第11話:地獄の半年間の始まり、芽生える恋心
聖騎士長ヴァルガスの許可を得て、ヘリオス、ヒューガ、レオンの3人は、王国の精鋭が揃う騎士団の訓練場へと足を踏み入れた。そこから始まったのは、これまでの甘えをすべて剥ぎ取られるような、文字通りの地獄の半年間だった。
――もちろん、これはまだ過酷な日々の「1日目」にすぎない。
初日から容赦なく、騎士団員たちと全く同じ過酷なメニューが課された。朝早くから夜遅くまで、泥まみれになりながら剣を振るい、限界まで魔力を絞り出す訓練が続く。そんな中、それぞれのポテンシャルと課題に応じた個別の指導も並行して行われていた。
訓練場の隅では、そんな彼らの姿を心配そうに見守る少女たちの姿があった。ヘリオスの妹であるマニーと、彼女に寄り添うミーナだ。マニーは泥だらけになってボロボロになりながらも必死に食らいつく兄の姿にハラハラと手を握りしめ、ミーナはそんなマニーを優しく労いながら、懸命に戦うヘリオスから目を離さずに見つめていた。
冒険者であるヒューガは、基礎的な体力や戦闘技術そのものはすでに十分な水準に達していた。
「おっしゃ、体動かすのは慣れてっけど、この団のしごきは初日からやっぱりキツいぜ……!」
息を弾ませながらも、ヒューガの主たる訓練は自身の『風』のソルシュの出力を限界突破させることに絞られた。より高密度な魔力を纏い、かつてヴァルガスに見切られた「速さ」と「威力」を何段階も引き上げるため、彼は一瞬の隙も許されない過酷な突きと風の制御に挑み続けた。
一方、頭脳派のレオンは、冷徹な計算と魔力操作の技術で戦うタイプゆえに、別の壁に直面していた。
「……筋肉痛や疲労物質の蓄積効率が計算より早いね。初日とはいえ、見直すべきデータが多いな」
眼鏡の奥の目を鋭く光らせるレオンのメイン課題は、圧倒的な持久力を支える「体力」と、絶対零度の冷気をさらに広範囲かつ高威力で発動するための「魔力出力」の底上げだった。無駄な動きを極限まで削ぎ落とし、効率的に魔力を循環させる訓練を黙々とこなしていく。
そして――最も過酷な試練を強いられていたのは、ヘリオスだった。
「ぐっ……はぁ、はぁっ……!」
火球以外のまともな技すら持たず、我流で戦ってきたヘリオスは、体力、剣術、魔力制御、そのすべてが未熟だった。騎士団員たちと同じメニューをこなすだけで精一杯であり、少しでも気を抜けば容赦なく怒声と木刀が飛んでくる。
「おいヘリオス! 構えが甘い! そんな姿勢では、お前の父の形見である剣も泣くぞ!」
副聖騎士長ジンガーの容赦ない叱咤が飛ぶ。基礎の土台すらできていないヘリオスは、すべての動作を一から叩き直されることになった。我流の癖を矯正され、全身の筋肉が悲鳴を上げ、初日だというのに何度も何度も地面に這いつくばる。
(悔しい……! まだ何もできない、こんなんじゃロキになんて勝てない……っ!)
自分の無力さに歯噛みしながらも、ヘリオスは決して弱音を吐かなかった。ヴァルガスとの約束、そしてマニーを守るという強い決意を胸に、泥にまみれながら必死に騎士団員たちの背中を追いかける。
やがて、長い長い初日の訓練がようやく終わりを迎えた。日が暮れかけの訓練場で、ヘリオスがボロボロになりながら石畳に腰を下ろしていると、そこにミーナがそっと近づいてきた。
「ヘリオス、お疲れ様……。すごく頑張ってたね」
ミーナは優しく微笑みながら、冷たい水を入れた木製の水筒と、手製の布巾を差し出した。ヘリオスは恐縮しながらそれを受け取り、汗まみれの顔を拭う。
「あぁ、ありがとうミーナ……。情けない姿見せたね、初日から全身筋肉痛で動けないよ」
「そんなことないよ。見てたよ、あんなに厳しい訓練なのに、ヘリオスは一度も諦めなかった。昔からすぐ無茶をするんだから……」
ミーナは懐かしむような、そしてどこか愛おしそうな目を向けながら小さく微笑んだ。彼女は古くからの友人として、ヘリオスが幼い頃――かつてこの国の王子だった頃のこともよく知っている。
思い返せば、二人が初めて出会ったのも、当時、王城を抜け出した幼いヘリオスが、街の裏通りでガキ大将のような男の子たちに囲まれ、絡まれていたミーナを偶然見かけて助けに入ったのがすべての始まりだった。
身分を隠して飛び出した勇敢な王子様が、怯えていた自分を不器用にかばって見せたあの日の温もりを、ミーナは今でも鮮明に覚えている。すべてを失い、身分を隠して生きることになった現在であっても、こうして泥まみれになりながら誰のためにでも必死になれる彼の本質は、昔から少しも変わっていなかった。
「昔の俺なんて、弱い弱い王子様だったろ。あの時はカッコつけて痛い目見たし……いまじゃ見る影もないけどさ」
「ううん、そんなことないよ。あの頃も、そして今も、ヘリオスは誰かを守るために真っ直ぐ進む人だよ。……すごく、かっこよかったよ、私には」
真っ直ぐに向けられたミーナの瞳と、その言葉に、ヘリオスは思わずドキリと心臓を跳ねさせた。夕日に照らされて少し恥ずかしそうに頬を赤らめるミーナの横顔を見た瞬間、これまで胸にあった疲労や悔しさが不思議と霧散し、代わりに別の熱い感情が胸の奥で波打つ。
(なんだこれ……急に、胸が締め付けられるみたいに……っ)
ヘリオスがわずかに息を呑んで見つめ返すと、ミーナも彼の視線に気づいてか、さらに頬を朱に染めて俯いた。幼馴染という関係を超えて、過酷な旅路とこの日の出会いを経る中で、いつしか二人の間には強い絆だけでなく、ひそやかな恋心が確かに芽生え始めていた。
それぞれの課題を抱え、文字通り死に物狂いで汗を流した3人。
これがまだ始まったばかりの1日目であるという絶望的な事実を噛み締めながら、半年間に及ぶ過酷な日々の果てに彼らがどれほどの強さを身につけるのか――その長い道のりは、確実に彼らの魂を鋼のように鍛え上げていくのだった。




