第13話 副聖騎士長ジンガーの隠された牙
聖騎士団の訓練場。過酷な一ヶ月を乗り越えたヘリオスやヒューガ、レオンの前に立ちはだかり、鬼のような形相で連日しごき上げていた男がいた。
――副聖騎士長、ジンガーである。
厳格で妥協を許さず、常に冷徹な眼光で団員たちを指導する彼は、騎士団の中でも随一の武闘派として知られていた。普段は堅物で周囲をピリッとさせる苦労人……なのだが、実際のところは、気まぐれでマイペースな聖騎士長ヴァルガスにいつも振り回され、頭を悩ませている苦労人でもあった。
(まったく……あの人は、また勝手にどこかへ消えやがって。今日の訓練メニューの調整はどうするつもりだ……!)
内心ではヴァルガスへの呆れと怒りをぐるぐると渦巻かせながらも、ジンガーはそれを表に出すまいと、より一層厳しい表情を作り上げて団員たちの前に仁王立ちしていた。
「おいヘリオス、動きが鈍いぞ。一ヶ月経ってもその程度か」
苛立ちの矛先半分という勢いで、ジンガーが冷たい声とともに地面を軽く踏み鳴らした瞬間、訓練場の石畳の隙間から、常軌を逸したスピードで漆黒の茨が幾重にも這い上がってきた。
「っ……なんだこれ!?」
ヘリオスが咄嗟に後ろへと跳び退くが、無数の茨は生き物のようにうねり、一瞬で退路を塞ぐ。それだけではない。地面を這う植物の根から放たれる微細な胞子が周囲の空気を歪め、ヘリオスの呼吸をわずかに乱していく。
これが、ジンガーの隠された『草』のソルシュ――『原生牢獄』の力だった。
王国随一の精鋭である彼が操るのは、ただの植物ではない。大地に根ざす生命の魔力を異常なまでに加速させ、戦場そのものを自らの支配領域に変える恐るべき制圧能力だった。上司のせいで溜まったストレスを発散するかのような容赦ない猛攻が、訓練場を圧倒していく。
四方を完全に漆黒の茨に囲まれ、身動きが取れなくなったヘリオス。
だが、彼は諦めず、自身の内に眠る力を呼び起こそうと歯をくいしばった。
(燃えろ……! この茨を焼き払うんだ……ッ!)
ヘリオスの拳から、周囲の空気を歪めるほどの熱量が立ち上る。彼の持つ能力で茨を炎上させ、一気に突破しようとしたその瞬間――。
「甘いな」
ジンガーは冷ややかな笑みを浮かべて指を一本立て、警告した。
「お前のその焼き払う手口は、あらかじめ想定済みだ。私の生み出す『原生牢獄』の茨は、ただの木くずではない。高熱や火属性の攻撃を受ければ受けるほど、内部の特殊な樹脂成分が反応し、一瞬で硬質な『超高密度炭素の鎧』へと相変化を起こす。つまり――焼けば焼くほど、さらに頑丈で切れ味の鋭い刃の壁へと強化される仕掛けだ」
ジンガーの言葉通り、ヘリオスの熱量に触れた茨は瞬く間に黒光りする鋼鉄の如き硬度へと変貌を遂げ、より一層鋭い牙となってヘリオスに襲いかかった。炎が通じないと知って、ヘリオスの顔に焦りの色が広がる。
圧倒的な絶望感を放つ茨の牢獄のなか、ヘリオスをただ一人で苦しめさせるわけにはいかないと、ヒューガとレオンが素早く視線を交わし合った。
「――ヘリオス一人に、いつまでも背負わせるわけにはいかないな」
ヒューガが鋭く言い放ちながら地面を蹴り、愛用の槍を構えて前へ躍り出る。その隣では、レオンが瞬時に魔力回路を展開し、幾重もの魔法陣を空中に描き出していた。一ヶ月間の地獄のような特訓で培った成果――その全てを試す時が来たと言わんばかりに、二人は迷いなくヘリオスの前へと歩み出たのだ。
「副聖騎士長閣下。その特訓、俺たちも一緒に相手をさせてもらう!」
ヒューガが叫び、一ヶ月で会得した新技を解放する。
彼の愛槍が凄まじい闘気を纏い、一瞬で無数の残像を生み出す。
――『重槍・流星穿孔』。
放たれた槍撃は空間の密度そのものを引き裂き、ジンガーの目前へと迫る無数の茨を次々と正面から両断していく。
さらに、その隙を見逃さず、今度はレオンが冷徹な瞳で一歩前に出る。彼は両手を宙にかざし、一ヶ月間研鑽し続けた計算式を極限まで展開した。
――『霊子結界・絶対零度陣(ブリザード オブ ゼロ)』。
レオンの指先から放たれた高密度な魔力粒子が周囲の大気中の水分を凍結させ、超低温の霧となって広範囲を包み込む。ジンガーの茨が生み出していた厄介な樹脂成分の反応そのものを極寒の冷気で凍てつかせ、硬化のプロセスを完全に停止させていく。
「熱がダメなら、冷やして動きを縛り、まとめて砕く……!」
ヒューガの破砕とレオンの凍結コンビネーションにより、幾重にも張り巡らされた茨の壁全体の動きが完全に鈍ったその瞬間。
二人の背後に控えていたヘリオスが、恐怖を乗り越えた確かな光を瞳に宿し、ぐっと拳を握りしめた。仲間たちが切り拓いてくれた最大の隙を見逃さず、ヘリオスもまた、この一ヶ月で掴み取った新たな技を爆発させる。
――『爆炎昇華・烈日の龍』
凍りつき脆くなった無数の茨の中心を捉え、さらに秘められた我が身の極限の一撃――『アスカリオン』の力をその拳に完全同調させる。爆発的な光と熱の奔流が周囲の空間ごと荒々しく吹き抜け、ジンガーが張り巡らせた圧倒的な茨の牢獄を、見事に打ち破ってみせたのだった。
砂塵が舞い散り、周囲の茨が霧散していく訓練場。
荒い息を整えるヘリオス、ヒューガ、レオンの三人の前に、ジンガーは静かに立ち尽くしていた。
(まったく……あの問題児の上司に振り回されてばかりだったが……)
ジンガーは小さく息をつき、それまでの厳格な仮面をふっと緩めると、わずかに口角を上げて三人にまっすぐな視線を向けた。
「……見事だ。私の『原生牢獄』を、ただの力任せではなく、互いの連携と研ぎ澄ました技で完全にこじ開けてみせるとはな」
普段は滅多に見せない副聖騎士長の称賛の言葉に、三人は驚いたように目を見張る。
「一ヶ月前のお前たちなら、間違いなくあの茨に飲み込まれて怯えていたはずだ。だが今の姿は……紛れもなく、王国を背負って立つ一端の戦士のそれだったぞ」
どこか誇らしげな、それでいて厳格さを残したジンガーの温かい言葉に、ヘリオスたちはしっかりと頷き返し、確かな手応えを胸に熱い闘志を燃え上がらせるのだった。




