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「……おはよう」

「おはようございます!アーシャさん!」


 私はアーシャのノックで呼んでた本を閉じる。レルグルから借りた二冊の本を朝の時間に読むのが、ここ数日の習慣になっていた。


「今日は少し早いですね。何かあったのですか?」

「……医務官連れてきた」


 アーシャの後ろから現れた小柄な女性。医務官のレチャールだった。


「リリア様!しっかり安静にされていましたか!?あれから全く医務室に来ないじゃないですか!もう、心配で心配で、私の方から出向いてしまいました!」

「も、申し訳ありません……」

「あなたの体は、この家に来た時点で自分だけの物ではないのですからね!」

「……声、でかい。うるさい」

「な、なんですって!」


 小柄なレチャールが、アーシャに向かってプリプリと怒っている様子は、少しかわいらしかった。思わず笑みを浮かべてしまうと、レチャールに睨まれる。


「左手を見せてください!悪化していたら、今日からあなたの部屋は医務室ですからね!」

「は、はい」


 レチャールの言うとおり、私は左手を差し出す。先ほどまでの勢いが嘘のように、優しく私の左手をとり、真剣な表情でジッと見つめる。


「ゆっくり握ってみてください。痛みがあったらそこで止めてください」

「はい」

「――じゃあ次はゆっくり開いてください」

「はい」


 私は言われるがまま手を動かす。左手の矢が突き刺さった後は完全に塞がっていたが、痕が残っていた。最近は動かしても痛みはなくなっていたが、時折、皮膚を引っ張られるような違和感は残っている。おそらくこれは消えることがないのだろう。


「なるほど。しっかり安静にされていたようですね。――てっきり危険な事でもされて、また手を痛めてるのではと妄想しておりました!そんな事されてなくて安心しました!」

「危険な事ですか?……なぜそんな?」

「私はリリア様の事を、手に自分で矢を突き立てる女性、と認識しておりましたので!」


 確かにそこだけ切り取ると、とんだヤバい奴だ。「……そこが良いとこなのに」とアーシャがつぶやいたのは、聞かなかったことにしておきます。


「ウブール様には、いったん完治したと連絡をしておきますが、無理は禁物ですからね!」

「何から何までありがとうございます。レチャールさん」


 レチャールは勢いよく「失礼します!」と言うと、颯爽と部屋から去って行った。


「……台風、通り過ぎてった」

「レチャールさん、勢いのある女性ですものね。――さて、そろそろ朝食の時間かしら?」

「……忘れてた。遅れるとドーランに怒られる」

「ドーランさんに?」

「……ドーラン、私の礼儀作法、言葉遣い、よく怒る。早く行かないと」


 侍女長のドーランに、相当しごかれているらしい。ドーランの話をするアーシャは、少しどんよりとした表情だった。彼女の鉄の表情を、名前だけでこんなに変化させられるドーランさんはすごいな、と思った。


 朝食はいつも通り素晴らしかった。何もやっていない自分に少し罪悪感を覚えながらも、給仕されて来た食事をたくさんお腹に詰め込んだ。幸せのひとときだった。


「リリアさん、おめでとう!レチャールから聞いたよ。とうとう左手が完治したんだってね」

「はい。皆様のおかげです。ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした!」

「――こういうときは謝罪の言葉はいらないと思うよ」

「で、ですが……お世話になりましたし、ご迷惑もお掛けしましたし」

「そういうときは、感謝を言うのが我が家でのルールなんだ。――謝られるより感謝される方が、気持ちが良いだろう?」

「――怪我の私を気遣ってくださり、誠にありがとうございました?」

「うん。こちらこそ、危険な旅路をくぐり抜けてくれて、ありがとうございました」


 何故か笑みを浮かべながら、礼を言い返された。この家のルールは、何だかくすぐったいし、正直まだなじめていないけれど、自然と口角が上がってしまう。

 私は微笑みを浮かべながら、頭を下げ返した。


「今夜は快気祝いだねぇ。後でジョールに言っておこうかね」

「おお!それはいいじゃないか!頼んだぞドーラン!」


 そう言って笑うウブールとドーラン。無能な私の事を、真剣に喜んでくれる存在がいる。私はそれがとても嬉しかった。

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