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「泣いてるの?」
「う、うるせぇ!グスッ!泣いてなんかねぇ!」
庭園の隅で縮こまっている同い年ぐらいの男の子。こちらを向いた彼の頬には、涙の後がくっついていた。私は男の子に手を伸ばす。
「あのね、楽しいことを想像するといいのよ!そうすれば、涙なんてどっか行っちゃうの!」
「だから泣いてねぇって!」
「キャ!」
男の子が私の手をはじく。私は尻もちをついて倒れた。
「ご、ごめ」
「グスッ。うえぇぇん!」
「お、おい、泣くなよ。俺が悪かったからさ」
「うえぇぇぇぇん!」
「ほ、ほら、何だっけ、楽しいことを想像するんだろ?涙なんてどっか行くんだろ?」
「そうなの。グスッ。楽しいことを想像するの。美味しいご飯とか。日なたぼっことか。グスッ」
「楽しいことがご飯と日なたぼっこか……お前、変わってんな」
男の子はそう言って、少し笑みを浮かべた。それが何だか嬉しくて、私も思わず泣きながら少し笑った。
「じゃあ、日なたぼっこしようぜ。ちょうど良い日光だし、寝転がれる芝生もあるしさ」
「で、でも、『地面で寝転ぶなんて淑女としてあり得ません』ってお母様に怒られちゃう……」
「気にすんなよ。自分の人生なんだから、したいことすれば良いじゃねぇか。――もし怒られそうになったら、俺も一緒に怒られてやるからさ」
「本当に一緒に怒られてくれる?」
「本当に怒られてやるよ」
「絶対の絶対?」
「絶対の絶対」
「なら、大丈夫ね!」
私は思いきり芝生に横になる。心地よい風と適度な日光が、とても心地よくて、体も心もポカポカする。そんな私を、男の子は芝生に座って見ていた。その澄んだ青い瞳で。
「一緒に寝転ばないの?」
「お前、本当に変わってんな。――俺の事が気味悪くねぇの?」
「なんで?」
「だってさ、ほら、俺の髪の毛黒いから。――もしかして知らねぇのか?黒髪の意味」
「うーん、知らないし、興味ない!」
私はジッと男の子と目を合わせる。青い瞳が私を引き寄せる。
「私はその黒髪。綺麗だと思うし!」
私はそう言って笑った。男の子も、初めは驚いた顔をしたけれど、少しして笑い始めた。さらに少しして爆笑していた。
「本当に変わった奴だな!お前名前は?」
「リリア。リリア・クロードよ――あなたの名前は?」
「俺か?俺は……」
そこで目が覚めた。何だか懐かしい夢を見ていた気がする。
私はベッドから起き上がり、大きい部屋をうつらうつら歩いてカーテンを広げる。光が部屋に飛び込んで来て、一歩覚醒に近づける。カーテンを持つ左手にまだ痛みはあったけれど、もう治りかけだった。
私は部屋に置いてある椅子に腰掛ける。実家から持ってきた椅子。てっきりこれら荷物の設置や部屋の片付けは、私自身がやることだと思っていたのだけれど、いつの間にか使用人の方々がやってくださっていて、部屋は綺麗に整頓されていた。今まででは考えられない好待遇だった。
結婚は数週間先延ばしすることになった。私の手の怪我を考慮しての事だった。
ノックの音。
「……入る」
ガチャッと扉が開くと、そこには相変わらず陶器のようにスベスベな肌をした、短い茶髪の女性がいた。
「アーシャさん!おはようございます!」
「……起こすように言われてたのに、起きてた」
アーシャは少しすねたようにそう言った。旅の途中でゴブリンに襲われてから、アーシャは少しずつ私と話してくれるようになった。
「……服、どうする?私、破るのは得意」
「じ、自分で着替えます!」
「……そう。私の仕事終わり。して欲しいことあったら、ベルならして。朝食の時間にまたくる」
そう言って、机の上のベルを指さした後、再び扉を閉める。
私は自分の手で、いそいそと服を着替える。コルセットを一人で巻くのは結構力がいるけれど、慣れれば対したことない。子供が出来ない体と認定されてからは、伯爵家でも実家でも自分で着替えてきたのだ。若干左手が思うがままに動かず苦戦したが、なんとか実家から持ってきた服に着替え終わる。
今日から私はアトランデス侯爵家の者になる。初めこそ丁寧に迎え入れられているけれど、何があって態度を変えられるか分からない。そもそも両親から、私の体に子供が出来ないことを伝えてられているのかも怪しい。全てに注意して過ごしていかなくては、すぐに実家に戻されてしまうだろう。
私は顔を両手でパンッと叩く。ジンジンとする頬が、私の心を引き締めた。




