢獄』の再現と『魔力剥奪』の手がかりを必ずや掴んでみせよう」
二人の上司が完璧な役割分担を合意したことで、謁見の間に漂っていた険悪な空気は完全に晴れ渡った。
(帰ったら2人にちゃんとこのことを言わないとだな)
ヘリオスの頭の中では妹との約束、ミーナのことで頭がいっぱいになっていた。
それは自分が帰ってこれるか分からない旅に行くことに、2人は否定してくるかも入れないと思ったからだ
こうして皆は改めて決意を固め打倒ロキのために動き始めたのだった




