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「ここにある本なら、いつでも読んでいいからね」


 ウブールに案内された書庫は、私の小さい頭で想像してた部屋の三倍は大きさがあった。その部屋に本棚が所狭しと並び、本がみっしりと詰まっていた。


「祖父が本の収集が趣味でね。どこに何があるか、未だに僕も分かっていないんだ」


 ウブールはそう言って、頬をポリポリかいた。

 私は大きく息をする。古紙の呼吸で作り上げられた空気が、独特な、けれども落ち着く匂いを放っていた。


「ありがとうございます。自分でゆっくり読んでいこうと思います」

「それが良い。ゆっくり、リリアさんのペースで読んで大丈夫だから。すごく面白いがあれば、数冊であれば自室に持ち帰ってもいいからね」


 ウブールは「僕はこれから自室でやることがあるから」と言うと、私に手を振って部屋から出て行った。この書庫には侍女は立ち入り禁止であるため、アーシャは外でお留守番中。つまり、私は部屋に一人、取り残されていた。


 私はなんとなく、近くに置いてあった灰色の本を手に取る。タイトルには『マンダリン帝国の神と髪』と書いてある。私はボーッと表紙を眺めていた。


「なんだおぬし、その本に興味があるのか?」


 突然、背後からしわがれた男性の声。私は肩をビクッと震わせながら、飛び上がるように振り返る。そこには私よりも小柄な、腰の曲がった小さなおじいさんがいた。衰えた体の中に、青い目だけが力強く輝いていた。


「す、すみません。たまたま手に取っただけでして」

「そうかそうか。なに、謝ることはない。わしの本はあらゆるジャンルの物がそろっておる。探していけばいずれ必要とする本に出会えるじゃろうて」

「わしの本……もしかして、ウブール様の祖父の?」

「そう、いかにも。わしがレルグル・アトランデスその人じゃ!」


 レルグルは腰が曲がった状態で、何とか胸を張ろうともがいていたが、やがて悲しそうな顔をして諦めた。


「さて、君は何者かね?」

「も、申し遅れました!私、ウブール様と結婚を予定しております、リリア・クロードと申します!よろしくお願いいたします!」

「リリア・クロード。ほう、君が噂の」


 そう言ってレルグルは少し考えるような表情をする。私に関する噂なんて、一つに決まっている。私が子供を産めない無能だと、そう聞いているのだろう。実際その認識で間違いない。もしかしたら、この温厚な祖父は、私との結婚に反対だったのかも知れない。

 冷や汗が頬をつたう。私はレルグルの次の発言を待った。


「ホッホッ。そう緊張するでない。わしはウブールの祖父。つまりこれから君の祖父にもなるのじゃ。家族でピリピリする必要はあるまいよ。――敵は別にいるのだから」


 私の視線に気づかれてしまったのか、レルグルはそう言って表情を崩した。彼は結婚を反対していたわけではなかったらしい。その事実に安堵する。


「敵、ですか?」

「そうじゃ。敵じゃ」

「それは、アトランデス侯爵家と国境を接している、マンダリン帝国のことでしょうか?」

「――そうとも言えるし、そうとも言えない」

「ど、どういうことでしょうか?」

「さぁ?わしによく分からん。ホッホッホッ」


 レルグルはそう言って笑った。クシャッとしわの寄った表情が、どこかウブールに似ていた。


「自立の道を探すためにここに来たのじゃろう?そうじゃな。この本とかはどうじゃ?『将来はショウタイム!』なんて変なタイトルじゃが、案外面白く読めるぞ。ここで読むのもなんじゃ、部屋に持って行きなさい」

「あ、ありがとうございます!」

「うむうむ。元気でよろしい。――そうじゃ、先ほど手に持っていた本も持って行くといい。いつか役に立つじゃろうて」


 そう言ってレルグルは二つの本を私に渡してくれた。いつの間に、私が何を欲しているか知ったのだろう。もしかしたら事前にウブールから知らされていたのかもしれない。

 本を受け取った時、彼のシワだらけの手に意図せず触った。彼の手はとても冷たかった。でも笑顔はとても温かかった。


******


「それで?」

「はっ!やはりゴブリンは何者かに操られていたようです。何日も人が潜伏していた後が見つかりました。しかし、巧妙に隠されており、おそらくプロの仕業かと」

「そうか。雇われの可能性もある。追っても情報が得られないかもしれん。深追いはせず、周辺の護衛強化を主軸に動こうか」

「懸命な判断かと」


 カイルとは声だけの会話だが、彼が頭を下げたのが分かった。


「アーシャについては現在も調査中です。情報入り次第、連絡いたします」

「いつもありがとう。――そして、仕事を増やしてすまないのだが、もう一つ、いや二つ、頼まれてはくれないか?」

「なんなりと」

「リリアさんの元夫の家と、彼女の実家について、徹底的に調べ上げてくれ」

「承知いたしました。ずいぶんと急ですね」

「あぁ、これは私怨だからな」


 リリアの泣いている表情を思い出す。ウブールは手のひらを握りしめた。


「時間がかかっても構わない。慎重に、徹底的に調査をお願いする」

「おや、珍しい。ウブール様がお怒りだ。――承知いたしました。我らが頭首」


 すぐにカイルの気配は消えた。本当に頼もしい男だ。祖父の代にも彼がいれば、祖父は死ななかったかもしれない。――なんて、考えても無駄だ。やるべき事をやっていかなければ、いずれ同じ目をたどることとなる。

 ウブールは椅子に座ると、目を閉じ、思考の渦に取り込まれた。

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