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到着してすぐに別室に案内され、替えの服に着替えた後、医務官に左手を見てもらった。
「たまたま重要な部分が傷ついていないので動かせますけど、下手すれば一生手が動かない怪我ですからね!?出血も相当ですし、命を大切に扱ってください!」
真っ当な説教を受けた後、左手を包帯でぐるぐる巻きにされた。幸いゲデスと侍女に大きな怪我はなかった。
「申し訳ないデゲス。ワイらのせいでこんな怪我をさせてしまったデゲス」
「……不覚」
「全然大丈夫です!こんなの怪我にもはいりませんから!」
私は両手をぶんぶん振った。反動で左手がピシリと痛む。医務官に睨まれたような気がした。
「ゲデスさんはこれからどうされるのですか?」
「ワイは少しここで休憩させてもらった後、アトランデス領の中を旅してみるデゲス。もちろん、旅するのは街中デゲス。山はもうこりごりデゲス」
ゲデスはそう言って、少しおどけたような表情をした。もう会えないのは寂しいけれど、彼には彼の人生がある。私は笑みを浮かべて「いいですね」と言った。
「あなたは……ごめんなさい。今さらなのだけれど、お名前を教えてくださらない?」
「……アーシャ。ここの侍女になる」
アーシャはそう言うと、また黙った。でも、私は案外彼女の沈黙が嫌いじゃなかった。彼女は私の事を蔑んだ目で見たことは一度もなかったから。
私は「よろしくお願いします」と言うと、一緒に黙った。
医務官から「絶対安静ですからね!」と念押しされた後、医務室を出ると、多くの使用人が待ち構えていた。
「いくよ、せーの!」
「「「こんな遠方の侯爵領に遠路遙々お越しいただきありがとうございます!ようこそ!アトランデス領へ!」」」
使用人の皆から大きな声で出迎えを受けた。皆、私に向かって笑みを浮かべていた。こんなに多くの人から笑顔を向けられたのはいつぶりだろう。
その後、口々に「お怪我は大丈夫なのですか?」「痛みが酷いとかないですか?」と心配の言葉が投げかけられた。それが偽物だろうと下心だろうと、私には嬉しかった。
「こら、お前達!リリア様が困られているだろう!仕事をしな!」
ご年輩の侍女の一言で、使用人の皆は渋々といった表情であちこちに散らばっていった。
「お見苦しい所をすみません。私、侍女長のドーランと申します」
「よ、よろしくお願いいたします!」
「私などに頭を下げられなさんな。リリア様はこれから、この家の主の妻になるのですから」
ドーランは頭を上げた私に「こちらにどうぞ」と言って、応接間に案内した。ゲデスは医務室に残り、アーシャは私について来た。
「ウブール様は公務で少々遅れます故、しばらくお待ちくださいな」
ドーランは私にソファに座るよう促し、紅茶を提供した。
私はソファに座り、近くにアーシャは立った。本当はアーシャにも座って欲しかったけれど、勝手にそんな理想を押しつけても迷惑なだけだ。
少しいたたまれない気持ちになりながら、出された紅茶を飲む。優しい味わいの奥にフルーツが隠れている、とても上質な紅茶だった。座っているソファも本革で作られており、座り心地は抜群だった。さすが侯爵家、私が今まで経験してきた家とは格が違った。
「すまない!待たせてしまった!」
部屋の扉が勢いよく開かれ、そこから息を切らせた男性が現れた。目に焼き付くような赤髪と、対照的に澄んだ青い瞳。身長も高く、訓練しているのか肩幅ががっちりとしている男性だった。
男は息を切らせながら私の正面に座る。
「ウブール様!顔合わせに遅れるとは何事ですか!」
「す、すまない……」
ドーランに注意され、うなだれるように謝る男。彼がこの家の領主、ウブール・アトランデスその人らしい。使用人に頭を下げて謝っている男性貴族を見るのは、初めての経験だった。
「あの、改めて――僕がウブール・アトランデスです。本日は遠いところからお越しいただきありがとうございます。道中大変な目に遭われたと伺いました。お怪我は大丈夫ですか?」
「リリア・クロードと申します。怪我は優秀な医務官殿に見ていただきましたので、全く問題ございません」
私は痛む左手を隠すように、笑みを浮かべていった。ウブールは私の左手に一瞬目をやると、逸らした。
「ご無理はなさらないでください。ここはもう、あなたの家なのです。思うがまま過ごして良いのですよ」
「お気遣いありがとうございます――ですが、問題ございませんわ」
「そうですか。なら良いのですが――では改めて。不束者ではございますが、これからよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いいたします」
また頭を下げた。今度は私に。衝撃を受けながらも、私は急いで頭を下げ返した。不思議な人だと思った。
「嫌でなければ、道中起こった話について聞きたいのだけれど、伺っても大丈夫かい?」
それから私は、道中ゴブリンに囲まれた話をした。アーシャがゴブリンを蹴り飛ばしたお話。包囲されて動けなくなったお話。私が手を傷つけて、血でゴブリンの気を逸らしたお話。ゲデスが馬を操り、包囲を何とか突破したお話。
どの話をするときも、ウブール様は表情豊かに聞いた。危機に陥った時は驚きの声を上げ、危機から脱した時は自分の事のように喜んでいた。純粋な子供のような反応だった。笑顔を絶やさず、嬉しそうに聞く彼を見るのが楽しい。なんだかとてもホワホワ、くすぐったいような気持ちになった。あまり比べる物では無いのかも知れないが、前夫のコゴロス伯爵や実家ではこんな時間はなくて。不思議で、だけど不快さは全く無くて。
気が付いたら時間は過ぎていった。
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「我が領でゴブリンが……カルイ、彼女の証言に間違いはないのだな?」
「はっ!ウブール様!確かに山へ確認に行くと、ゴブリンの死骸が転がっておりました。足跡等を見るに、馬車を意図的に包囲したと思われます」
闇の中からカルイの声。人影すら見えず、声だけが聞こえる。
「ゴブリンが馬車を包囲する、か。間違いなく操っている者がいるな。注意しておく必要がある。リリアさんの警護人数を増やしておけ」
「はっ!」
「それから、アーシャとかいう侍女、少しおかしい。いくら何でも鍛えられすぎだ。何かあるかもしれん。しっかり見張っておけ――リリアさんを助けたとは言え、油断は禁物だぞ」
「はっ!」
響く声。しかし、気配は消えていない。いつもならすぐいなくなるのだが。
「どうした?何かあったか?」
「いえ、たいした事ではないのですが……まだリリアさん呼びなのですか?」
「なっ!いいだろ!距離はゆっくり詰めていくものだ!大体リリアさん以外に呼び方などあるまい!」
「いやぁ、『リリア』とか自分だけのあだ名をつけるとか、あるじゃないですか、ねぇ」
「リリ……ア!?そっ、そんな、なれなれしく呼べるかぁ!」
「初心なウブール様にはまだ早かったですかね。――それじゃ、偵察行ってきます!」
「あっ!こら!」
カイルの気配が消える。ウブールは顔を赤くしていた。
「僕だって、呼び捨てぐらい出来るから……」
つぶやいたウブールの声は、虚空へ消えていった。




