第16話 捕らえられた巨獣と、不穏な影
聖都の正門前を揺るがした激闘の末、『六人の大罪人』の一角である『鉄腕の巨獣』バルドは、副聖騎士長ジンガーと聖騎士長ヴァルガスの完璧な連携の前についに敗北し、ガッチリと『 草』と『 氷』のソルシュの拘束の鎖に縛り上げられていた。
「ぐっ……おのれ、オクヘイムの犬どもがっ……!」
意識を取り戻したバルドは、全身に食い込む呪縛の鎖を軋ませながら、悔しそうに歯を鳴らす。だが、その巨体は二人の最強の騎士によって完全に制圧されており、もはや一歩も動くことはできなかった。強大な重力を操り、王国の門を容易く粉砕したあの圧倒的な暴威が嘘のように、いまや彼は敗者として地面に膝をついている。
周囲で見守っていたヘリオス、ヒューガ、レオンの三人は、一ヶ月の特訓の果てに自分たちがぶつけた渾身の一撃、そしてその後に起きた聖都最強のふたりによる圧倒的な決着の光景を、ただ息を呑んで見つめていた。自分たちが命がけで挑んでも、わずかな深傷を負わせるのがやっとで、致命傷には程遠かった強敵。その本物の大罪人を、ジンガーとヴァルガスは文字通り圧倒し、我が物顔の暴虐をねじ伏せてみせたのだ。
「バルド。お前のその重力も、ここまでだ」
ジンガーが冷徹な眼光を向けながら冷ややかに言い放つ。その声には、聖都を脅かした敵に対する怒りと、激闘を駆け抜けた者同士の静かな緊張感が入り混じっていた。すると、隣に立つヴァルガスは豪快に笑ってみせた。
「ははは! 流石は我が副長、いいタイミングで最高の足止めをしてくれたおかげで助かったぜ。さあ、この厄介な大罪人を最果ての地下牢にぶち込んで、たっぷり取り調べといこうか。ロキの企みについて、その頑丈な口を割らせてやるさ」
ヴァルガスの力強い言葉に、騎士団の精鋭たちがテキパキと動き出す。彼らは厳重に魔力を施された鉄製の護送車を前進させ、抵抗する気力すら削がれたバルドをその中へと押し込んでいく。車輪が重い音を立てて回り始め、王都の危機は辛うじて回避されたかのように思われた。張り詰めていた周囲の空気にも、わずかながら安堵の色が広がっていく。
――だが。
その緊張がふっと解けた瞬間、聖都の空気が奇妙に歪んだ。
「……ん?」
ふと、空を見上げていたジンガーが鋭く眉をひそめる。ただの風ではない、周囲の空間に漂う魔力の質が、一瞬にして嫌な形へと変質したのをその研ぎ澄まれた感覚が捉えたのだ。
護送されるはずのバルドが、車の中で苦悶の表情を浮かべるどころか、突如として不気味な笑みを浮かべた。その異変に周囲の騎士たちがざわめき始める。
「……ククク、ざまあねぇな。俺を捕まえたところで、もう『計画』は止まらねぇよ」
「なに……!?」
ジンガーが叫んだ瞬間、バルドの巨体がふわりと揺らいだ。物質としての重みや血の気配が急速に薄れ、代わりに全身から漆黒の魔力の粒子が激しく噴き出す。それは本物の肉体などではなく、あらかじめ仕組まれた強大な魔力の分身、あるいは敵の目を欺くための「捨て石」としての幻影にすぎなかった。
「お前たちが俺にかまけている間に、歯車はすでに回り始めている。ロキ様の最終目的は、すべての人間の魔力を無くし、自分が絶対神として君臨することだ。そして、その壮大なプロセスの過程で、『魂の牢獄』を完全に再現することにある……!」
「待てッ!」
ジンガーが反射的に鋭い茨を走らせ、ヴァルガスが剣を突き出してその幻影を打ち砕こうとする。しかし、バルドの幻影は二人の攻撃をあざ笑うかのように、パチンと音を立ててかき消えた。あとに残されたのは、虚しく空を切る魔力の残滓と、鉄の枷だけだった。
残されたのは、静まり返った聖都の大門と、遠くの空に渦巻く黒く禍々しい魔力の兆候。
敵の真の狙いが世界から魔力を奪って絶対神となることにあり、その途上で禁忌の遺物である「魂の牢獄」が再現されようとしている事実を悟り、ヘリオスたちの表情に新たな、そしてかつてないほどの激しい緊張の色が走るのだった。戦いは終わっていない。むしろ、本当の絶望を伴う戦いが、今まさに始まろうとしていた。
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